赤司の笑顔
『赤司って、そんな笑わないよね』
もし彼が年がら年中にこにこしていたら、それはそれで気持ち悪いけど。そんなことを考えて頬杖をついていると、目の前の彼が顔を上げた。赤司は私と目を合わせると、ふっと微笑む。
「そんなことないと思うが」
『いんや、そんなことあるね』
「ほう…、面白い、聴こうじゃないか」
『そりゃどーも。赤司のその人の良さそうな笑顔さあ、とおっても嘘くさいのよ』
「何故そう思う」
『女の勘かな? まあ何でも良いから、その嘘くさい笑顔やめて。周りの馬鹿な奴等みたいに、私は騙されない』
「…ふふ、俺のこの笑顔が嘘だということ前提なんだな」
『だってそうでしょ?』
真っ直ぐに見つめれば、赤司はその視線から逃げるように目線を下げた。そして再び日誌を書き連ね始める。
「……想像に任せるよ」
そう回答を口にするのを曖昧に濁されたことと、伏せた睫毛が異様に長いことに腹が立った。
その長い睫毛がつくる影が憎たらしい。引っこ抜いてやろうか。
…流石に引っこ抜くのは私の命に関わるので、他のことをやってやろう。
そう考えて、片手を彼の顔に伸ばす。
「何だ、この手は。離せ」
『嫌でーす』
何で普通に喋れんだコイツ。表情筋どうなってんだ。てか肌スッベスベ…。
今指摘された私の手は、赤司の頬をぐにぐにとつねっている。
みるみる内に、彼の眉間に皺が寄せられていった。
『むっ!!?』
「いい加減離せ、煩わしい」
『ひたいひたいひたいっ!!! はかひ!!!』
「お前が離せば離すさ」
痛みに耐えかねバッと手を上げて椅子から立ち上がれば、小馬鹿にしたような顔をした赤司が私を見上げていた。
ヒリヒリする両頬を手で包む。
赤司の野郎、両方のほっぺた思いっきりつねりやがった…! 私は片方しかつねってないのに! しかも弱く!
『いったあ…っ!』
「はは、バカ面だな。頬が赤くなってる」
口を隠すように手を添えて、赤司はそう笑う。
その光景に一時停止して、頬を撫でる手を止めた。
……。
「どうした」
『……いや、今みたいに、本音言って笑えば良いのになあ、って、思って』
バカ面とか言われたのにはイラっときたけれど、さっきの笑みと言葉は赤司のそのまま。いつもの営業用みたいなものではなかった。
私はあんな作り物より、さっきの方が良い。バカ面呼ばわりされたけど。
立ったまま訝しげな視線を向けていれば、赤司は目を伏せて日誌の続きを書き始めた。
私は放置である。
無反応の目の前の男に腹をたてていれば、日誌を閉じる静かな音がひとつ。
「本音を隠して笑ってさえいれば、事は上手いこと進むんだ」
ガガッ、と、次に椅子を引く音。
赤司が席をたって、さっきまで私より低かった目線が、高くなる。
お前はなんて答える、なんて、窺うような目で赤司が見てきた。
『…それじゃ、赤司は苦しいでしょ。それは、間違ってると思う』
「それに、気にさわるんだよ、そういうの」赤司が本音を隠して笑顔を貼り付けて、私と話しているなんて、何か腹立つ。
私は本音で話しているのに、何か不公平だ。
見下ろしてくる端整な顔を一睨みしてやると、真ん丸にしていた赤と橙の目を、ゆっくりと愉快そうに細めた。
「…そういうことなら、なまえの前でだけは本音で話して、笑ってやっても良いかな」
赤司は満更でもないような笑みを浮かべて、日誌で私の頭を軽く叩いた。
相変わらずの上から目線な口調だけど、その笑みに何だか嬉しくなったのは、私だけの秘密だ。
260203
赤司じゃ心ん中全部分かりそうだな…。秘密とか出来ないんじゃ…。