PaleBlue 東堂と真波の昔の話


「東堂さんは何で速いんですか?」


それはとてもシンプルでいて難しい質問だった。だからこそ、こんなにも真っ直ぐに訪ねて来た者は今までいなかったように思う。

ボトルから口を離して振り返れば、草むらに寝そべったまま真波がこちらを見つめている。いつものようなヘラヘラした顔ではなく、時折見せる真剣な瞳が俺は嫌いではなかった。コイツは、どこか自分と似たようなモノがある。何と言われても分からないが、とにかく自分と似たようでいて、それでいてきっとこれから先も自転車を降りることはないだろうコイツを俺は気に入っていた。同じクライマーであることも含めて、他の者よりも目をかけていたのは事実だ。まぁ目をかけてみたところで自由気まま、人の話を聞くことなど滅多になく自分の好きなように行動する、そんな男なのだから俺からも何かを強制したりすることはない。ただこうしてたまに共に山を登り、あとはひたすら俺が俺の伝説を喋り倒して山を下る。ただそれだけ。しかし真波はそれを鬱陶しがることもなく、はたまた聞いているかも分からないが口を挟んでくることはないので俺はそんなところも気に入っていた。
さて、そんな真波が珍しく俺に興味を持ち、さらには質問まで投げかけてきたのだから、こちらも真剣に答えを考えてみる。
しかし、なぜ速いのか。そんなこと考えなくても決まっている。いつものようにビシッと人差し指で真波を指差しながら言うしかない。


「そんなの決まっているだろう!俺は山神だからだ!」
「あははは、思った通りの答えですね」


俺を見つめていた真波の目線が、スッとずれる。ぼうっと空を見上げるようにして寝そべる真波につられて、俺も立ったまま空を見上げてみた。青いキャンバスに広がる、大きな入道雲。まるで絵画のような空は山の上でしか見れない景色で俺は好きだ。地元である箱根の空はいつ見上げても美しい。


「…真波は速くなりたいのか」
「当たり前じゃないですか」
「なぜだ?」


この時、俺が真波に質問をしたのはただの気まぐれだ。答えなんて分かりきっていたから、なんとなく聞いてみただけ。
どうせ真波のことだから、俺と同じように「山が好きだから」とかそんな理由しか出てこないだろうと思っていた。そして、それでいいと思っていた。
俺たちは似ている。クライマーという生き物は、登るしか能がないのだから。そこに山があれば誰よりも速く登りたい。俺の山神という答えもそれに近いものがあるから、きっとコイツも同じだろうと、そう思っていたのに。


「名前さんが待っててくれるからです」


空を見上げていた視線を、思わず真波へと向ける。
ふわりと優しく、どこかを愛おしげに見つめる真波の顔。そよそよと吹く風に青い髪の毛が揺れる。


「名前さんが笑って俺のこと待っててくれるから、速く行かなきゃって思うんですよね」


そんな顔をして、お前は苗字のことを想うのか。

正直に言えば、きっと俺はこの時苗字のことが好きだった。優しく気の利くマネージャーであり、誰に対しても平等に接する姿勢だとか、忙しい部活の中でも笑顔を絶やさずに部員を支えてくれる健気な姿を見ていれば好きになるのは自然な流れとも言える。
好きだったから知っている。苗字もまた、俺が見たこともないような優しく愛おしげな目をして真波を見つめることを。
だから、真波の顔を見て俺はダメだと思ってしまったのだ。きっと俺のこの気持ちは報われることはない。
けれど不思議と心が痛むことはなかった。俺が苗字に本気じゃなかったとかそんなことではない。

ただ、真波と苗字なら仕方がないと思ってしまった。


「真波」
「はぁい?あ、そろそろおります?」


よっこいせ、と声を出して立ち上がった真波はもういつもの真波になっていた。ヘラヘラと笑って横に倒れていたLOOKをひょいっと起こしてからヘルメットをかぶる。


「離すなよ」
「…はい?」
「絶対に離すなよ。お前がお前でいるために」


真波が速く走れるのは苗字がいるからだ。そばにいるだけでいい。それだけでコイツは誰よりも速く走ろうと思えるのだろう。
フラフラしてもいい。迷ってもいい。悩んでもいい。だけどお前が1番速く走れるのは苗字がどんなお前のことも受け入れるからだ。優しく笑って、手を広げて真波のことを待っている。何をしても、苗字だけは笑ってこいつを許すのだろう。だからお前は、何も考えなくていい。他人など気にせず、思うがままに。


「自由に走れ、真波」


真波、
お前を自由にするのは、苗字だけだ。



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