後悔なんてしない

「青山」


懐かしい声に呼ばれて振り返れば、懐かしい姿をした靖友が立っていた。ズボンのポケットに手を突っ込んで突っ立って、ジトリとした目で私を見下ろしてくる。

マネージャーだからといって、部員とよく絡んでいるかといえばそうでもない。靖友や新開くんのようなレギュラー陣はこちらが世話を焼かなくても自分のことは自分できっちり管理できる人たちだ。部活中の連絡事項のやりとりや飲み物の受け渡しくらいしか基本的に絡みはないし、どちらかから積極的に会話をしに行くこともない。
よく東堂くんのファンから羨ましいとか言われることもあるけれど、私からしたらあなた達の方がよっぽど羨ましかったりする。まぁマネージャーならではのやり甲斐やうまみもあったりするからどっちもどっちなんだけど。
東堂くんや新開くんは誰とでも分け隔てなく仲良くできるタイプなのでマネージャーとか関係なく話しかけてくれるから、廊下ですれ違ったり部活以外の場所でも会話をすることはよくある。だけど、福富くんや靖友は部活以外の場所で女子と絡むことはほとんどない。マネージャーである私を含めて。

つまり、こうして休み時間の廊下で部員である靖友がマネージャーの私に話しかけてくるのはとっても珍しいことだということだ。
少なくとも、私の記憶の中にいる高校時代の靖友はそうだった。付き合う前は、正直そこまで仲良くもなかった気がする。話した事だってそんなに多くはなかった。


「…荒北くん?」


そういえばこっちの靖友と話すのは、これが初めてだ。
私、靖友のことなんて呼んでたっけ?多分、荒北くんであってるはず。
靖友と下の名前で呼ぶようになったのは、付き合ってからだ。しばらく荒北くんと呼んでいたけど、靖友の方から名前で呼んでほしいと言われたのには驚いたっけ。
そのとき、荒北くんって意外と可愛らしいところもあるんだなって、少しだけ荒北くんに近づけた気がして嬉しかったのを覚えている。キツイ目つきをしているくせに、案外優しい顔も出来るんだってこともそのとき初めて知った。
そうやって少しずつ、靖友への好きを募らせていっていつの日か私は靖友のことが大好きになっていった。

だから私の中の靖友はいつだって優しい目をしているのに、今目の前にいる荒北くんはキツイ目つきでギロリと私を睨んでいるようにも見える。


「あんまこんなこと言いたくないケドさァ」
「うん?」
「…揉めんなヨ」
「…は?」
「オメーらが誰のこと好きだろーがどーでもイイけどォ、こっちに迷惑かけんな」


私の中の靖友とは正反対に、冷たい目をして見下ろしてくる荒北くんに何も言えなくなってしまう。

この人は何を言ってるんだろう。
あ、もしかして昨日の私と梅子のやりとりを知っているんだろうか。

昨日、梅子とあんなやりとりをした後の部活は正直さんざんだった。私と梅子はほとんど会話をせずに、それぞれ違う持ち場を持って、いつもだったら2人くだらないお喋りをしながら帰るけれど、帰りもバラバラに帰った。
別に、喧嘩ってわけでもない。ただ私は梅子に合わせる顔がないし、梅子も梅子で私になんて言ったら良いのか分からないだけなんだろうとは思う。
これは私と梅子の問題であって、昨日だって部活では誰にも迷惑はかけていないはずだ。私たちは自分のやるべき仕事はきっちり対応していたし、荒北くんにそんなこと言われる意味が分からない。


「荒北くんには関係ないよね?」
「…ア?」
「何知ってるのか知らないけど、バカにしないでよ。やることちゃんとやってるし、荒北くんは関係ないから」


それだけ言って、くるりと踵を返して荒北くんに背を向ける。

グツグツとお腹の中が煮えたぎるような感覚。自然と眉間に皺も寄るし、思いっきり食いしばったせいで歯がギリッと音を鳴らしているのが分かる。私、今多分めちゃくちゃムカついてるんだ、荒北くんに。
なにそれ。どう言う意味?私と梅子が新開くんにうつつを抜かしてあんたらに迷惑かけてるってこと?迷惑なんかかけてないでしょ別に。それに、新開くんに言われるなら分かるけど、アンタだけには絶対に関係ない。
どうして荒北くんにこんなこと言われなくちゃならないの。どうして、荒北くんが私のことをそんな目で見てくるの。なんで私なの。梅子だって同じじゃん。どうして私が荒北くんに責められなくちゃいけないの。アンタ、私のこと好きなんじゃないの?今の荒北くんは私のことなんか好きじゃないってこと?好きだったら、こんなこと言わないでしょ普通。

私が昨日どんな思いで、新開くんのことを好きになりたいと泣いたと思ってんの。


「オイ、青山」


上履きをダンダン鳴らしながら歩く私の後ろを、荒北くんが着いてきているのは分かっているけど振り返りたくなんかない。もう話したくもない。


「青山!」


でも、靖友はいつだって真っ直ぐだ。逃げる事をよしとしない。喧嘩をしても、私が逃げ出すと絶対に追いかけてくるし納得いくまで話をしようと向き合ってくれる。

右腕をがっしりと掴まれて、仕方なく足を止めた。いつだってそうだ。靖友はどんな時もぶつかってくる。私が本音で話すまで、靖友も嘘はつかずに本音でぶつかってきてくれる。

だから余計悲しかった。
何度も何度も喧嘩して、目を見て話し合って仲直りをしてきたのに、最後の最後に靖友の口から出てきたアレはきっと本音だったんだと思う。
きっとずっと心の奥底に溜まっていた、私に対しての疑い。


「なに?」
「言いたいことがあんなら言えヨ。勝手にキレんな」
「言いたいことなんてないけど」
「あんだけドスドス音立てて歩いてる奴が怒ってねぇってか?」
「…怒るに決まってるでしょ!」


怒ってるか怒ってないか。そんなの決まってる。
私はあの時からずっと怒ってる。私のことを疑った靖友にも、最後の最後に嘘をついて靖友のことを裏切った自分にも。

だけど、あの言葉は嘘だけど嘘じゃない。嘘じゃなくさせる。靖友にとっても私にとっても、靖友じゃなくて、新開くんがよかったんだって。そうさせる、絶対に。


「引退するまで、絶対誰にも迷惑かけないから」
「…アッソ」
「新開くんにも迷惑かけない。梅子とのこともどうにかする」


そう伝えれば、荒北くんの目元がピクリと揺れる。


「ちゃんと全部精算して、綺麗にしたら言うから」
「聞いてネェヨ」
「そしたら、新開くんに伝える」
「…なんて?」
「あ、らきたくんには関係ない」
「関係あんだヨ」


力を込めて掴まれた右腕が痛い。俯いた私の目に映るのは薄汚れた自分の上履き。
振り返って、荒北くんの顔を見ることなんてできそうにない。油断すればまた私の目からは涙が零れ落ちてしまいそうになる。それじゃ昨日と同じだ。なんにも進まない。ちゃんと進まなくちゃ。決めたんだから。


「私が、新開くんを好きってこと」
「…」
「かっこいいし、優しいし。ゆっくり穏やかに話してくれるし、一緒にいて落ち着くの」
「…そーかよ」


掴まれていた腕が離された。少しだけズキズキ痛む。
どんだけ強く握ってんのよ。女の子なんですけど私も、一応。もっと優しくしてよ。新開くんだったらきっともっと優しく私に触れてくれる。あの人はそういうのがきっとうまい人だ。女の子にはとびきり優しくて甘ったるい。そんな優しさに包まれたら、きっと幸せだろうな。あたたかくて穏やかで、平穏な日々を過ごせるんだろう。それがきっと幸せ。多分私、靖友といた時よりもずっとずっと、新開くんと幸せになれるよ。


「私、新開くんのことが好き」


昨日どうしても言えなかった言葉は、案外すんなりと自分の口からこぼれ落ちてきた。
未だに膨れ上がって落ち着かない怒りをそのまま言葉にしただけな気もするけれど、後悔はしていない。これでいい。


ギュッと拳を握りしめて、振り返らずに走った。

後ろで荒北くんがどんな顔をして私を見つめていたのかを、私は知らない。









[ 4/5 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -