私が1番好きなのに!
完結記念リクエスト企画



毎日毎日幸せすぎて困る。

「明日はもっといい日になるよね!」なーんてペットの猫に話しかけてから毎晩眠りにつくくらいには、私の頭はお花畑だったのだ。ちなみに猫は心なしかうんざりした顔をしている気がするし、昨日は爪を剥き出しにしてシャーッと威嚇をされた。
でもだって、荒北くんの彼女になってしまったんだよ私。一年生の頃からずっと好きで好きで、見つめていただけだった荒北くんがすぐ近くにいて話しかけてくれるし私と会話してくれる。名前を呼べばダルそうな顔して振り返ってくれるし、私の名前も呼んでくれる。
そんな未来が来るなんて考えてもなかったから、私は浮かれていたのだ。私が幸せでたまらなく毎日に何の不満もないように、荒北くんも不満なんか抱えていないと思っていた。


「コッチが困ってるッつーの」


耳に入ってしまった声に、ピキッと体が固まってしまって動けなくなる。これはきっと、この曲がり角の向こうにいる荒北くんの声だ。そして話の流れ的に、困ってるっていうのは多分私のこと。

さっきまでたぷんたぷんと溢れそうなくらいの好きの気持ちで満たされていた心には穴が開いてしまって、その穴からダラダラと愛がこぼれ落ちていってしまうような不思議な感覚。急いで蓋をしなくちゃいけないのに、私は荒北くんの声なら100キロ先でも聞こえてしまう特殊能力を持っているので聞きたくなくても聞こえてきてしまうのだ。ついさっきまではこの能力を自慢に思っていたのに、今だけはこんな能力いらなかったなぁ。


「何が良くて付き合ってンだろーな」


そんなこと言わないでほしかった。

だって私は今まで真っ直ぐに、全力に荒北くんのことが大好きだって伝えてきたはずなのに。荒北くんには全然伝わってなかったってことかもしれない。
私が荒北くんのことを好きな気持ちは本物で、どんな荒北くんだって大好きなのに。そしてそれは惜しみなく言葉でも態度でも伝えていたつもりだった。放課後の図書室で向かい合わせに座って勉強している時も、クラスでたまたま目があった時も、放課後2人並んで歩いている時も。いつどんな瞬間だって私は荒北くんのことが大好きなのに。
あぁでももしかしたら、それら全部が荒北くんにとっては「困る」ことであって、荒北くんがほしい愛情ではないのかもしれない。じゃあどうしたらいいんだろう。私が今までやってきたことって、荒北くんを困らせていただけなんだろうか。浮かれて、幸せすぎて毎日困るなぁなんてボケていた自分が恥ずかしいし情けない。私の独りよがりで、荒北くんにとっては意味のないことだったのかもしれない。

目の前で明らかにヤバいって顔をした荒北くんを見たら、また私の心の中にあるたぷたぷの荒北くんに向けたハートの穴からぴちゃんと音を立てて愛が零れ落ちていく。


「ごめん!」


荒北くんに背中を向けて全速力で足を動かす。廊下を走ってはいけないなんてルールは無視だ。今は仕方ない。こんな気持ちで荒北くんと向き合うことなんかできやしない。
ズキズキ痛む心の中。ハートから、どんどん愛が零れていってしまう。このまま空っぽになってしまったらどうしよう。これは私が荒北くんに向けている気持ちだけじゃなくて、荒北くんからもらった気持ちも全部詰まったハートなのに。今までもらった気持ちがどんどん零れていってしまう。
困らせたいわけじゃない。だけど私は、こんな形でしか好きの伝え方を知らない。私の中にある荒北くんへの気持ちを惜しみなく伝えたいし、全部受け取ってほしい。そんなのはワガママだろうか。私の独りよがりな気持ちで、荒北くんのことを困らせていたのかもしれない。呆れられていたのかもしれない。

付き合っているからって、愛情の矢印が均等とは限らない。私の好きはきっと荒北くんが想う好きよりずっと大きくて、だから荒北くんにずっしひと重たくのしかかって苦しめていたのかもしれない。
だとしたら、私は本当に馬鹿だ。荒北くんのことが好きなのに、荒北くんを困らせてしまっていたなんて。


「ダァ!待てッつーのこのバカチャン!」


特に目的地なんかなくて、闇雲に校内を走り回っていたけど屋上へと続く階段を何段か上ったところで後ろから右腕をがっしりと掴まれてしまい、仕方なく足を止める。頭の中で色んなことをぐるぐる考えていたせいで気づいてなかったけどどうやら結構な距離を走り回ったらしく、息が上がっていることに今ようやく気づいた私は本当に馬鹿。自分で自分が嫌になる。


「無駄に足速ェっつーの!」


後ろでは荒北くんも少しだけ息が上がっているのが分かる。バクバクうるさい心臓に比例して目頭も熱くなっていく。荒北くんがどんな顔をしているのかを見るのが怖い。
私は荒北くんにたくさん笑わせてもらってるし、同じように笑ってほしいって思ってるのに、私が荒北くんを困らせてたらそれはとても悲しい。


「…ごめんなさい」
「江戸川」
「わ、私…」


口を開けば、我慢していたはずの涙がボロボロとこぼれ落ちてしまう。やっぱり私はずるい女だ。
荒北くんが追いかけてきてくれたのが嬉しい。何を言われるにしても、こうしてキチンと向き合おうとしてくれる優しい荒北くんが好きで好きで、好きだから申し訳なくなってしまう。泣いてしまったら、荒北くんはきっとまた優しくしてくれる。そして同時に困らせてしまう。優しくされたらきっともっともっと好きになってしまう。これ以上好きになったらどうしよう。困らせたくないのに、嫌いになんてなれなくて、私の好きは上限を知らないから知れば知るほど荒北くんのことが好きになっちゃう。


「だって…」
「…」
「好きなんだもん…荒北くんのことが、すごい好きです…」
「…ハ?」
「うぅ…ごめんなさい」
「待て待てどうした?そういう話じゃなくネ?」
「ごめんなさい…」
「何がだヨ!つーかそりゃ俺の台詞だろ!」


私の肩を掴んでくるりとひっくり返した荒北くんは、ギョッとした顔をしてからぼたぼた溢れる私の涙を綺麗な指でひとつひとつ丁寧に掬っていく。
そんなふうに優しくされたら、また私の中で荒北くんが大きくなっていってしまう。別に、好きになるのはいい。私は荒北くんを好きになればなるほど幸せだ。だけど、私が好きになればなるほど荒北くんが困るんだったら、私は荒北くんを好きになる気持ちにストップをかけなきゃいけない。
私の気持ちと荒北くんの気持ちが釣り合わないことは別にいいんだよ。だってきっと、そんなのは当たり前に私の方が荒北くんのことが大好きだし、私の好きと同じ量を荒北くんからもらえるとは元から思っていない。
ほんのちょっとでもいい。もしかしたら、私のこと好きかもってくらいの小さい気持ちを返してくれれば、私はそれで満足だから。


「荒北くんが謝ることなんて一つもないよ」


優しい荒北くんの指をそっと退かして、自分の手で涙を拭う。荒北くんはそんな私を見てグッと眉間皺を寄せた後、ガシガシと乱暴に自分の頭を掻きむしってからその大きな手で今度は私の頭をがっしりと掴んでしまった。そのせいで、今まで荒北くんから逸らし続けていた目がぱちっとかち合ってしまう。


「…オメーはァ」
「…」
「俺の小っ恥ずかしい告白を忘れたのか?」
「え、いや、忘れるわけない!」


荒北くんからの告白を忘れるわけない。
一言一句きっちり覚えてる。


「言ってみ」


荒北くんの手が、ゆっくりと私の頭から頬っぺたに移動する。少しだけくすぐったい。


「私のことが、1番好きだ!って…」
「あとは?」
「全部もらってくれるし、全部くれるって」
「よく覚えてるじゃナァイ」
「でもきっと、私の全部をあげたら荒北くんが潰れちゃう…」
「…」
「荒北くんを、困らせたくない」


私の中にあるたくさんの、溢れそうなくらいの愛情。きっと形にしたらすっごく大きくて荒北くんのことを潰しちゃう。重荷になりたいわけじゃない。全部受け取ってほしいわけでもない。いらないならつき返してくれてもいいけど、きっと荒北くんは優しいからそんなこと出来やしない。


「聞いてたと思うケド」
「…うん」
「俺さァ、困ってんの」
「っ、う…ごめ…」
「江戸川からもらってばっかで、俺ばっかり満たされてる。俺だって江戸川に対して想ってることなんかスゲーあんだヨ。俺のこと好きだのカッコいいだの褒めちぎってるときの顔とか真っ赤になって可愛いし、目があったらちまちま駆け寄ってくンのもめっちゃいい」
「…はい?」
「ダァー!だーかーら!俺だって頭の中全部オメーでいっぱいで困ってんの!」


思ってたことと全く違うことを顔を真っ赤にした荒北くんが叫ぶから、それを受け取る私の顔も真っ赤になってしまう。
だってそんな、てっきりお前の気持ちが重すぎるとか、迷惑だとかそういうマイナスなことを言われると思ってたから心の準備ができてないし、荒北くんが私に対してそんなこと思ってるなんて知らなかったし。なんか突然与えられた嬉しさと恥ずかしさで死にそう。


「だけどまぁ、俺はこんなんだしそういうむず痒いヤツを素直に言葉にするなんてできねェし、自分がそんなん言ったら鳥肌立つし」
「…」
「なのに本人は俺が何も与えなくても幸せそうに笑ってるし。コイツ俺の何が良くて付き合ってんだ?って…分かんなくなンだろ」


いつも釣り上がっている眉も口元も下げて、そんなことを言う荒北くんから目が逸らせなくなる。

ポッカリと穴が空いてしまっていた私の中のハートが埋まっていく。ぼたぼた零れ落ちてしまった私からの愛の代わりに、不器用な荒北くんから与えられる愛が注がれていく。

私はずっと荒北くんのことを好きってことで満足していた。好きって気持ちを受け取ってもらえた。それだけで毎日がキラキラ輝くくらいに幸せで満たされていた。
だけどそれは私の幸せであって、荒北くんのことは考えてなかったのかもしれない。もしかしたら、荒北くんも私と同じなのかも。受け取るだけじゃなくて、心の中にある好きって気持ちを伝えて、それで相手が笑ってくれたらもっともっと幸せ。私だって、荒北くんが私の気持ちを受け取ってくれるのが嬉しい。理解してくれて嬉しい。私が好きだって全力で伝えると、荒北くんは「アァ!?」と乱暴な口を聞きつつもどこか嬉しそうに、呆れたように「しょうがねぇな」って笑ってくれるその瞬間がとっても好きだ。


「…荒北くん」
「…ンダヨ」


階段に立っているせいで、いつもより顔と顔の距離が近くてドキドキする。目と目を合わせて、へらりと笑いかければ荒北くんの目が大きく見開かれた。


「私、そんな恥ずかしがり屋の荒北くんも好きだよ」
「…あーあーあー」
「え、うわぁ!」


奇声を発しながらもにゅっと伸びてきた腕が、いとも簡単に私の身体を包み込んでしまう。段差のせいもあって、私は顔を荒北くんの肩に乗っけるような形で抱き締められてしまった。

ていうか、え!?なにこれ!近い!近いしなんかいい匂いするし、ギュッてしてるし!なんだこれ!抱き締められるのなんて初めてだしどうしたらいいか分からない。自分の手をどこに置けばいいかも分からずピシッと石のように固まっている私。そんなのお構いなしに、荒北くんがぎゅうぎゅう力を込めて抱き締めてくる。いやほんとに、なんだこれ!!


「江戸川」


名前を呼ばれて、腕の中から顔を上げればすぐ近くに荒北くんの顔。

あ、荒北くんってやっぱり、下まつげが長い。

なんて思っていたらどんどん距離が近づいて、チュッと可愛らしい音を立てて一瞬だけ触れた唇。


「…え」
「…」
「…え!?」
「うるせェ!もっかいすンぞ!」


真っ赤な顔してキャンキャン騒ぐ荒北くんは全然怖くないしむしろ可愛い。だけどそれよりも嬉しくて、苦しくて苦しくて死んでしまいそう。

荒北くんはきっと、私が考えていたよりもずっとずっとずーっと私のことを想ってくれてること。触れたいと想ってくれてること。キスしたいって想ってること。そういうの全部くっついた身体から伝わってきて満たされていく。私の中のハートに、荒北くんからの愛が注がれて満たされていく。
きっと荒北くんはハートをどこかに隠し持っていたんだね。私とは違って、大事に大事にしまい込んであたためてくれていた、多分きっと、私と同じくらいに大きな好きって気持ち。


「荒北くん!」
「ナニィ?」
「もっかい!」


気をつけ!をしていた手を伸ばして、荒北くんの背中にそっと回して私からも抱き締めてみる。ギュッと隙間なんかないくらいに近づいて、もっと荒北くんのことが知りたい。もっと触れてほしい。荒北くんからも、全部欲しいよ。


「イイヨ」


目を閉じて待っていれば、またまたふにゃりと優しくキスを落としてくれる荒北くん。
唇から触れ合う温度も、ドキドキうるさい心臓も、後頭部に回された大きくてあったかい手のひらも、全部が幸せすぎる。


あ、そっか。そういう意味か。


「幸せすぎて、困るなぁ」
「ウン。ソウダネ」


キスの後におでことおでこをくっつけて、2人で笑い合う。
2人してこんな悩みを抱えてこれからも生きていけるなんて。なんて幸せなんだろう。

明日はきっと、もっと幸せになっちゃうよね。






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