私が1番好きなのに! 荒北起きてるってよ


うんうんと唸りながらキーボードを叩いていく。ネット記事のコピペにならないように微妙に文言を変えながら作るレポートが将来役に立つのかどうかは分からないけれど卒業するためには役に立つはず。とりあえず今はこれをさっさと書き上げて終わらせなければならない。半ば半泣きになりながらノートパソコンに向かうのは、荒北くんのためであり私のためでもある。


「うっうっ…せ、せっかく荒北くんが来てくれてるのにぃ!」
「泣いてねェでサッサと終わらせろヨ」
「…明日にしようかな…」
「明日はパンケーキ食いに行くンじゃなかッたァ?」
「え!?いいの!?」
「ソレが終わればイイヨ」
「ありがとう!嬉しい!でも鬼!」
「そりゃ新開だろ」
「…私の家に鬼が出るって噂…」
「ヤメロ」


座椅子に座りながらノートパソコンに向かう私の背後にあるベットでゴロリと横になってスマホをいじっている荒北くん。私のベットに!荒北くんが!最初の頃は恥ずかしがってベットに座ってもくれなかったのに、今では我が物顔で寝転んでいるのもカッコいい。
せっかく荒北くんが貴重な部活のオフを利用して静岡から私の家まで来てくれてるというのに、どうして私はこんなレポートに向き合わなくちゃいけないの?誰?こんなレポートためてた人。私だよ!1週間前の私本当にバカ!徹夜してでも終わらせときなさいよ荒北くんと私のために!
本当はこんなレポート無視して荒北くんとお喋りしたりいちゃついたりしたいのだけれど、荒北くんは意外と厳しい。というか多分真面目なところがあるから、もし荒北くんが理由で私が単位を落としたらきっともう会いに来てくれることなんてなくなってしまうんじゃないかって思う。それはやめたい。会いに来てくれるのは嬉しい。嬉しいからこそ、この時間がもったいない。同じ空間にいるのに、触れ合えないしお喋りできないなんて…ひどい拷問だ。
ノートパソコンの画面の右下を見れば今は2065文字。3000字以上のレポートになればいいのであと少し。あと少しの辛抱だから集中して頑張れ私!終われば荒北くんとお喋りできるよ!それに明日は一緒にパンケーキ屋さんにも行ってくれるらしいし!ご褒美がすごい!あと1時間…いや…30分頑張れ私…。心を鬼にして、荒北くんのためにレポートに集中!そう決めてまた、ポチポチとキーボードを叩く。


「待ってて荒北くん!」
「ハイハイ」


返事が雑!ひどい!好き!



*****



「おわっ、たぁ…」


パソコンの右下に表示された3001の文字。条件は満たしてる。セーフセーフ。3000字は超えてるしオッケーでしょう。
グッと肩を伸ばしてストレッチをすればバキッという音が鳴ってしまった。ひどい…女の子なのに…今度お金が貯まったらマッサージにでも行ったほうがいいかもしれない。いやでもそんなお金があるなら静岡に行きたいしやめよう。ストレッチは自分でやれば何とかなる。
とにかくこれでようやく荒北くんと向き合ってお話ができる!どうしようかな、先にご飯を作ってあげようか。それとも外に食べに行くのもいいかもしれない。昨日は給料日だし、美味しいお肉を食べに行ったら荒北くんも喜ぶかなぁ。
なんてウキウキしながら振り返れば、そこにいたのはベットの上で丸まりながらすやすやと寝息を立てている荒北くん。


「…あ、荒北くん?」
「…」
「おーい…?」


おそるおそる人差し指で一度頬っぺたを突いてみたけれど反応はない。スッと閉じられた瞼と長い睫毛。呼吸に合わせて上下するお腹…かっわいい…!じゃなくて、これはつまり…寝ている。
寝てしまうほど退屈させてしまった自分をぶん殴りたいけれども、間近で見れる無防備な荒北くんの寝顔が貴重なので褒めてあげたい気もする。よくやった私!ボーナスタイムすぎる!

ベットに自分の顔を乗せて、荒北くんの寝顔をジッと見つめてみる。普段大きく開く口は閉じられていて、吊り上がっている眉毛も平行になっているのが貴重だ。幼く見える寝顔はずっと見つめていたいくらい。
みんな荒北くんのことを怖いとか言うけれど、怖くなんかない。優しくてあたたかくて、誰よりも真っ直ぐなところが好き。サラサラの黒髪も、白い肌も角ばった綺麗な指先も、頭の先から足の爪の先まで丸ごと全部荒北くんのことが大好き。高校生の時からずっと、きっとこれから先もずっとずっと荒北くんのことが好きなままなんだろうなって思う。荒北くんより素敵な人なんかこの世の中にいないって宣言できる。
こんなに人を好きになれることを初めて知った。たくさんの初めてを教えてくれた、私にとっての特別な人。


「…荒北くん、すき」


寝ている人に話しかけても返事がないことなんて知っているけれど、伝えたくなってしまったのだから仕方ない。
頬っぺたを突いていた指で、ふにゃりと柔らかい唇に触れる。何だかとっても恥ずかしいことをしている気になるけれど、こんなこと起きてたら絶対できないし。胸の中に溢れてしまった好きの気持ちを伝えるには、言葉だけじゃ足りなくて。


「だいすき」


目を閉じて、顔を寄せて寝ている荒北くんの唇にそっとキスをする。私の中にある大好きの気持ちがこれで全部伝わればいいのに。







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