好きだよ、ってたった4文字


結局あの後、最寄りの駅の近くにあるコンビニまで新開くんが送ってくれて2人でアイスを食べて私は普通に家に帰った。家に帰ってからも特に何も起きず、今よりも少し若いお母さんとお父さんに懐かしさを感じながらご飯を食べた。自分が用意しなくても美味しいご飯が出てきて、温かいお風呂に入って、お日様の匂いがする布団がある。なんて幸せなことなんだろう。ここのところ忙しくて良く眠れなかったからぐっすり眠ってしまいたい誘惑をなんとか跳ね除けて、布団に潜って今後のことを考えてみる。

私が靖友と付き合うことになったのは高校の卒業式の日だ。今はまだ夏。付き合うまでにはまだまだ時間がある。
この間に、私は靖友とのフラグをことごとく折っていけばいい。それだけの話だ。私は今のまま、新開くんのことを好きでいればいい。余所見せずに、新開くんのことだけを見て、新開くんに選んでもらえるように立ち回りすればいい。今日の感じからしても多分私たちは今いい感じの雰囲気のはずだ。
そう、そもそもこの時、高校時代の私は新開くんのことが好きだったし、新開くんは私の気持ちに気づいているかいないのかは分からないけれど、嫌われていることはなかったはず。もし嫌っていたら、そんな女をお姫様抱っこで保健室まで運んだりしないだろう。

靖友と付き合った日のことはしっかり覚えている。卒業式の日、私のことを好きだと言ってくれた康友をのこと。真っ赤な顔して、だけど真っ直ぐに私の目を見て気持ちを伝えてくれたこと。
だけど、高校生の私は新開くんのことが好きだったはずなのに。

あの時、どうして私は靖友を選んだっけ。

付き合ったということだけは覚えているけど、そこに繋がる過程が全く思い出せない。
そりゃあ、今の私は靖友のことが好きだ。この人と一生を添い遂げたいと思えるくらいに、靖友のことを愛している。唐揚げを作った時の子供みたいな笑顔や、意外と優しいところ。わがままを言っても大抵のことは許してくれるし、仕事で夜遅くなった時には駅まで迎えにきてくれるところ。夜は私が寝るまで絶対に待っててくれるところ。優しく頭を撫でてくれるところ。好きなところを挙げていったらキリがないくらい。

だけど、それらは全部付き合ってから知った靖友な気がする。
高校生の私は靖友の何が好きだったんだろう。靖友と何を話して、どんな思いで、彼と付き合うことを選んだんだっけ。


「…まぁ、いいか。もう関係ないし」


目を閉じて、布団の中に潜り込む。考え出したら、思い出したら泣いてしまいそうだからやめた。

どんなにお互い想い合っていても、疑うようになってしまったら終わりだ。私はこんなに好きなのに、靖友は私のことを信じてはくれなかった。
笑ってる靖友が好きだ。いつだって真っ直ぐで、純粋で、優しい靖友。だからずっと笑っていて欲しい。疑ったり、恨んだり、妬んだり。そんな濁った感情は靖友には似合わない。私といると、靖友はどうしてかそんな負の感情に飲み込まれてしまうんだろう。そんな気持ちのまま、好きだと言われても私がつらい。苦しくて、靖友の隣にいるのが悲しくなってしまう。

付き合った日。卒業式の日までに私は新開くんを選べばいい。靖友のことは気にせずに、新開くんのことを好きな私のままでいい。



▼▽▼



「新開くんがいい」


目の前で、同じくマネージャーをしている梅子がびっくりした顔をしている。
そりゃそうだろう。私は今まで梅子の恋を応援をしていたし、自分の気持ちを隠してきた。こうして駄々をこねるようなことはなかったから、驚くのも無理はない。

そうだ、思い出した。
私が新開くんと付き合うことをしなかったのは3年間一緒に部活を頑張ってきた梅子が新開くんのことを好きだと知っていたから。いつだったか、梅子から実は新開くんのことが好きだと打ち明けられて、私は咄嗟に自分の気持ちを隠してしまった。そこで「私も新開くんのことが好き」と告白する勇気なんてなかった。
恋は早い者勝ちだなんて言うけれど本当にその通り。梅子が私の気持ちを知っていたから知らなかったのかは分からないけど、大好きな友達に先に言われてしまえば私はそれを受け入れるしかない。
私は新開くんへの恋心よりも、梅子と友達でいたかった。

インターハイに向けて、3年生の選手たちみんなへお守りを作るのが毎年マネージャーの使命でもあり楽しみでもある。手作りのお守りなんてどれだけ効力があるかはわからないけど、私たちが選手のために出来ることは支えて祈ることだけ。気休めでもいいから、何か手を動かさないと気が収まらないというのを3年生になって初めて知った。
3年のマネージャーは私と梅子だけ。2人で全員分のお守りを作るためのまずはどっちが誰の分を作るのかを決めなければならない。
昼休みに2人でマネージャー用の部室でお弁当を食べながらどうしようかと話し合いを進めている中、私は勇気を振り絞って、昔言いたくても言えなくて飲み込んだ言葉を口にした。


「…唯?」
「ごめん梅子」
「え、どうして?だって、知ってるよね?私が新開くんのこと好きって」
「うん。知ってる。ずっと言えなくてごめん」


怒られても仕方ない。これで私も梅子の友情にヒビが入ってしまうことだってあると分かっている。梅子のことは好きだ。高校時代から、大人になってもずっと仲のいい友達だしなんでも話せる親友。1年生のときからずっと2人で頑張ってきた戦友でもある。
睨まれて罵られてもいい。むしろその方が私の心は楽になる気がする。それでもいいけど、今度の私はここで新開くんを譲ることはできない。


「新開くんの分のお守り、私が作りたい」
「…」
「ごめんね。私も、ずっと…」


そこまで言っておいて、喉が張り付いたように続きを言葉にできなくなる。
目の前の梅子は大きな瞳を潤ませながらも、黙って私の話の続きを待ってくれている。だから言わなくちゃ、早く。

たった一言でいい。「私も新開くんのことが好き」って、言わなきゃいけないのに。声が出ない。苦しい。


記憶の中で、私が作ったレギュラー陣のお守りは3つ。ひとつは福富くんの分。もうひとつは泉田くんの分。そして最後のひとつは、靖友の分。
フェルトで作った手縫いのお守り。箱根学園のサイジャの背中に縫い付けた2の数字。ありきたりなお守りだったけど、靖友はそれを卒業するまでずっとカバンにつけていた。そして卒業してからも、ボロボロになったそれを大切そうに保管しているのを知ったのは引っ越しをした時のこと。お菓子の空き缶の中にひっそりとしまわれたそれを見て、胸がギュンっと苦しくなったことを覚えている。


「ねぇ、これ…」
「バッ、勝手に見てんじゃネェ!」
「うわー懐かしい。靖友、意外と物持ち良いんだね」
「…オレはオメェと違って一途だかネ」
「はぁ?」


ジッと靖友の真っ黒な瞳が私を見つめてくる。
訳が分からなくて首を傾げれば、「何でもねぇわ」なんて誤魔化された。その後もしつこくどう言う意味なのかを聞いてみたけど思いっきり頭を叩かれて、私が反撃したらそのままソファに2人してなだれ込んで…ケタケタ笑い合ってこの話は終わってしまったんだ。


きっとここで、私が梅子に「新開くんのことが好き」と伝えれば何かが変わる。伝えなくちゃいけない。そうして私が靖友の分のお守りを作らなければ、少しだけ未来は変わるだろう。
優しい靖友ならきっと梅子のお守りでも同じように大切にするに違いない。そしてもしかしたら、そのまま梅子のことを好きになるかもしれない。

いつか2人で笑い合いながら、ソファになだれ込んでキスをするのも私じゃなくなる。
角ばった大きな掌で、私じゃない誰かの頭を撫でて、2人寄り添って眠るんだろう。


「…っ、う…」


高校時代の私が閉じ込めていた大きな気持ちを、口に出して伝えればいいだけなのに。
どうして。


「ちょ、ちょっと、唯?」
「っ、ごめん…ごめんね梅子」
「泣かないでよ!泣きたいのはこっちだよ!?」
「…うん、そう、そうだよね、ごめん」


ボロボロと溢れる涙を止められなくて、まるで子供みたいに謝罪を繰り返しながら泣く私。


「ごめんなさい」
「唯…」
「でも、やっぱり私、新開くんのお守りが作りたい」


泣きながら、そう伝えるのが精一杯の狡い私を優しい梅子はギュッと抱き締めてくれた。

ごめん、ごめんね。何も言えなくてごめん。嘘をつけなくてごめん。
梅子はちゃんと真っ直ぐに、キラキラ眩しいくらいに純粋に新開くんのことが好きだと知っている。私だって同じだった。本当に。あの時の私だったら梅子と同じくらい新開くんのことが好きで、素直にそう言えたはずなのに。


卒業式までに、こんな気持ち忘れてしまえばいい。まだ時間はある。
少しずつ、忘れていく。今の私にあるはずのない思い出も、靖友への気持ちも。

これから過ごしていく中でまた、新開くんのことを好きになっていけばいい。




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