いけない恋 | ナノ


::あの約束のキスをもう一度



髪か何かだろうか。額にべったりと貼り付いていて気持ちが悪い。だけど、いちいち手を伸ばして払うなんて気力は持ち合わせていない。
身をよじってどうにか気持ち悪さが無くならないかとぼんやり思っていると、冷たいものが額に触れて、髪を払ってくれた。

『…ん……』
「起こしちまった?」

困ったような声色のその声には、聞き覚えがあった。「聞き覚え」なんていう言葉では表せないくらい、脳裏に深く、そして強く残っているその声。焦がれて焦がれてやまなかった、紛れもない和成の声。

『何、っで…!!』
「あー、駄目だって起き上がっちゃ。今結構辛いっしょ? 話すんなら横んなって話して。俺も話すことあるし」

そう人懐っこく笑って、「な?」と私の肩を緩く掴んで優しく促す和成。正直頭がまだ痛かったので、彼のその好意に素直に甘えた。でも横になったらなったで、ベッドの傍らに居る和成がよく見える。
一対一で話すなんていつ振りのことか分からないから、どうも気まずくて視線を窓の方に向けてしまう。
…ところで、いつ私は自宅に帰宅したのだろうか。

『……何でここに居るの?』
「真ちゃんに頼まれたんだよ、何か」
『……ふうん』

予想通りだった。保健室の先生は、私と和成の複雑な関係を知っている唯一の大人だ。気まずくなると決まっているのに、わざわざ和成に頼む筈がない。
分からないのは、真くんだ。私が和成に抱いている感情を知っているのにも関わらず、何故。
…分からないけど、こうして和成と話すことが出来たので、疑問を抱く他に真くんに感謝している私も居る。

黙り込む和成が気になって、ちらりと時計を見る振りをして彼を窺い見る。こんな間近で彼を見るのは本当に久し振りのことで、妙に緊張して身体が硬くなる。
肩幅大分広くなったなあとか、手とかゴツゴツしてるなあとか。
遠目に見ていただけじゃちゃんと分からない、男の子から男の人への成長、女の私との違いに胸が高鳴る。

「…なまえ、小学校入るちょっと前。約束したの、覚えてるか?」
『え…』

突然のその言葉に、目を見張って彼の顔を思わず見てしまう。ドクンドクンと派手に心臓が音をたてて跳ね、言葉では上手く言い表すことが出来ないような気分になる。
そんな私の視線に和成は、少し恥ずかしそうに笑って目線をさ迷わせる。「ちっちぇえときのことだから、やっぱ覚えてねぇ?」そう首を傾けて、少し悲しそうに顔を歪める。

『……』
「……なまえ?」

どうしたのかと怪訝な顔をした和成が、急に黙り込んだ私に近付く。

…何故、今その話をするんだろう。何故、そのことを覚えてるんだろう。何故、そんな悲しそうな顔をするんだろう。…その約束のことを和成が覚えてなかったなら、私も諦めきれるかも、しれないのに。何で…。

『っ…なっ、で、覚えてるの…!』
「なまえ…!?」
『何でっ、何で…っ、そんなこと言われたら…っ、』

「和成も私のこと…っ、好きなのかって…!」瞳が涙で潤むのが分かるけれど、止めようとは思えない。そこまで気が回らない。
横になっているから簡単に瞳から涙が零れ落ちて、肌を伝って枕を濡らす。部屋に、私の嗚咽のみが響く。
そんな光景に暫く目を見開いていた和成は、突然、しょうがないなという風に笑って、私の目元の涙を親指で拭った。

「…なまえが約束覚えてなかったら諦めようと思ってたんだけど、覚えてて良かったわ、」

「…好きだぜ、なまえ」そう安心したように笑って、顔を近付けてきた和成。私が横になったベッドに彼が体重をのせたので、二人分の体重によりベッドの骨組みが軋む。熱っぽい私の唇に、和成のそれが押し付けられた。そのときふわりと香った和成の匂いに、酷く幸せを感じて、胸が苦しくなった。

250831[FIN]

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