PaleBlue 真波とその後の話


毎日毎日、同じことの繰り返し。

朝起きて電車に乗って、コンビニでコーヒーと朝ごはんを買って出社。あとはひたすらキーボードを叩いて、たまに上司の意味わからない仕事を請け負ったり後輩のやり残した仕事を終わらせていたらあっという間にやってくる定時。自分の分の仕事を定時後に回して、気がつけば2時間。20時過ぎに会社を出て、また電車に揺られて家に帰る。

真波と2人で箱根に行ったあの日からも、私の毎日は何も変わらない。
真波はウチから自転車とともにいなくなってしまったけれど、それでも猫のようにフラリとやってくる日がある。
もちろん、いなくなったというのは私たちの関係が終わったわけではなく真波は真波のいるべき家に帰っただけなので、練習やレースが落ち着いてオフになった日にやってくるだけなのだけれど。
真波が部屋にいると、少しだけ部屋の気温が上昇したかのように心があたたかくなる。少し前は、真波と2人の空間が苦しくて仕方なかったくせに、私も単純だよなぁなんて思いながらトントンと音を立ててまな板の上の玉ねぎを刻む。微塵切りにした玉ねぎと人参、今日は茄子も入れてしまおうか。
私のベットに寄りかかってボーッとテレビを見ている真波をチラリと見つめながら、野菜を炒めてキーマカレーの下準備を進めていく。どうしても、甘やかしくなってしまって真波がくる日はキーマカレーを作るのが恒例になってしまった。美味しい美味しいってニコニコ笑いながらもりもり食べてくれるとこっちも嬉しくなってしまうから、やっぱり私は真波が好きだ。


「名前さん、オレご飯大盛り」
「はぁい」


可愛らしい顔をしてきっちり食べる。
そんな真波も好きだ。好きで好きで仕方がない。何をしていても私の頭の中には真波がいて「名前さん」と笑いかけてくる。それだけで、私はなんでもできるような気になれる。
意味分からない上司からの引き継ぎも、なかなか仕事を覚えない後輩のフォローも、家に真波がいると思えばため息すら飲み込んで進んで業務に取り掛かることができるんだから、真波は偉大。
机の前にちょこんと座った真波に出来上がったキーマカレーを差し出せば両手で受け取って嬉しそうに笑う。


「オレ、名前さんのキーマカレー好き」
「ありがと」
「本当に、好きですよ」
「あはは、別に疑ってるわけじゃないよ」
「好きなんです。これからもずっと、食べたいな」


真波がお気に入りの盛りつけ。お子様ランチのように山の形に盛りつけたご飯にスプーンを差し込んで食べようとしたら、真波が真面目な顔してそんなことを言う。
いつもいつも美味しいとか好きだとか素直に口にしてくれるから気に留めてなかったけど、今日の真波の目はいつもと違う。真っ直ぐ真面目な顔をして私を見つめているから、目が逸らせなくなってしまった。


「名前さん、オレ勢いで言ったわけじゃないんです」
「…何が?」
「あの日、箱根で伝えたこと。全部本当です。本当の本当に、オレは名前さんが好きだよ」
「…真波?」
「…それはあなたもでしょ」


もちろん、あの日のことを疑ったことなんてないけど、今更どうしてその日の話を?なんて思って固まっていれば真波が立ち上がって私の隣へとやってくる。そのまま跪くようにして、スプーンを持っていた私の手をそっと握ると「反対の手、出して」と言う。言われるがままに左手を差し出せば、真波の大きな手が私の左手を優しく包み込んだ。優しすぎる触れ方がくすぐったくて、だけど笑えなくて、私は目の前の真波をじっと見つめるしかない。私の手を見つめていた真波が顔を上げれば、パチリと視線がかち合う。


「本当はさ、こういう時って、オレが名前さんを一生幸せにしますとか言わなきゃいけないんだと思うけど、なんかそれってしっくりこなくて」


私の左手の薬指に、真波がするりと指輪を通す。キラキラ光る宝石がついたそれを見て息が止まる。


「ねぇ、名前さん。オレを幸せにしてよ」
「っ、…」
「オレを幸せに出来るのって名前さんだけなんだよ。だからこれからもずっと、オレと一緒に走ってください」


真っ直ぐに私を見て、真剣な顔してそういう真波に、私からぼろぼろ溢れてくるのは涙だけじゃない。やっと息が出来るようになった口からは笑い声が止まらない。

なにそれ、本当にあんたって、どこまでも自由だわ。


「あっはは、はは、ありえない、ふふっ」
「…なんでそんなに笑うの」
「だって、ふ、ふふ、真波らしくて…あはっ!」
「っ、もー!オレは真剣なんですよ!」
「あー、も、くるし、笑いすぎた」
「…ひどい。オレの一世一代のプロポーズを」


照れているのか怒っているのか、真っ赤にした頬っぺたを膨らませてこちらを上目遣いで睨みつけてくる真波に手を伸ばして飛びつくように抱きついてみる。
膝立ちをしていたけど真波は私を軽々と支えるようにして背中に手を回して受け入れてくれた。真波の首筋に顔を埋めて、ぐりぐりと甘えるように擦り寄ればそれに応えるように頭を抱き寄せてる手に力が込められた。
一度思いっきり息を吸ってから、顔を離して至近距離で真波と目と目を合わす。真波が何か言おうとしたのか口を開いたから、それを遮るようにしてキスをした。
ちゅっと軽く触れただけの唇を離してから、チラリと見上げれば驚いているのか目を丸くした真波に向かって言い放つ。


「いいよ」
「…名前さん」
「私が山岳を幸せにしてあげる。世界で1番速い男にしてあげる」


私たちは、きっとこれからもこのままだろう。
私には山岳が必要で、同じくらい山岳には私が必要。
山岳がいるから私は息が出来るし、山岳は私がいるから自由にどこまででも走ることができる。
そしてきっとこれから先、例え何があっても私はこうして山岳の腕の中へと戻って来てしまう。
理屈なんかじゃない。説明なんかできないけど、きっとそうなのだ。



出会った時からずっと、私たちは恋をしている。

これからも、ずっと。





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