お風呂から出ると真波は私のベットに横になっていた。私をチラリと見るとベットから起き上がってパタパタとさっきまで私がいた洗面所の方へと消えて行く。
何か必要なものでもあったのかな?なんて思いながらも私は首にかけたタオルで自分の髪の毛をぽんぽんと撫でるように拭き取る。ベットに寄りかかるようにして床に座れば、真波が手にドライヤーを持ってやってきた。そのまま私の後ろのベットに腰掛けて、私を足の間に挟むようにする。


「オレが乾かしてあげる」
「…できるの?」
「できますよー」


カチリとスイッチが入るとほとんどドライヤーの音しか聞こえなくなる。あとは真波がさらりと優しく私の髪の毛を撫でる。
高校時代は逆だったのになぁ。部活終わりにシャワーを浴びたのに髪の毛を乾かさない真波を私が注意して、ふわふわの髪を撫でながらドライヤーをするのが好きで、それは私が真波に身体全部を預けてくれるのが心地よかったから。そんな私たちを見て「ペットかよ」と荒北が言って、微笑ましそうに東堂が見守ってくれていた。

あの頃に戻りたくても戻れるわけない。このままじゃいけないことも、分かってる。

私たちは進むしかないんだよ。


「真波、私明日お休みなんだ」
「え、そうなの?」
「うん。だからさ、一緒に出かけようか」
「…オレと?」
「真波と」
「澪さんで?」
「そう。2人で」
「…いいね。すっごく楽しそう」


ドライヤーのスイッチを切った真波が、後ろからぎゅうっと抱きついてくる。背中が熱い。目の前で組まれた大きな手に、おそるおそる自分の手を添えればぎゅうっと優しく指と指を絡めるようにして繋がれた。
ウチに来てから、真波とこうして触れたことはない。私はベットで眠って真波はお客さん用にクローゼットの奥から引っ張り出した布団の上で寝ていた。私は真波に背を向けて寝ていたから、真波がどんな顔して寝ていたのかは知らない。私たちは同じ空間にいて、当たり障りのない会話をしていたけど触れ合うことはなかった。
もちろん、真波と変なお友達になる気なんてないからそれが正しいのかもしれないけど。

今ようやく真波に触れて、真波の手が昔よりも冷たいことを知った。

身体を前に倒した真波が私の肩に顔を乗っけてくるから、耳元に触れる息とサラサラの髪の毛がくすぐったくて、心臓がドキドキとうるさくなる。


「…澪さん、」


小さくて震える声で、真波が私の名前を呼ぶ。


「なぁに真波」
「…好きだなぁ、オレ。澪さんのそれ」
「…それ?」
「優しいところ。ゆっくり、優しくオレの名前呼んでくれるところ」


そう言って、ぎゅっと後ろから抱き寄せられる。懐かしい真波の匂いに包まれて、目頭がツンと熱くなるのをグッと堪えた。振り返ろうと腕の中で身体をよじると、意外にも真波はそれを受け入れるようにしてすっと腕の力を抜く。
顔、見せてもらえないかと思ったのに。


「私、結局ずーっと真波だったね」
「ん?あぁ…名前のこと?」
「うん。いつか呼びたいなって思ってたんだよ」
「へぇ、そうなんだ」
「知らなかったでしょ?」
「うん、知らなかった」


ぐっと顔を近づけてくる真波から逃げずにいれば、鼻と鼻が触れ合うような距離になる。相変わらず長いまつ毛と、宇宙を詰め込んだんじゃないかってくらいにキラキラで澄んだ大きな瞳。
昔は、委員長ちゃんが羨ましかったなぁ。私も真波のことを山岳って呼んでみたいってずっと思ってた。応援するときも、彼女の声はよく通っていてみんなが真波と呼ぶ中で山岳って言葉だけが私の耳によく届いていたから、きっと真波も同じだろうなって思って、私もそう呼びたかったけど子供だったから彼女と同じになるのも嫌でムキになって真波と呼び続けたんだ。


「澪さん」


ぺたりと真波の冷たい手が私の頬っぺたに添えられる。そのまま目を閉じれば、引き寄せられるように重なる唇。
少しだけ目を開ければ、真波と真っ直ぐに目があった。2人してそのまままた目を閉じて、もう一度キスをする。


「…まなみ、」
「澪さん…名前、呼んでよ」


何を考えているのか分からない。荒北がよく真波を不思議ちゃんと言っていたけど、それとはまた違う。
もう真波は笑っていなかった。さっきまで溢れそうなくらい大きかった瞳がスッと細められていて、眉を顰めて泣きそうな顔。

何か声をかけたくて、口を開けば、そのまままた真波にふさがれて、ぬるりと熱い舌が入ってきた。歯列をなぞるように、ゆっくりと動くそれが心地よくて、身体の力が抜けていく中でなんとか真波の首元に腕を伸ばして抱きついた。


こんなの正しくないことだって知ってる。分かってる。このまま進んだら戻れなくなってしまうってことも、私のためにも真波のためにもよくないことだって分かってるのに。
私はされるがままになって、するすると肌を優しく這う真波の手を受け入れる。


「…んっ、まな、み」
「っ…澪さん、」


あんなに憧れていた名前を呼ばないのは、私の少しの意地。
こんなのはもう終わりにしたい。気持ち良いのに、だけど胸の中はズキズキと痛い。苦しい。


私、やっぱりあんたのことが好きだよ。ずるいくらいに、ずっと、好きなまま。




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -