私が1番好きなのに!
完結記念リクエスト企画



真っ白いブラウスにこの前買ったお気に入りのジャンバースカート。少しだけヒールのある革靴に白いソックス。昨日はちょっとお高い洗い流さないトリートメントでケアをしたので髪の毛もいつもよりうる艶サラサラヘアー。
清潔感オッケー。ダサくはないと思う。雑誌で同じような格好した女の子がいたし。大人っぽすぎず子供っぽくもない年相応な格好で、変じゃない、はず。
何度も全身鏡を見たし、しーちゃんに写真を送ってオッケーのお墨付きをもらっているはずなのにそわそわ落ち着かずに何度も電車の窓で自分の姿を確認してしまう。メイクも変じゃないよね。あ、ちょっとリップが落ちてるかもしれないから塗り直しておこうか。でもあと一駅で目的地だし、っていうかチャージ残ってるかな?改札から出れなかったらどうしよう。待ち合わせ時間は?大丈夫かな?なんて頭の中ぐるぐる回して色んなことを考えて1人パニックしていたら手元からするりとスマホがこぼれ落ちそうになったのをなんとかキャッチし直す。落ち着け私。冷静になれ私。ゆっくり深呼吸して、吸ってー吐いてー…なんてしていればあっという間に目的地の駅に着いたとのアナウンスが聞こえてきたので慌てて電車を飛び降りた。
いつも使っている地元の駅とは違う、賑やかで人も多い綺麗な駅。同じ神奈川なのに、田舎と都会でこんなにも違うのかと驚きつつ改札に向かって歩いてみたものの、改札が多すぎてどこに行けばいいか分からない。どの改札から出ればいいんだろうと看板を見上げてみても土地勘がなく全く理解不能である。どうしよう…迷子か?駅員さんに助けてもらう?でもどこを目指してるかも分からないし何で説明したらいいかも分からない。
途方に暮れていれば、両手で握りしめていたスマホがプププと震え出した。画面を見れば、ヒーローからの着信を知らせていて急いで通話ボタンを押して耳に当てる。


「荒北くん…!」


やっぱり荒北くんってすごい。私が困った時に絶対助けてくれるスーパーヒーロー。


「え?ナニ泣きそうな声してンの?」
「駅に着いたんだけど、何て改札を出ればいいですか…」
「あー…迷子?」
「まだ迷子じゃない!」
「中央南改札って分かるか?」
「えっと…あった!行きます!」
「転ぶなヨ」
「はい!」


ちょうど真上を見れば中央南改札への矢印が書いてあったので看板に沿って進んで行く。さっきまでは不安で心細かったのに、荒北くんの声を聞くだけで元気になれちゃうんだから恋する力は偉大だ。
改札の向こうで壁に寄りかかって立っている荒北くんを見つけてどんどん足が速くなる。早歩きから小走り、改札を通り抜ける時はもうほとんど走ってたけどその勢いのまま荒北くんへと飛びつけば呆れた顔してベリッと引き剥がされてしまった。ひどい、やっと会えたのに。


「こんにちは荒北くん!」
「遠かったろ」
「いや意外と!乗ってればついた!」
「まだ乗り継ぐぞ」
「はーい」


ここからまた別の電車に乗るらしく、荒北くんは人混みの中をスタスタと進んで行ってしまう。流石荒北くん…都会っ子なのね。こんな人混み向こうではあんまりないから歩き慣れない私は小走りで必死に荒北くんを追いかけるしかない。目的地もよく分かんないし迷子になったら終わりだ。肩とか普通にガンガンぶつかってくるし、都会怖い。


「江戸川」


名前を呼ばれて顔を上げれば、すぐ目の前で荒北くんが左手をこちらに向かって伸ばしてくれている。もしかして、いや、もしかしなくてもこれって…手を繋いでくれるってこと?


「…いいの?」
「イーヨ」


学校帰りやファミレスに行くときは「見られたらめんどくせェ」と言って手を繋いでくれないのに。確かに学校からかなり離れたこの場所なら誰かに見られる心配もない。
だけどそれよりも、荒北くんも私と手を繋ぎたいと思ってくれてたことが嬉しい。私ばっかり荒北くんに触れたいのかなって思ってたから、たとえ迷子防止だとしても嬉しいものは嬉しくて思わず笑顔になってしまう。ゴツゴツした手に向かって自分の右手を差し出せば、当たり前のように指と指を絡めるように恋人繋ぎをしてくれる荒北くん。え、まさかのそっちか!えー普通に手を繋ぐだけかと思ったのに!なんでそういうことサラッとやっちゃうの?!ときめきが止まらないけどどうしよう。好きです。


「荒北くん手おっきいね!」
「江戸川の手がちっせーだけだろ。つーか冷てェ」


そんな文句を言いつつもちゃっかり繋いだ手を自分のマウンテンパーカーのポケットへと入れてしまうんだからこの人すごい。すごすぎるっていうかどうするよ私の心臓めちゃくちゃきゅんきゅんしちゃってるよ!ドキドキが止まらないけど、今日これからのことを考えたらさらにドキドキしてきた。というか今更だけど緊張してきたどうしよう。
歩きながら私の顔を覗き込んできた荒北くんは、なんとも言えない私の顔を見るとニッと意地悪そうに口角を上げて笑った。


「緊張してンのォ?」
「そ、そりゃあしてるよ!初めてだし…」
「…親いるケド」
「だからだよ!」
「あぁ…そっちかヨ」


照れたような顔をしたかと思いきや、すぐにスンっとした顔に変わってしまった荒北くんが何を考えてたかは知らないけれど。
彼氏の家にお邪魔するなんて初めてだし荒北くんのお母様に会うなんて緊張するに決まってるじゃん!荒北くんは寮生活だし、ご実家にお邪魔する機会がこんなに早く来るなんて思ってもなかった。そもそもどうしてこんなことになったかと言うと、理由は可愛いアキチャンである。
荒北くんのLINEのアイコンでもあるアキチャン。連絡を取り合っていれば当然アキチャンは私の目にも入ってくるし、画像のアキチャンはとっても可愛い。でもそれだけじゃない。アキチャンの話を振った時の荒北くんはそれはもうイキイキとしているし何よりデレデレの笑顔がすんごく可愛い。アキチャンの話をする時の荒北くんの表情が好きで、これは写真じゃなくて目の前にアキチャンがいたらきっともっと良い顔をするんだろうなぁ。猫撫で声で名前を呼んだりするのかな。それ見てみたいなぁなんて思った私の口からは自然と「直接会ってみたいなぁ」とこぼれてしまった。荒北くんはキョトンとした後、少しだけ考えてから「…会いに来るゥ?」とお誘いしてくれたのである。
どうやらちょうどセンター試験も終わったし土日に実家に帰る予定があったとのことで、そのタイミングが空いているならどうか?とのお誘いに間髪入れず頷いた私。荒北くんはちょっと驚いたような顔をしていたけど…だってまさかのラッキーイベント発生ですよ!荒北くんとアキチャンのツーショットを直接肉眼で拝める!

そしてそれだけじゃなくて、荒北くんが私のことを実家に招いてくれたという事実もとてつもなく嬉しい。だってそれってつまり、ご家族に私のことを紹介してもいいってことでしょ!?あまりの嬉しさに舞い上がりすぎて家に帰ってすぐしーちゃんに報告したら、あのいつも冷静なしーちゃんもビックリしていたくらいのビッグイベント!
今日の私のミッションは
・荒北くんのご家族にご挨拶
・アキチャンと仲良くなる
・アキチャンと荒北くんのツーショットを拝みつつ出来れば写真もゲットする
この3つ。絶対にこなしてみせる!
と意気込んでいたはずなのに、いざもうすぐそこまで時間が迫ってくるとひよってしまう私がいる。
ご家族に気に入られなかったらどうしよう!いや、別にそんな将来を意識してるわけじゃないけど!ちょっとは気に入られたいというか、この子ならいいかもって思われたいけど、反対に何でこの子なの?なんて思われたらどうしよう。いやいやこんな優しくて素敵な荒北くんのお母様がそんな意地悪な人じゃないのは分かっているけどこれは私の問題というか!

チラリと荒北くんを見上げれば、やっぱりカッコいい。私服もオシャレだし、髪の毛サラサラだしなんかいい匂いするし!カッコ良すぎて困る!だから私は未だに荒北くんの彼女に相応しいなんて自信はないわけであって…


「江戸川!」
「うきゃ!?へい!」
「何だその寿司屋みてェな返事」
「いや…ボーッとしてて…」
「ボーッとしてるうちに着いたケド」
「え!?荒北くん家ここ!?」
「おー」


スタスタと進んで行ってしまう荒北くんの後ろを慌ててついて行く。え、荒北くんの家でっか!庭あるし!あ、でもアキチャンがいるから…いや理由にならない。
ガチャリと玄関が音を立てて開かれて、ごくりと唾を飲み込んだ。そんな私を気にすることなく荒北くんは「たでぇーまー」なんて気の抜ける挨拶をしてスニーカーを脱いでいる。この場合、私もお邪魔していいのかな。手に持ってるお土産どうしよう。ていうかお土産もっとオシャレなのにすれば良かったどうしよう。マドレーヌとかクッキーとかこの素敵な家に似合うものにすれば良かったのに!どうして私は小田原城最中なんて選んでしまったのよバカタレ!
ぐるぐる頭をフル回転させていれば、廊下の奥からパタパタと足音が聞こえてくる。


「靖友!駅に着いたら電話してって言ったでしょーが」
「電話してもいつもでねぇし」
「もー!こんな格好になっちゃったじゃない!」


ふわりと白いエプロンを揺らしながら現れた黒髪のこの人は、もしかしなくてもこのお方が荒北くんのお母様!


「初めましてこんにちは。靖友の母です」
「えっ、は、初めまして!えと、同じクラスの江戸川沙夜です!」
「靖友から聞いてるわよー可愛い彼女ちゃんね!」
「うるッセェ!余計なこと言うなババァ!」
「ババァって言うんじゃないよ!ほら、江戸川さん早く上がって。アキチャンも待ってるから!」
「あ、あのこれ!たいしたものじゃないんですけど…お土産です」
「まぁありがとう!嬉しい!」


ニコニコ笑顔の可愛らしいお母様は私からお土産を受け取るとさらに嬉しそうに笑ってくれて少しだけほっとする。ズンズンと廊下を進んで行ってしまう荒北くんを呆れたように見送ったお母様は、もう一度優しく笑って私にスリッパを差し出してくれた。丁寧に靴を揃えてお邪魔させていただき、お母様の後ろをついて行く。

荒北くんのお母様すごい美人さん。横浜!って感じでうちのお母さんとは大違いだけど、さっき荒北くんに向かって怒鳴ってたときはちょっと荒北くんに似てたかもしれない。


「江戸川」


おそらくリビングだろう場所のドアから、荒北靖友くんがひょっこりと顔だけを覗かせてきた。不思議に思って首を傾げれば、荒北くんの顔の下からヒョコッともふもふのワンちゃんが顔をだす。くりくりお目目が可愛らしいあの子。


「アキチャン!」
「ワン!」


荒北くんに大人しく抱っこされているアキチャンはこっちをじーっと見つめつつ小さく吠えた。吠えたけど全然怖くないしむしろ可愛い。どちらかと言うと鳴いたって感じに近い。
そっと頭に手を伸ばして撫でれば嬉しそうに目を閉じててもっともっとと頭を私の手に擦り寄せてくる。何この可愛すぎる生き物!可愛い!


「可愛い!アキチャン可愛い!私も抱っこしたい!」
「ダメー。今は俺の番だから」
「ずるい!私も抱っこしたい!」
「アキチャンは俺の方がいいって言ってるヨ。ねーアキチャン?」
「いや違うね!今のアキチャンは新キャラの私に興味津々だもん!ねーアキチャン?」
「ワフ!」
「ほらー!返事した!」
「今のはいいえって返事でーす!」
「そんなことないもん!ね?アキチャンほら!私アキチャンにもおやつ持ってきたよ!」
「アァ?!食いもんで釣るのは反則だろ!」
「そんなルールないもーん!ね、アキチャンほら、おいで!」


荒北くんはぎゅっとアキチャンを抱えて離さずにギンッとこっちを睨みつけてくるけど私だって負けられない。リュックから取り出したアキチャンのための犬のおやつとプレゼントとして持ってきたおもちゃを目の前でちらつかせて荒北くんに対抗する。うちにいる猫はこのおやつ作戦で誘き寄せることができるからきっとアキチャンだって有効なはずだ。私だってアキチャンを抱っこしてもふもふして顔を埋めたい癒されたい!

キャンキャン2人で言い合っていたら、後ろから聞こえてきた「アッハッハ」なんて大きい笑い声。ハッとして振り返ればこっちを見て大笑いしている荒北くんのお母様。

あぁ…やってしまった。大人しい清楚な女の子でいようって思ったのについいつものように振る舞ってしまった。アキチャンのあまりの可愛さに我を忘れて…席にもつかずに息子とペットを取り合って言い合いをする女ってどんな奴なの私最低じゃん!
そんなこと考えてオロオロしていたら、突然お母様の手が私の頭に乗ってぐしゃぐしゃと撫で回された。驚きのあまり「ひ!?」なんて変な声が出てしまってけど、何だこれ。でもこれよく荒北くんも私にするやつだ。
恐る恐る視線を上げてみれば、ニッと笑ったお母様と目が合う。


「アンタたち、お似合いね」
「…へ?」
「沙夜ちゃん、靖友のことよろしくね」
「えっと、あ、はい!」
「靖友!アンタ意地悪しないで抱っこさせてあげなさいよ!」
「ウルセェな!言われなくてもさせてやるヨ!」


なぜか顔を真っ赤にした荒北くんが、押し付けるようにしてアキチャンを渡してくれたので、うまく抱え直して抱っこをする。間近で見るアキチャン。かぁわいい!もふもふするしお目目もちゃーんと私のことを見てくれるし実物の方がずっと可愛い!あまりの可愛さにぎゅっと頬っぺたをくっつけると「ワン!」と可愛らしく鳴いてくれた。そんなところも可愛いよアキチャン!ウリウリと頬っぺたを夢中で擦り付けていれば、パシャリと聞こえたシャッター音。
顔を上げれば、スマホを構えている荒北くんと、横でその画面を覗き込んでいるお母様。


「靖友!盗撮は犯罪!」
「ハァ!?いーだろ別に他人じゃねーし!つかアキチャン撮っただけだし!」
「可愛い彼女の写真なんだから!こっち向いてーとか言えないの!?」
「ウルッセェなァ!まじで黙ってくれ!」


ギャンギャン言い合う2人は親子って感じがして、なんだかこっちまで笑顔になってしまう。アキチャンにメロメロなところだけじゃなくて、お母さんに対してはちょっと幼くてワガママな荒北くんも見れて私はとっても満足だ。また新しい荒北くんのことを知れちゃった。もちろんそんな荒北くんもカッコよくて大好きだよ!


「アキチャン、荒北くんってとってもカッコいいね!」
「ワン!」







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