短編 | ナノ

高尾と相合い傘


午前中はあんなに晴れていたのに。今更そんなことを考えても何にもならないし、人間が天候をどうこう出来る訳でもない。けど、考えられずにはいられない。午後の授業の途中から降りだした雨は、止む気配の一つも見せずにただただ雨足を強くするばかりだ。
先程、私が所属している美化委員会の話し合いが終了した。涙を次から次へと流し続けている灰色の雲を窓ガラス越しに見て、「雨とか最悪ー」とぼやいている同委員会の友人に苦笑しながら別れを告げて、私は一人教室へと忘れ物を取りに向かった。

『(私は結構好きだけどな…、雨)』

忘れ物であった数学の教科書を鞄に入れ、早々と教室を後にした。教科書など置き勉をしてもさして問題は無いのだが、明日は運悪く数学の小テストがある。緑間みたいに日頃から真面目にノートを取っていない私でも、前日にテスト対策ぐらいする。
ゆっくりと一階の生徒用昇降口へと降り、赤いラインの付いた上履きからローファーへと履き替える。トントンと片方の爪先を昇降口の床に打ち付けながら鞄を探ると、「あ、」とつい声が漏れた。

『(しまった、忘れちゃったよ、傘)』

「いつも鞄に入れてあった筈なのになぁ…」と、眉を下げて呟く。昇降口を出て屋根の下で雨の強さを確認してみると、見掛けよりそんなに強くはない様子。家が近い私なら多分大丈夫だろう。濡れた手の雨の感触でそう思い、そのまま歩を進めると突然ぐいっと後ろから誰かに腕を引かれた。

『うわっ』
「傘もささずに何外出ようとしてんの!」
『高尾?』

眉を吊り上げ、髪が何故か少し濡れている高尾が私の後ろに居た。そんな彼に怒られている当の本人である私は、「美男なのに怒っちゃ勿体無いなぁ、まあ怒ってもイケメンだけど」というようなことを考えていた。怒られている身だが。

『…何で怒ってんの?』
「は?」
『いやいや、何で傘もささずに外出ようとしたら怒られるの?』
「…それ、本気で言ってる?なまえちゃん」

怒るのはもうやめたのか、はたまた呆れ過ぎて怒る気すら失せたのか、どちらにしても高尾は深い溜め息を吐きそう言った。そんな彼の姿を見て小首を傾げていた私は、「あ、そうか」と声のトーンをいくらか高くして高尾が言ったことの真意を自己解釈した。
『……じゃ!』
「いやいやいや“じゃ!”じゃねぇよ!タオル頭に被っても駄目!!」
『高尾、お母さん?』
「何で!?」

鞄から取り出したタオルを頭に被り、高尾に向かって手を挙げ再度外に出ようと試みたが、また腕を掴まれた。私が再度小首を傾げて言うと、彼は深く大きい溜め息を吐いて、「あー…!」と言いづらそうに躊躇いながら、ガシガシと綺麗な自分の黒髪を乱して私の眼前に少し大きめの傘を見せた。

「…良かったら、俺の傘、入る?」







『高尾、ありがとね』
「良いって。家の方向同じだし、なまえちゃん家近いっしょ?」
『うん。よく知ってるね、私言ったっけ?』
「え!?えーっと…なまえちゃん有名だからよ!あははは!タオル洗って返した方が良いよね!」

何故かわざとらしい笑い方をする高尾の問い掛けに、「別に良いよ、面倒くさいでしょ?」と先程の彼の反応に少し首を捻りながら言うと、「いやいや全然!!」と妙に嬉しそうにそう返された。
このタオルは私が先程頭に被っていたもので、部活終了後に急いで備え付けのシャワーを浴びて、髪をあまり乾かせなかった高尾にそのままだと風邪をひいちゃうからと貸したものだった。

『私の家、ここなんだ』
「へー、デカイね…」
『そう?あ、良かったら今度遊びに来てよ、緑間とかと一緒に』

純粋に楽しそうだと思ってそう言ったら、また高尾は盛大に溜め息を吐いた。ブツブツ彼が言っている言葉に耳を傾けると、「なまえちゃんは危機感っていうものがねぇんだよ、男子高校生を簡単に家に呼ぼうだなんて…」とそんなようなことがかろうじて聞き取れた。

『危機感?』
「いいいや何でもないよ!お言葉に甘えて近々真ちゃんとお家お邪魔するわ!じゃあねなまえちゃん!」
『あ…、うん。じゃあね、高尾』

独り言をまさか聴かれていたとは思わなかったのか、ハッと我に返って高尾はバシャバシャと水溜まりの中を、私達が来た方向、学校の方へと駆けて行った。その予想外の行動に軽く目を見開いた私は、彼の姿が見えなくなると、小さく振っていた手を下ろした。

『…家の方向、違うんじゃん…』

しかもだ。先程彼の傘に入っているときふと視界に入った、高尾の学ランの肩辺りが濡れていたのを。標準より少し大きめの傘とは言えど、小柄な方ではあるがスポーツマンである高尾と、身長が平均以上な私が一緒に入ればそりゃあそうなる訳で。
でも私はどこも濡れてはいない。それは要するに、高尾が、私のことを考えて、気遣ってくれたという訳で。私はそこまで考えて、熱っぽい息を口を小さく開いて吐いた。雨上がり後の独特の匂いとひんやりとした空気が心地好い。ふと空を仰ぐと、雨はいつの間にかやんでいた。

「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -