私が1番好きなのに!
完結記念リクエスト企画



ピピピピ…と、耳元で鳴り響くスマホのアラームを止める。渋々温かい布団の中から抜け出そうとすると、隣で小さな唸り声が聞こえてきた。チラリと目をやればぐっと眉間に皺を寄せつつ、すやすやと眠りについている荒北くん。

もう何度も見ているはずなのに、大好きな荒北くんの寝顔は何回見ても見飽きることはないしきゅんきゅんしなくなることもない。お付き合いしてからもうだいぶ経つというのに、荒北くんを見るだけで私は未だにだらしない顔になってしまう…らしい。これは自分では分からないのだけど、物凄く嫌そうな顔した街宮くんは「アンタら見とると吐き気がするくらい甘ったるくてしゃーないのぅ。わしゃ甘いもんはそんな好きじゃないんじゃ」と言って道路に唾を吐いていたし、金城くんには「江戸川は荒北のことが本当に好きなんだな」と当たり前のことを言われてしまった。もちろん全力で「はい!」と元気な返事をしたら隣にいた荒北くんに得意の額打ちを食らったけれども。
高校を卒業して、私は荒北くんと同じ洋南大学へと進学することが出来た。私も荒北くんもそれぞれ実家を出て一人暮らし。最初こそ、荒北くんの家に行くのはとっても緊張したしお泊まりなんてもっての外。そんなことした日には私の心臓が口から飛び出てしまうと本気で思っていた。この話をすると荒北くんがゲラゲラお腹を抱えて笑ってくれるのだけど、その時の顔もカッコいい。まぁ、それは置いといて。荒北くんのかっこいいところをひとつひとつ挙げていったらキリがなくなってしまう。
とにかく、少しずつ二人で過ごす時間が長くなって、離れる時間が寂しいと感じるようになって…恥ずかしさよりも一緒にいる時の幸せな気持ちが上回るようになっていく。気づけば私は当たり前のように荒北くんの家に帰り、荒北くんの家から大学へ行くようになり、荒北くんの部屋には私の荷物がどんどん増えていった。もちろん逆も然り。私の部屋には少しずつ荒北くんの物が増えていく。2人で買ったお揃いのマグカップも、クレーンゲームでとってくれた大きいぬいぐるみも。
そんなことを思い返して幸せな気分に浸っていると隣から聞こえてくる低い唸り声。寝ているはずの荒北くんは相変わらず眉間に皺を寄せて、何かを探すように手を動かしている。大きな手にそっと自分の手を近づければふらふら彷徨っていた手は私の手をがしっと掴むと、フッと笑ってまたすやすやと眠りに落ちていく。


「ギャッ…!?」


変な声が出た口を慌てて反対の手で押さえる。
えっ、えー!?可愛い!めっちゃ可愛い何それ!荒北くんが探してたのって私の手ってこと!?何それ!可愛すぎる!写真撮りたい!けど写真なんか撮ったら荒北くん起きちゃいそうだし怒られそうだし…今日は金城くんと街宮くんの3人で次のレースの下見に行くんだと言っていたからギリギリまで寝かせてあげないと可哀想だ。車で行くだろうし、居眠り運転をされては困る。時間までゆっくり寝かせてあげよう。せっかく繋がった手をこちらから離すのは名残惜しいけど、心を鬼にしてそっと抜け出して代わりに荒北くんのすぐそばに大きなぬいぐるみを置いてみれば渋々と言った様子で荒北くんはぬいぐるみを抱きしめて眠り続けている。あまりにも可愛い。好きすぎる。尊い。何だか朝から刺激が強すぎるせいか体が熱い気がするし頭もくらくらする。荒北くん恐るべし。全部荒北くんがかっこいいせいだし、私のことをこんなにしてどう責任を取るつもり!?ってこれは重すぎるからやめておこう。
ふぅっと一息ついてからベッドから立ち上がると、ふらりと視界が揺れる。倒れそうになる体をなんとか踏ん張って持ち堪えた。


「…?ケホッ」


もしかして、さっきから頭がくらくらするのは荒北くんのせいじゃない?
意識すれば、他にもいろんなことが気になってくる。頭はくらくらというよりはズキズキ痛んでくるし喉も痛いし、何よりだるくて体が重い。時計を見れば、今の時間は朝の7時。荒北くんが家を出て行くのは確か9時頃と言っていた気がする。あと2時間耐えればOKだ。荒北くんが出かけるまで、いつも通りでいよう。優しい荒北くんに心配をかけたくないし、せっかくの予定を邪魔したくもない。立ち上がれたってことは、そこまでひどい風邪でもないだろうし寝ていれば治るだろう。


「…朝ごはん、何にしよう」


ふらふらと壁に手をつきながらキッチンへと移動して冷蔵庫の中身を確認する。昨日の残り物の肉じゃががあるからそれをレンジでチンして、卵があるから卵焼きも作ろうかな。ご飯はまだお釜にあったはずだし、それだけ用意すれば十分だ。
卵焼きを作るためにしゃがみ込んでコンロ下の棚からフライパンを取り出そうとすれば、急にしゃがんだせいなのか頭がくらりと揺れて視界が真っ白になる。あ、これはヤバいかもしれない。
ふぅーっと長く息を吐いて、その場で蹲るようにして座り込む。目を閉じてドキドキする心臓を押さえるようにして息をするけれど、苦しい。気持ち悪い。少しずつ、息の仕方を忘れていって、短い呼吸になっていく。あれ、どうしたらいいんだっけ。目の前は白いし、耳も少しずつ聞こえなくなっていく。苦しい、誰か、助けて。


「江戸川!」


どこか遠くの方で何か音が聞こえる。バタバタうるさい足音。どんどん近づいてくると、私の背中が少しだけあたたかくなる。視界は相変わらず真っ白で何も見えないし、苦しいけれど少しだけ安心感。だけどもっと安心したくて、さっきの荒北くんのように右手をふよふよと彷徨わせているとぎゅっと、指と指を絡めるように繋ぎ止められた。私は、この大きな手を知っている。さっきまで触れていた、優しくて温かい手。


「っ、はぁ…」
「ここにいるから。ゆっくり息しろ」
「…あ、らきたく…」
「ウン。いるから。ちゃんと息を吸って吐け」


言われた通り、ゆっくりと息を吸って、吐き出す。そうすると少しずつ真っ白だった視界が元に戻っていって、音も聞こえるようになってきた。いまだに頭の奥はズキズキと痛むけれど、さっきよりはだいぶマシだ。


「見えるゥ?」
「…カッコいい荒北くん…」
「お前、正常か正常じゃないか見分けつきづらいネ」
「…ディスられてる?」
「バレたか」


ハッと笑った荒北くんは、繋いだ手とは反対の手で私のおでこにそっと触れると思いっきり顔を顰めた。


「アチィ」
「…気のせいです」
「ンなわけあるかバァカ!つーかオメェそのリアクションってことは…自分でも分かってたな?」


名探偵か?なんでバレた。いや、でも違うんだって。薄々気づいてはいたけどもこんな倒れるまでとは思わなかったしなんなら荒北くんのせいだと思ってたところもあったし!ちゃんとハッキリ認識したのはついさっきなわけで!だからそんなに睨みつけないでほしい。今にも噛みつかれそうなくらいに歯を剥き出しにして目を釣り上げた荒北くんは荒北くんに盲目的に惚れている私でも流石に怖いものがある。しかも今のこの距離。お世辞にも広いとは言えないキッチンでしゃがみ込んで私を包み込むように寄り添ってくれている荒北くん。ほぼゼロ距離で、私の視界には荒北くんの顔しか映っていない。


「具合悪いンなら無理しねーで寝てろ!」
「で、でも朝ごはんが…」
「そんなもん自分でどーにでもすっから!お前は布団に戻れ。今日は大人しく寝てろ!」


そう言って荒北くんが繋いでいた手を引っ張るようにして立ち上がる。けれど私は立ち上がることができずにその場に蹲ったまま。立たなきゃいけないことは分かってるけど、一度自分の体調不良を自覚してしまうとダメだ。さっきまで普通に歩けていたくせに、立ち上がるのすらだるいし億劫。荒北くんのことを困らせたいわけじゃないし、何なら心配もかけたくないのに体に力が入らない。


「ごめん、落ち着いたら立つから先に戻ってていいよ」
「…江戸川」
「なぁに?」
「ん」


私の目の前にもう一度しゃがみ込んだ荒北くんが、両手をバッと大きく広げている。


「…え?」
「ごぉー、よーん、さぁーん」
「え、あ、荒北くん!?」
「にぃー、いーち」


反射のように、ゼロになる直前で腕の中に飛び込んでいく。するとそのまま一度ぎゅっと力を込めて抱き締められたかと思いきや、まるで子供のようにひょいっと抱き抱えられて体が宙に浮いてしまい、思わず荒北くんの首に腕を回して抱き着いた。それを確認してからバランスを取り直すために私を抱き抱え直した荒北くんは、そのままスタスタとキッチンからベッドへと足を進めて行く。ベッドの前まで来ると掛け布団を片足でひょいっと退かして、なるべき体が揺れないよう優しくゆっくりと私をベッドの上に下ろしてくれた。つまり、私はまんまとベッドに逆戻りさせられてしまったのである。


「ぐっ…ず、ずるい」
「俺はお前がチョロすぎて不安になるわ」


掛け布団をまでかけられてしまえば、もう抵抗することなんてできやしない。だって、さっきのはずるい。あんな荒北くんはとってもレアだし、飛び込みたくなっちゃうでしょ。あんまり人と比べるのは良くないかもしれないけれど、金城くんや新開くんよりも細い身体のくせしてすっぽりと私を抱き締めてしまうところとか、簡単に抱き上げてしまうところとか。全部ずるいしカッコいい。私は荒北くんがかっこよすぎて不安になるよ。これ以上私のこと好きにさせてどうしたいの本当に。やっぱり責任取ってもらうしかない。だって多分、こんなに人を好きになることってこれから先絶対にないと思う。私の全部あげたいくらい、荒北くんのことが大好き。そんなの考えてたら涙が出そうになってくる。これはきっと風邪のせいだろうか。布団に入るとどうしても風邪ってことを思い知ってしまって同時に体も心もだるくなる。そうするとどうしてか、寂しいとか苦しいとか、普段なら我慢できるはずの感情が爆発してしまいそうになる。体も心も弱ってるなんて、いい歳して子どもみたいで恥ずかしい。だけど一度子どもに戻ってしまったらなかなか元には戻れない。


「あ、あらきたくん」
「おー」
「すき…だいすき…」
「おーおー。だいぶ弱ってんネ。大丈夫?」


大きな手が私の前髪を払ってそっとおでこに触れる。その手を両手で捕まえて、ほっぺたに押し当てるようにするとひんやり冷たくて気持ちいい。
好きだなぁ。荒北くんの手も大好き。優しくて大きな手。私と違ってゴツゴツしてる。親指なんて、私の倍くらい大きくて頼りになる手。


「大好きあらきたくん。ずっといっしょにいて。さみしい」
「…寂しい?」
「うん、さみしい」
「そんなに俺のこと好き?」
「うん、ずっとずっと、あらきたくんのことが好き」


当たり前のこと聞かないで。そんな思いを込めて見上げてみれば、優しい顔をした荒北くんと目が合った。でもダメだ。頭の中がガンガンしてうるさい。もう寝てしまおう。そう思って目を閉じる瞬間に、唇に感じた柔らかくて熱いもの。


「俺も江戸川が好きだから、安心して寝ろ」


甘ったるくて蕩けてしまいそうな声は、私だけが知ってる特別なもの。新開くんも福富くんも東堂くんも、金城くんも街宮くんも知らない私だけの荒北くん。
嬉しいなぁ。ずっと一緒にいたい。寝ても覚めても荒北くんが私の頭の中を埋め尽くしている。幸せ。


「おやすみ江戸川」



*****



パチリと目を開ける。さっきまでぼんやりしていた頭だけど、今は随分とすっきりしている。
上半身だけ起こして辺りを見渡すと、ベッドの下には綺麗に畳まれた洗濯物が置いてある。それから何だかいい匂いまでしてきて、くぅっとお腹から情けない音が鳴った。そういえば、朝から何も食べていないから少しお腹が空いたなぁ。でも朝からずっと寝てただけなのにお腹が空いてるなんて贅沢だ。少し調子が良くなってきたんだろうか。眠る前はだるくて仕方なくて余裕なんかなかったけど、今は辺りを見渡す余裕もでてきているらしい。窓の隙間から部屋に入ってくる光は白い光からオレンジ色に変わっている。綺麗だなぁ、オレンジ。まるで夕陽の色みたい。え?夕陽?


「ア?起きたァ?」


訳が分からないまま呆然としていれば、キッチンからひょっこり顔を出した荒北くんがこっちを見つめてくる。慌てて時計へと目をやれば、3時25分。え?どういうこと?


「…え?」
「ダイジョーブ?腹減ってる?」
「えっと…お腹は空いてる」
「ちょうどお粥できたけど、食える?」
「え!?荒北くんが作ったの!?」
「この状況で俺以外が作るわけねーだろバァカ」


ハッと笑った荒北くんが鍋を持ってこちらにやってくる。鍋敷の上に鍋を置いて、レンゲとお茶碗までちゃっかり用意しているけど…何でここにいるの?というかなんでお粥とか作ってるの?寝てた私が言うのもなんだけど…あれ!?


「荒北くん!」
「オイ病人のくせにデケェ声出すな」
「下見は!?」
「ア?アー別に。金城と街宮に任せとけば良いだろ」


お粥にふーふーと息を吹きかけながらなんてことない風に言ってのける荒北くんだけど、私はそれどころではない。
最低だ私。荒北くんの邪魔だけはしたくなかったし重荷にもなりたくなかったのに。風邪引くなんて馬鹿だ。いや、風邪は別に引いてもいいかもしれないけどもう子どもじゃないんだから1人で大丈夫だって言えばよかったのに。
ぐちぐちそんなこと考えてたら、涙が出そうになってきた。もしかして、まだやっぱり子どものままなのかもしれない私。風邪のせいだきっと。今日はなんだか心が弱っちい。


「江戸川!あーん!」
「ひ!?あ、あーん!」


大きな声で名前を呼ばれ、勢いのままに従って口を大きく開ければレンゲが口に突っ込まれた。


「おいひい…」
「ちょっと焦げたけどネ」
「…今日、ごめんね荒北くん。邪魔しちゃって」
「…あのナァ」


もぐもぐ口を動かしながら下を向いていれば、両手で頬っぺたをぎゅっとつままれる。力いっぱい左右に引っ張られるものだから、痛くて痛くて仕方ない。しかも絶対不細工な顔になっているよね今の私!嫌だ!こんなに近くで荒北くんに不細工な顔を見られたくない!


「ハッ!おもしれー顔!」
「ひゃ、ひゃめへひょお」


びょんびょん私の頬っぺたを引っ張る荒北くんは楽しそうに笑っていてやめる気配はなさそうだ。何が楽しいのか全く分かんないけど、笑ってる顔もカッコいいから私にはどうにもできない。荒北くんの笑った顔はいつ見てもかっこいい。
頬っぺたを引っ張られる痛さ。荒北くんのかっこよさ。私のせいで荒北くんの予定をダメしててしまった申し訳なさ。畳まれた洗濯物が私が畳むときより綺麗なこと。あたたかくて美味しいお粥。それから私を優先させてくれた嬉しさ。
色んな感情が入り混じって胸の中がごちゃごちゃする。やっぱり心が弱ってるのかな。風邪って心細くなるって言うけど、どうして涙が出ちゃうんだろう。ぼろりと溢れた涙を、さっきまで頬っぺたを引っ張っていた荒北くんの指が一粒ずつすくっていく。


「泣くなよ」
「…うー…」
「どーせつまんねーこと考えてんだろ」
「つ、つまんなくない…」
「バーカ。つまんねーんだヨ」


ベッドに肘を置いて私と目を合わせる荒北くん。


「具合悪い彼女を放ったらかして出かけるほど俺も白状じゃねーし。つか普通に心配すんだろ。お前、意外と意地っ張りだもんネ」
「でも…」
「江戸川はァ、俺が下見しねーと走れねぇようなザコだと思ってんのォ?」
「そんなことない!荒北くんは、カッコいいし、速いし強いし…」


自転車に乗ってる荒北くんが好きだ。いつでも全力で剥き出しで走る荒北くんはかっこいい。誰よりもかっこいい。そんな荒北くんが大好き。


「カノジョが風邪で寂しがってるの置いて行くほど白状じゃネーヨ俺」
「…彼女」
「そこ抜粋すんな。つーかもう慣れろ」
「えへ」


彼女。全人類の皆さん聞きましたか?私が荒北くんの彼女。荒北くんにとっても大事にされてる彼女です、私。
ニヤニヤする顔を隠すようにして顔に手を添えてへらりと笑えば、つられるようにして荒北くんも笑う。ちょっとだけ呆れたように眉を顰めて口をへの字に曲げているけど、その顔も大好き。幸せだなぁ。ずっとずっと幸せだ。


「荒北くん…」
「何ィ?」
「私幸せすぎるので…ほんとにもう責任取って…」
「もう少し待ってネ」


つい口から出た私の妄言。ヤバいって思ったけど、それよりもずっとヤバい答えが返ってきた。なんてことない顔と声で普通に返事をしてきた荒北くん。


「…え!?」
「いーから残りも早く食え」
「グェ!?」


口の中にレンゲを突っ込まれてしまって変な声が出てしまったけど、その時見えてしまった荒北くんの真っ赤な耳。
もしかして私って荒北くんにとっても愛されてるのかもしれない。もちろんそれよりもずっとずーっと、私の方が荒北くんのこと愛してるけどね!


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