どんな顔をしていてもかわいい


別にオレは他人になんか興味がないし執着だってする方じゃない。自由に何にも縛られず、生きたいように生きていたい。自分が生きてるって感じがするたらそれで良い。思うように生きていたい。何にも縛られたくなんかない。
自転車も好きだし、部活も好きだし、先輩も好き。真面目な福富さんは強くて速いし、東堂さんはうるさいけど登りはすげー速い。新開さんだって荒北さんだって泉田さんだって黒田さんだって好き。
応援してくれる女の子たちも、みんな優しくて好き。がんばってねって言ってくれるのは素直に嬉しい。だけどまぁ、君のために頑張るねとは思わない。オレはオレのために頑張るだけ。オレが生きていたいから頑張ってるんだ。

だけど夢乃さんの「がんばってね」だけは特別なんだ。
キラキラしてて、心がふわふわあったかくなる。その時だけはオレ、夢乃さんのために走りたいなって思っちゃうんだよなんて言ったら夢乃さんはどんな顔をするんだろう。


「真波は次スタートかな?」
「うん。東堂さんと一緒にね」
「うわぁ贅沢だなぁ」
「ねぇ夢乃さん」
「ん?」
「オレ、頑張るね」


そう言えば夢乃さんは目をパチパチさせてから、嬉しそうに笑うんだ。笑うと目が細くなるなんて、そんな当たり前なところも可愛い。


「うん!がんばってね真波」


夢乃さんのがんばってって、本当に不思議。
オレの中で夢乃さんだけが特別でキラキラ光って見えるんだ。
いつだって真っ直ぐで、一生懸命で優しい。最初はすっごい真面目でしっかり者のマネージャーさんだなぁなんて思ってたけど、実はちょっと抜けてたりする。小さいからかなぜかいっつも小走りしてるし、慌ててよく転んでるのも見かける。
そんな夢乃さんはオレの名前を呼ぶ時、すっごい優しい声を出すんだ。まるでオレが全部許されるみたいな、よく分かんないけど、安心する。この人ならオレのこと全部全部分かってくれるんじゃないかなって、甘えたくなっちゃうんだ。


「椎名さん、コレを甘やかすな」
「あ、東堂さん」
「椎名さんが甘やかすから最近は真波の自由度が増しているぞ!」


うるさい東堂さんを前にして「そんなことないですよ!」なんて言いながらもニコニコ笑う夢乃さんは可愛い。
可愛いけど、東堂さんに笑いかけるのはちょっと嫌かもなんて思う自分に驚く。だって、夢乃さんは別にオレのでも何でもないのに。そんなふうに思うなんてきっといけないこと。
なんだか頭と心がもやもやする。そんなオレをよそに東堂さんと夢乃さんは楽しそうに会話をしているけど、内容なんて全く耳に入ってこない。
何だろうこの気持ち。もやもやする。自分でも分からないけど、心の中が冷え切ったように冷たい。


「…真波?」
「…夢乃さん」


にゅっと伸びてきた手が、オレの肩を優しく叩く。不思議そうに顔を覗き込んでくる夢乃さん。


「調子悪い?大丈夫?」


優しい声を聞くと、さっきまであったもやもやが少しだけ吹き飛んだ気がした。
今、夢乃さんの目に映ってるのはオレだけ。東堂さんじゃなくて、オレだけを見てくれてる。


「大丈夫。ありがとう夢乃さん」
「…そう?無理しないでね」
「うん。ねぇ、東堂さん」
「む。なんだ?」
「オレ今日勝ちますよ、絶対」


東堂さんも夢乃さんも、オレを見て驚いたように目をまん丸くした。東堂さんは、ちょっとだけ目を細めてからすぐにいつもの調子になって大きな声で笑ったけど。


「ワッハッハ!ならオレも本気を出さねばならんな!」
「勝ちます」
「ふむ…いいだろう。お前がそんな顔するなんて珍しい…と思ったが、最近はそうでもないな」


呆れたように肩を落したあとになぜか笑った東堂さんは、パチンとヘルメットを被ってスタート体制になる。オレも自転車に跨がれば、ぽんっと優しく背中に触れる手のひら。
小さいのにあったかい。


「待ってる。がんばれ真波!」


夢乃さんがそう言ってくれると、オレは何でも出来そうな気がしてくる。
今日はもしかしたら本当に東堂さんに勝てちゃうかもしれない。心がざわつく。ぶわっとして、今にも駆け出せそうだ。

「ねぇ夢乃さん、」
「ん?」
「…なんでもないよ。頑張るね」


オレだけを見てよ。

なーんて。言ったら、夢乃さんはどんな顔するんだろ。








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