ひとつの恋 | ナノ



::勘違いから伝わる想い




「なまえさんって、付き合ってる人とか居るんですか?」
『え…』

そう言った黄瀬さんが、探る様な目で私を見てくる。またいきなり、何なのだろう。
その綺麗な琥珀色の瞳は、不安げにゆらゆら揺れていて、私の返答をただただ待っている。いつになく真面目な黄瀬さんの表情に、心臓が速くなった。

『居ま、せんけど…』

私がたじろぎながらも、そう口にした。すると、黄瀬さんは安心したような深い安堵の息を吐き、「そうっスか…」と嬉しそうに顔をほころばせている。この人は、本当、何なんだ。

「いや、別に大したことじゃないんスけどね。同じ事務所のモデルから、なまえさんと安藤さんが付き合ってるって聴いたんス」
『全然大したことじゃないですね。安藤さんって、あの安藤さんですよね? ありえないです、しかも、安藤さんは素敵な方ですけど、ああゆう人はタイプではありません』

誰だ一体。そんなデマ流したアホ野郎は。
ちなみに安藤さんというのは、この業界で知らない人は居ないという程の有名人だ。一言で言うと女好き。全然素敵な人じゃない、容姿は完璧だけどね。一回話したことがあるけれど、ありゃ無理だ。精神的にも衛生的にも。気持ち悪い。

「ははっ、なまえさん顔に出過ぎっスよ。安藤さん、嫌いなんスね」
『秘密にして下さいよ』
「いやいや、俺もあの人嫌いなんで。どーもあの人は精神的に受け付けないんスよねえ」

そう頬杖をついて、愉快そうに笑う黄瀬さん。前から思ってたけど、この人、大分性格に難あるな。私も同じようなものだけど。
面白い人だな、と、笑う黄瀬さんを見つめていると、彼は笑うのをやめ、目を丸くして、しきりにまばたきをする。そして、困った様に首を少し傾げ、「何スか?」と口にした。

『いや…、何でそんなこと訊いたのかな、と。私なんて、黄瀬さんにとってはどうでも良い存在じゃないですか。事務所だって違うですし。所詮、たまに仕事を共にする、他人ど…』
「なまえさん」

思わせ振りな行動を取る黄瀬さんに、微かな苛立ちを覚え、一気に捲し立てた。彼は、私のことをどう思っているのだろうか。
…分からない。先程とは違う凛とした声に、手元を見ていた視線をゆっくり持ち上げる。すると、眉をひそめた黄瀬さんが、こちらを見ていた。
この人は、顔が整い過ぎている。

「俺が、なまえさんのことをどうでも良い存在だと思っていると、勝手に決め付けないで下さい。俺は、」

…私も正体は隠しているが、仮にもモデル。黄瀬さん程ではないだろうが、今まで何人もの異性に告白された。
好意を寄せる異性に思いを伝えるのだから、「好き」という言葉は必須だ。私の経験上、今までの告白で「好き」という言葉を言わなかった人は、一人も居なかった。当たり前だ。

そんな風に何回も何回も「好き」と言われる内に、私の中で「好き」という言葉は、味気も感情も何もない、薄っぺらい言葉だと印象付けられた。
…私は、「好き」という言葉が苦手、嫌いだ。そんな言葉を口にする人も、例外では無い。

「俺は、なまえさんのことが好きです」

…ああ、黄瀬さんもか。

250523





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