PaleBlue 新開と真波の話


あれだけ探し回って心配したのが嘘みたいに、何でもない顔して真波は帰ってきた。監督にもチームの仲間にも頭を下げて、もう一度自転車に乗ると言った真波の目は何だか懐かしい気持ちにさせられて、ふと思い出したのは何年も前の記憶。暑い夏の日、高校三年生のインターハイ最終日にテントの中で見た真波の顔。
チームに戻った真波は今までが嘘みたいに調子が良かった。坂道ではグングンとスピードを上げて、寿一の言葉を借りるならまるでステップでも踏むかのように軽々と駆け上がっていく。
何より変わったのは自転車に乗っている時の表情だ。少し前は苦しそうに、辛そうな顔してペダルを回していたくせに今は本当に楽しそうに笑って、良い顔して自転車に乗っている。もちろん練習にもきっちり参加しているけど、平坦の時はつまらなそうな顔をしているしテンションもあからさまに低い。上りになると一気に顔つきが変わる。

前とは違う。真波は自由だった。呆れるくらいに、わがままで自分勝手だが、そういう奴は速いんだ。迷いがない。自分らしくいられる奴ほど、誰よりも強い。


「おめさん、変わったな」


練習後、愛車の手入れをしていた真波に声をかけると真波は手を止めてくるりとこちらを振り返った。
こうして同じチームになって、少なからずオレも真波を気にかけてきたつもりだ。高校のときからすごい奴だなと思っていた。一年でレギュラーを勝ち取った奴。寿一だって真波のことは認めていた。尽八もそうだ。靖友だって、初めはうるさかったがなんやかんやで真波の強さは認めていたと思う。じゃなきゃ、慣れあったりしない奴だからな、あいつ。素直じゃない。
真波がいなくなった時も、オレたちはがむしゃらに探し回った。もちろん、みんなにも真波から謝罪はさせたけど、聞いたのは謝罪だけだ。
結局真波があの期間にどこにいて、何があったのかは誰も聞いていない。

興味があった。真波に何があったのか。どうしてまた戻ってこれたのか。誰が、何をしたのか。

心のどこかでは分かってるくせに。


「新開さん、色々ありがとうございました。迷惑かけて、すみません」
「おいおい、謝罪はもういいさ。こうして戻ってきてくれたしな」


ぽんっと頭に手を置いてぐりぐりと撫で回せば真波はへらりと笑って「やめてくださいよぅ」なんて言ってくる。こういうところがずるいよな。憎めないというか、いつまで経っても後輩って感じで可愛がりたくなっちまう。目が離せない奴なんだ。



「新開さん、オレやっぱり自転車が好きだった」
「あぁ」
「でも、信じられないけど…それよりずっとずっと大切なもの見つけたんです。まぁ、ずっとそばにあったのに、オレが見失ってただけなんですけど」


オレの目をまっすぐに見てそう言った真波の言葉を理解した時、オレの頭の中に浮かんだのはニコニコ笑う苗字だった。
あぁ、やっぱりなと思う。尽八の言う通りだ。
オレだって分かってた。分かってたけどまだどこかで、認めてなかったんだろうな。

オレの記憶の中の苗字はいつだって笑っている。3年間一緒に過ごしてきた大切な仲間のひとりだ。不思議なのは、真波とは1年弱しか一緒に過ごしてないはずなのに、どうしてかオレが思い浮かべる苗字の隣には真波がいる。

なぁ真波。オレの方が先に出会ってたんだ。
オレの方が苗字と過ごした時間が長いんだぜ。
オレがお前と同じように、走れなくなっちまったことをお前は知らないだろ。だけど苗字は知ってる。知ってたはずだ。

だけどあの時、オレを助けてくれたのは苗字じゃなかった。
もちろん、心配してくれたさ。でも踏み込んでくることはなかった。それはオレの雰囲気がそうさせたせいもあるかもしれないけどさ、でもきっとあの時のオレが真波だったら、苗字は手を差し伸べてたんだろうな。


「あーあ。覚悟はしてたけど、やっぱりちょっと悔しいな」
「え?」
「オレはさ、おめさんが死ぬほど羨ましいよ」


うんと伸びをしてなんてことない風にそう言えば、真波はこっちを見て顔を顰めた。
こいつ、前より表情も豊かになった気がするな。いや、そんなことないか。昔から苗字が絡んだ時の真波はいつもより素直になるし、自転車に乗ってる時のようにわがままになる。
やっぱり、悔しいなぁ。オレだって欲しかったんだけど。割と本気で。


「…そろそろ諦めてくださいよぉ」
「ヒュウ。言うな真波」
「オレだって昔から必死なんですよこう見えて。先輩たちみんな油断も隙もないです」


拗ねたようにそう言ってムッとする真波の頭をもう一度ぐりぐりと撫で回す。ふわりと香ったのは、懐かしい匂い。そうだ、苗字の女の子らしい、甘いシャンプーの匂いがオレは好きだった。


「もう泣かせるなよ」
「…泣かせたら怖い鬼が出ますから。約束します」
「ははっ、そうかもな」


オレをまっすぐに見据えた真波はオレが思っていたよりもずっと大人だった。色んな意味で、でっかくなったんだ。

きっとこれからこいつはもっと速くなるだろう。
そしてその先には両手を広げて待っている苗字がいるんだ。
1番にそこに飛び込むために、真波は走る。
それでいい。最高にお前らしくて、自由だ。



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