短編 | ナノ

赤司の消毒


『い…っ』

部活で使うという大分厚さのある用紙を切ろうとした。ハサミではおそらく切れないだろうな、と考えた私は、机に傷が付かないようにいらない漫画雑誌の上に用紙を置いて、カッターに力を入れて紙面に滑らせた。
そこまでは良かったのだが、切り進めて行くうちに切りやすいようにと用紙と雑誌の間にいつの間にか手を入れていたらしく、人差し指の第一関節辺りを結構深く切ってしまった。

「どうした」
『えーと、ちょっとやらかした、かな』

私の後ろで優雅に足を組んで、ソファに腰を掛けながら難しそうな本を読んでいた赤司。そんな彼の問い掛けに曖昧な笑みと言葉で返答した私は、傷口を凝視した。ドクドクと深紅の液体が出てきて、不思議な感覚に陥る。

「…切ったのか」
『あはは…』

いつもよりいくらか低い声を掛けられて、若干ビクビクしながら振り向くと、片手で本を閉じて机に置く赤司の顔が目に入った。眉を寄せ、目を細めている。不機嫌だ。「見せてみろ」と彼に言われたので、恐る恐る人差し指を見せる。ふと切った直後のことを思い出すと、何とも言えない気持ち悪いという感情が沸き上がってきた。
あの痛くもなく心地好くもない変な感触は、どうにかならないものなのだろうか。傷口から溢れる深紅を見てさらに不機嫌になった赤司は、「深いな…」とじっと傷口を見つめたまま、動かない。妙に気まずい空気が漂っていたので目線をさ迷わせていると、がしりと突然怪我をしている方の手の手首を掴まれた。

「なまえ、ここ座れ」
『え、ちょ、まっ』

私に拒否権というものは無いのか。何を考えているのか分からない目で見つめられ、若干強制的に手首を引かれてソファに座っている赤司の膝の上に、向かい合う様に座らされた。今の服装がパンツで良かった、スカートだったら今頃私は恥女だ。

『赤司何す、っ!?』

唾液は傷に良い、とはよく耳にするが、そんな不確かなものをあの赤司が実行するとは思っていなかった。重力に逆らうこと無く指を伝う血液を、彼は何の躊躇いも見せずにその真っ赤な舌で舐め取った。羞恥心と驚愕から赤司に制止の声を掛けようと咄嗟に口を開く。
が、それより先に赤司が私の人差し指を傷口もろとも口にくわえたので、言葉にならない声が勝手に口から出た。自由な方の手で無駄だと思いながらも小さな抵抗をしてみるが、彼にはそんな抵抗あっても無くても同じものらしい。腰にも手が回されているので、赤司の膝から降りたくても降りられない。
濡れた柔らかい感触が爪と皮膚の間を軽く抉ったり、歯で軽く指の先端辺りを甘噛みされる。傷口をわざと強めに舌でなぞったりもしてくるので、そのときは僅かに走る痛みに顔をしかめた。地味に痛い。
こう言っちゃアレだが、あのいつも偉そうにしている赤司が私の指を舐めている。私が彼の指を舐める分ならまだ納得、のいく光景なのだろうが、今の状態はそれとは完璧に真逆。
眼前の酷く異様な光景に言葉も出ず唖然としていると、彼の伏せられた長い睫毛が持ち上がった。赤司の膝の上に座っているので、自然に彼より座高が高くなる。その為、彼が私を見るとその気は無くても上目遣いになってしまうのだ。
そんな状態でいきなり綺麗な金と赤の目で見つめられ、肩を少し揺らす。赤司が数回まばたきするのを何故か息を止めて見ていると、ふっと彼がこれまた綺麗に微笑んだ。あれ、この感覚何だろう。
その微笑みにうっかり目を奪われていると、ちゅっと小さくリップ音を出して指を吸われ、背中が一瞬痺れた。それを最後に気が済んだのか、赤司はやけに呆気なく離れていった。

「鉄の味がするな」
『っ…だ、だったら舐めたりしない』

こんな至近距離にずっと居たら、心臓の異常な速さを赤司に知られてしまうと焦り、すぐ彼の膝上からソファへと腰を移した。そんな私の様子を、余裕満々の微笑をその顔に湛えて見ていた赤司は、またもやふっと笑って読書を再開した。

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