私が1番好きなのに! 新開と荒北の戦い


ジッと、嫌な視線を感じることがある。

背筋がブルリと震えそうになるその視線はジリジリと俺の背中を焦がすのだけれど、目の前の彼女は何も感じることがないらしい。ケタケタと大きな口を開けて笑っているのを見ると、到底同い年には思えない。それにしても、少し前までは話しかけても微妙に引き攣った笑顔で目も合わせてくれなかったのに、今ではこうして全力の笑顔を見せてくれるのも感慨深い。

俺から見えていた彼女はいつでも笑顔で全力で、一生懸命俺の友人のことを追いかけ回していた。ちまちま走り回ったり、大きな声を出したり、努力をしたり。そんな真っ直ぐで明るく見えていたけれど、意外にも彼女は人見知りらしく俺が声をかけてもなかなか笑顔を見せてもらえなかった。しかし、せっかく大切な友人の彼女となったのだから俺だって仲良くしたいしいろんな話がしたい。そう思って俺は何度も何度も声をかけ続けた。廊下ですれ違った時、学食で出会った時、図書室で出会った時。とにかくずーっと声をかけ続ければ、彼女は少しずつ心を開いてくれたらしくニコニコと可愛らしい笑顔を見せてくれるようになった。


「それで、荒北くんがね」
「あーうん」


普通に話せるようになったものの、彼女の口から出てくるのは、大抵が友人である靖友に関することばかり。まだ付き合って日が浅い彼女は靖友のことをもっともっと知りたくてたまらないらしい。そんなに好きなら、靖友本人に聞けばいいとも思うけれどあの天邪鬼な靖友が素直に彼女に何でも話すなんてことはないんだろう。


「荒北くんって好きなアイドルとか女優さんいるのかな?新開くん知ってる?」
「さぁ…アイツそういう話はあんまり乗ってこないからなぁ」
「…そうなの?」
「あぁ。全然だぜ」
「そっか…残念」


あーあと漫画のように肩を落として残念がる彼女、苗字さん。靖友の好みのアイドルも女優も知らないけれど、好きな女の子だったら知っている。
そんな刺すような視線をこちらによこすくらいなら何だって話してやればいいのに。と思うがそんなこと口に出したらもっと鋭い視線でギロリと刺されるのだろう。最悪手が出てくることだってあり得る。
苗字さんは靖友のこの視線に全く気づかないのだろうか。俺と話している時、チリチリと刺すような鋭い視線を向けられていることに。


「…靖友に直接聞いてみればいいんじゃないか?ほら、靖友」


視線の先を辿って大きく手を振れば、特大の舌打ちをしながら制服のズボンのポケットに両手を突っ込んで猫背になった靖友がメンチを切って近づいてくる。目の前にいた苗字さんは、そこでようやく靖友の存在に気づいたらしい。靖友へと視線を向けると、途端にぱぁっと花が咲いたような笑顔を見せる。俺に向けるものとは明らかに違うそれ。ふにゃりと目尻が下がって、だけど口角がキュッと上がる。頬っぺたはほんのりと赤らむし、何より靖友が映ると目がキラキラするんだ。周りにはぴょこぴょこと小さなハートが浮いているのが見える気さえする。どこからどう見ても、苗字さんが靖友に恋をしているのが明らかになる。

そして逆も然り。さっきまでメンチを切っていたはずの強面は、そんな苗字さんと視線が絡むとほんの一瞬だけ崩れてしまうことを知っている。釣り上がっていた眉が困ったような形になる。靖友はいつもちょっと眩しいものを見るみたいに苗字さんのことを見つめる。


「荒北くん!」
「何してんのお前ら。ンな仲良かったかァ?」
「荒北くんのお話してた!」
「ハァ?」
「苗字さんはいつも靖友の話しかしてくれないぜ」


だからあの視線はもうやめてくれないか?なんて口にはしないけれど。そんな意味も込めてそう言えば苗字さんは恥ずかしそうにえへへと笑って誤魔化そうとして、靖友はほんの少しバツが悪そうな顔をしてから苗字さんの額をペチンと平手で叩いた。どうやら俺の言葉の意味は読み取ってくれたらしい。読み取ってくれたところで、今後もあの視線が向けられないとの約束はないだろうけど。そんな俺たちの水面かのやり取りなんて全く気付かずに、痛い痛いと騒ぎながらも笑顔のままの苗字さんはちょっとだけアホだ。


「ッたく、つまんねェ話してねェでさっさと教室戻れヨ」
「荒北くん!一緒に教室行こ!」
「一緒にも何も同じクラスだろォが」
「うふ、嬉しい」
「…意味分かンネェ」


そう言って踵を返した靖友の背中にぴっとりと張り付くようにして苗字さんも俺に背を向けて歩いて行ってしまう。一度こっちを振り向いて笑顔で小さく手を振ってくれたので、こちらも笑顔で手を振りかえしてやれば苗字さんの背後の狼さんの小さい目でまたギロリと睨まれてしまった。

ハイハイ。そんなに威嚇しなくたって、取って食ったりしないぜ俺は。大切な友達の彼女だからな。

それにしても靖友が意外とあんなにも嫉妬深い奴だったなんて。面白いから後で寮に戻ったら尽八にでも教えてやろうか。俺は怖いから言わないけど、尽八なら靖友本人に言ってしまいそうだし面白いことになりそうだ。


「あー、いいなぁ」


別に他のカップル見たってそんなこと思わないけれど、本当に何となく。あの2人を見てると羨ましいなと思ってしまうのだ。卒業するまでも、卒業した後も、いつまでも2人でいそうな気がする。理由なんて分からないし、たかが高校生の恋愛だけれど。なんか、そう思う。


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