氷室の膝の上
先程から辰也は、ノートにペンを忙しく走らせている。訊ねたところによると、どうやら英語の課題をやっているみたいだった。
寮の辰也の部屋。
予想通りキチンと整理整頓が徹底されていて、私の部屋より綺麗ではないかというぐらいだった。そんな、悪く言えば殺風景な室内に初めて足を踏み入れ、最初に目に入ったのは、二つの写真立て。
一つは幼少期のもの。辰也と仲良さげに並んでいる二人は、以前聞いた師匠と弟だろう。もう一つは、私と写っている写真。
彼も一応男だから、写真なんて飾ってないんだろうなと思っていたから、驚いた。と同時に、少し恥ずかしかった。
「なまえ、何してるんだい?」
『いや…ちょっと、写真を伏せようかなって…』
「? 何故? 俺は学校でも部屋でも、可愛いなまえのことを見ていたいだけなんだけど…」
『…っそ、そういうこと言うのやめようね、辰也』
「? 俺は本心を言っただけなんだけどな…」
そう困ったような顔を彼がするものだから、よく分からない罪悪感がわいてきて、写真を伏せずにそれに背を向けた。帰国子女って色々恐ろしい…。
『誕生日って、ケーキとか食べない限り、ほんと普通の日だよね…』
「はは、当たり前じゃないか。俺が年を一つとったとしても、世界は何も変わらないよ」
ノートから目を移さずに笑って、辰也はさらさらと英文を書いていく。うん、流石帰国子女。英文書くの慣れてるなあ。洋画とかでよく見る、日本人の目には何書いてあるのかよく分かんない英語だ。これが本場なんだろうけど。
『(これだから、モテるんだよなぁ…)』
「? どうしたの?」
溜め息を吐いて、机の上の消しゴムを弄っていると、パタンとノートを閉じたのが視界の端に入った。
『な、何でもないよ! お、終わった? じゃ、ちょっと渡したいものがあ…」
「有難う。でも後でで良いよ」
鞄を取って来ようとすると、手を取られてぐいっと彼の元に引かれた。いきなりのことに抵抗も出来ないで、されるがままになっていれば椅子に座っている辰也の膝の上に座らされた。
『ちょ…っ辰也!? 重いって…!』
「全然。なまえ、きみはもっと食べた方が良いよ」
『っ……』
そうにこりと笑う辰也に、思わず黙り込んでしまう。帰国子女でバスケも出来て、こんなこともさらりと言ってしまうのだから、モテないハズがない。
「はは、顔赤いよ」
『う、うるさいな』
「ふふ、酷いな。……可愛いよ」
そう柔らかく笑んで、指を絡めてくる。
わざとなのか知らないが、私に見えるようにそれをやってきて、どうしようもない気持ちになってしまう。
私よりも長くて、でも私よりも太い指が、私の指に絡まっているのを。
バスケをやっているときは鋭く細められている目が、愛しげに細められているのを見ると。
「なまえが居れば、俺は他に何もいらない」
もう、…もう、駄目だ。