なんて退屈な世界でしょうか


今日はレギュラー陣はミーティングがあると練習は早めに切り上げられることになった。
マネージャーの先輩とお喋りしながら、干していた洗濯物を取り込んでいれば、私の上にできた大きな影。長い腕が私の遥か上にある洗濯物をひょいっと、いとも簡単に取り上げてしまう。


「葦木場くん、お疲れ様」
「夢乃ちゃん、お疲れ様。上のやつはオレがやるよ〜」
「ダメだよ!葦木場くんも選手なんだから」


確かに葦木場くんは背が高いから洗濯物を干すのも取り込むのも便利かもしれないけど、彼は選手なんだからこんな雑用をさせるわけにはいかない。選手は練習に集中するために私たちマネージャーがいるんだから、そんなこと気にしなくていいのに。葦木場くんは優しいなぁ。
どうしてか葦木場くんは一瞬だけ顔を歪めたけど、嬉しそうに笑ってくれたので私も笑ってみる。


「夢乃ちゃんは優しいねぇ」
「葦木場くんも優しいよね」


天然さんな葦木場くんは喋りもゆっくりで優しくて、一緒にいると和んでしまう。しっかりしてる2年の同学年の中で癒しポジションだよ葦木場くん。ちょっと天然がすぎるけど。


「いた!おい!椎名!」


葦木場くんに癒されながら洗濯物を取り込んでいたのに、今度後ろからやってきた人は大きな声で私の名前を呼んでいる。振り返ればズカズカ大股でこちらに近づいてくるユキ。
ユキは少し葦木場くんを見習ったほうがいいよ。勢いがすごい。口調も荒いし。あれは憧れの先輩に寄せてるのかな?もう少し個性を大事にするべきだと思うけどね。


「…お前今失礼なこと考えてたろ」
「いいえ全く」
「後で吐かせてやるからな」
「こわ!こわーい葦木場くん助けて〜」
「ユキちゃん!夢乃ちゃんいじめちゃだめだよ!」
「拓斗を巻き込んでんじゃねーよ!てか、椎名、東堂さんが呼んでんぞ!部室!」
「え、ミーティングじゃないの?」
「知らねぇ。早く行けよ、福富さんたちも待ってんだから」
「わ!それを早く言ってよ!」


慌てて手に持っていた洗濯物をカゴに詰め込んでから、葦木場くんに頭を下げて本当に申し訳ないけどカゴを任せた。さっき洗濯なんかやらなくていいと言った手前とても申し訳なかったけど、優しい葦木場くんは笑顔で受け入れてくれたから明日何かお菓子でも渡さないといけないな。
駆け足でミーティングが行われているはずの部室へと向かう。東堂さんが呼んでるなんて、珍しいな。私なんかやらかしたっけ?それに福富さんたちもいるってことはまだレギュラー陣でミーティングの最中なんじゃないの?

辿り着いた部室の前は誰もいなくて、ドアも閉まっていてなかなか入りづらい。でも耳を当てれば小さく話し声が聞こえるっぽいから、やっぱりミーティングやってるんだよね?本当に私呼ばれてる?ユキの勘違い?
でも遅れたら申し訳ないし…ま、いいか。ノックして間違いだったら頭下げて戻れば。
トントンとドアを叩けば、ガチャリとドアが開いて東堂さんが私を迎え入れてくれた。


「椎名さん!すまんね呼び出して」


この反応的に私が呼ばれたのは間違いではないらしい。よかった。
東堂さんに誘導されて部室へと入ればそこにはやっぱりレギュラーの6人がいた。東堂さんに促されるまま座らされたパイプ椅子はなぜかお誕生日席のような席で、どうしたらいいか分からず困惑するしかない私。
いつものように凛々しい福富さんと、よっと手をあげて挨拶してくれる新開さん。めんどくさそうな顔した荒北さんにおろおろしてる泉田くん。それから、


「夢乃さん!どうしたの?」


私を見て嬉しそうにニコニコ笑う真波。私から遠い席に座っていた真波は、椅子から立ち上がると私の方へと向かって来ようとする。
私も真波を受け入れようと少し身構えていたら、目の前に現れた東堂さんの背中。


「ならんよ真波!」
「えーなんですか東堂さん。どいてください」
「ならん。なぜ椎名さんを呼んだか…フク!」
「あぁ…真波、席に戻れ」
「えぇ…嫌です」
「テメェフクチャン困らせてんじゃねーヨ!」


荒北さんに無理矢理席に戻された真波はしょんぼりとした顔をしていてそれもとても可愛い。しゅんと眉毛が下がって、チラリと上目遣いでこっちを見てくると私がそっちに行ってあげたくなっちゃうんだけど、ごめんね。流石に荒北さんやら福富さんに逆らう勇気はないんです。本当にごめん。でも私が好きなのは真波だから!言えないけど!信じてほしい!


「椎名、突然呼び出してすまなかった」
「え、あ、いえ!でもなぜ私…」
「あぁ。椎名に協力してほしいことがある」


真波に向けていた視線を福富さんへとやれば真面目な顔をしていて思わず背筋がピンと伸びる。まさか、福富さんに頼み事される日が来るなんて…。


「私にできることなら全然かまいませんが…」
「…真波の遅刻を治したい」
「…は?」
「真波の遅刻を治すのに協力してほしい」


訳がわからずぽかんと口を開ける私は間抜けな顔をしてるに違いない。
そんな私の肩にポンと手を置いた東堂さんが福富さんに代わって話を続ける。


「真波の遅刻がひどいので、ペナルティーをつけることにしたのだ」
「えぇーオレ聞いてないですよぉ」


私はやっぱりさっぱり意味が分からず話の流れを見守ることしかできない。
真波の遅刻は確かにひどい。だいたい1ヶ月の半分は遅刻してくるんじゃないかって感じらしいというのはよくみんなから聞いていて知っている。そのせいか補習やらプリントやらも多くて部活への影響も少なからず発生している。真波は自分が興味があることしかできないから仕方ないけど、確かに私たちは学生なんだから遅刻はしてはいけないことだ。それに箱根学園の自転車競技部は文武両道。その辺も厳しい。


「真波、おめさん明日から遅刻したら1日椎名さん禁止だぜ」


そう言って、新開さんがいつものように真波をバキュンと撃ち抜いた。


「えぇ…無理です嫌です嫌です」
「ワガママ言うんじゃねーヨ!そうでもしねぇとテメェどうにもなんねーだろうが!」
「うぇぇ無理です嫌です嫌です絶対嫌です」


ガタリと椅子から立ち上がって、いつになく口が回る真波の腕を荒北さんががっちりと掴んで引き止める。腕をブンブン振って荒北さんを振り払おうとする真波だけど、今度は反対の腕を新開さんがガッチリとホールド。東堂さんは相変わらず私と真波の間に立っていてバリケードみたいな役割を果たしているようだ。


「うっ、夢乃さぁん…」


東堂さんの肩越しからチラリと見えた真波は大きな目をうるうるさせて私を見つめている。
か!わ!い!い!たまらなく可愛い。なにあれそんなに私のこと好きですか。
…いや多分多少のおふざけは入ってると思うけど!おふざけだとしても私を禁止されるのがそんなに嫌なの?子どものように駄々をこねる真波は私の想像超えてかわいい。16歳っていうか16歳児では??そんなかわいい真波を見たら私まで悲しくなってくる。


「っ、真波ぃー!」
「椎名までぐずンな!」


かわいいかわいい真波に手を差し伸ばそうとすれば荒北さんにどつかれてしまった。ひどい。


「真波、これは決定事項だ」
「うぇぇ…福富さん酷い…」
「おめさんが遅刻しなければいいだけの話だぜ」
「うむ!その通りだ!とりあえず今までのペナルティーで今日と明日は真波は椎名さんの半径1m以内に近づくのは禁止とする!」


東堂さんにビシッと指をさされた真波は肩を落としてあからさまにしょんぼりしていた。

いや、なんですかそれ。
私のほうがとてつもなくしょんぼりなんですけど!


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