みんな知ってるあの子の気持ち


「夢乃さん、ご飯食べましょ」
「夢乃さん、電子辞書貸してください」
「夢乃さん、今日のメニューなんですか?」


突然、学校でめちゃくちゃ真波が話しかけてくるようになった。

なんだか分からないけどほぼ毎回、休み時間のたびに私の教室へとやってきては私の名前を呼び、何かを要求してニコニコと笑って私の横にぴっとりくっついてしゃがみ込んでいる。椅子に座る私の横にしゃがみ込んでこっちを見つめてくるものだから、必然的に真波は私を見つめると上目遣いになるわけで…キラキラ眩しくてくりくりのまんまるお目目で見つめられるとこっちはたまったもんじゃない。クラスメイトに見られていることを考えてきゅんきゅん高鳴る胸を抑えてなんとか平静を保とうと頑張っている私のことを、真波は分かっているのだろうか。勘弁してほしい。
真波が私の元へくる理由は様々だ。部活のことだったり、そうじゃなかったり。とにかく何かと理由をつけては私の教室へやって来てくれていた真波だけれど、どうやらついに理由が思いつかなくなったらしい。


「夢乃さん、お金貸してください」
「…流石にそれはどうかと思うね」


へらへら笑って、いつも通りの可愛らしい顔をして私のクラスの扉の付近で、いつも通りの声量でとんでもないことを言うもんだからクラスのみんながギョッとした顔をして真波の方を振り向いたのが分かる。

これが真波という男なんですよみなさん。そりゃびっくりしますよね。まぁ確かにね、普通だったらそんなギョッとした顔しないし、あーまた冗談言い合ってるんだねーアハハくらいで終わる会話だけど、真波が言うと洒落にならないからね。冗談と思えないから。綺麗な顔してそんなこと言ったら、なんかガチ感でちゃうからね。真波が本気出したらお金くれる女の人なんてたくさんいるからねきっと。なんて言うんだろうこういうの。今よく聞くパパ活の代わりの…ママ活ってやつ?


「所詮私は真波にとって金ヅルなんでしょ…」
「違いますよぉ。夢乃さんは特別だから。オレ、夢乃さんしか頼れないし」
「……どこで覚えたの?」
「新開さんが、こう言えば女の子はたいてい丸く収まるって言ってましたぁ」


ちょっと面白く乗っかってあげようとかけた言葉に対してさらにやばい言葉が返って来てしまってギョッとする。思わず真波の口へと手を伸ばしてその口を塞いでしまった。
きょとんと目を丸くした真波は可愛いけれど、それどころじゃない。そんな可愛い顔面から出て来ていい言葉じゃないし。出て来たら出て来たでなんかヤバいし。なんなの本当に。もしかして真波ってこういうことしたことあるの?なんて思ってしまって問い掛ければ真波の口から出て来たのは部活の先輩で…脳内で思い浮かべた新開さんが私に向かってバキュンポーズをしている。

こんなこと今まで思ったことないけれど、その指、へし折りたい。

可愛い可愛い真波のことは私が清く正しく美しく育てるはずだったのに。とんでもないこと吹き込んでくれる人がいたものである。新開さんがどんな恋愛してるかなんて毛ほども興味はないけれど、うちの子に悪影響を与えるのだけは勘弁してほしい。


「お金は貸しませんよ」
「チェ」
「え、なに?本気だったの?」
「まさかぁ。違うよ」


へらへらしている真波が本気でお金を借りたかったのか、分からないのがちょっと怖い。

こうした、ここ最近の真波の意味不明な行動の理由が私にはよく分からないけれどどうやらユキはよく分かっているらしい。
分かっているなら教えてほしいと何度も尋ねたのだけれど、なぜかユキは断固として教えてくれなかった割にはめんどくさそうな顔をして私を責めてくるのだから意味が分からない。何度聞いても答えは同じで、「お前が悪い」と言うかだけだ。

果たして、私は何か悪いことをしてしまっただろうか。

思い返してみるけれど、特に真波に対して何かをしてしまった覚えなんてない。いつも通り、真波のことを可愛がり、真波に癒されて、真波のことを好きなだけ。もしかして、自分で知らないうちに何か真波の気に触るようなことをしてしまったのだろうか?でもだとしたら、真波のこの意味不明な行動は私に対する怒りのものなのか?と考えるとやっぱり違うような気がする。
目の前に立っている真波から怒っている雰囲気なんて微塵も感じないし、むしろニコニコ笑ってご機嫌なように見えるのでこれで真波が怒っているとしたら相当怖い。主演男優賞ものである。


「最近、よく会いに来てくれるね」
「うん。嬉しい?」
「嬉しいけど…」
「けど?」
「…私、真波になにかした?」


ストレートに、聞いてみた。真波相手にあれこれ回りくどいことをしても、きっと意味はない。人から何かを察するとか、それを意識して人によって態度を変えるとか、相手を思って行動するとか、そういうことは真波にできない。
それが真波の良いところでもあり、悪いところでもある。人の顔色を気にせず、態度も気にせず、自分がしたいようにする。それは簡単に見えてとても難しい。
私は真波のそんなところが好きだけど、時々心配にもなる。
悪いことなんかじゃないけれど、多分良いことでもない。今はそんなことないけれど、もしかしたら真波のそんな部分が嫌だという人も現れるかもしれないし、生意気だと言う人も現れるかもしれない。そんな人たちに何を言われたとしても真波は気にしないとは思うけれど、そうやって真波が生きづらくなるのは悲しい。
だから私だけは、そんな真波の味方でいてあげたいなぁなんて思うのはきっとおかしなことなんだろうなぁと思う。真波といつまで一緒にいられるかなんて分からないし、私たちはまだ高校生だし。
それでもやっぱり、私はできる限り真波の味方でいてあげたいと思ってしまう。真波のことをできるだけ理解して、寄り添ってあげたい。何か言いたいことがあるのなら、言葉にさせてあげたいしそれを聞いて叶えてあげたいとも思う。真波が我慢したり、遠慮したりするのは似合わない。いつだって、真波らしくいてほしい。多分私は真波のそんなところが好きなのだ。自由な真波が好きで、そんな真波を支えてあげたいと思うし、理解してあげたいし、困った時には頼ってほしい。

真波はただでさえ丸い瞳を、さらにまんまるに見開いた。


「…なんでそんなこと聞くの?」
「えー…だって、真波変なんだもん」
「変?」
「なんかあるんじゃないの?私に言いたいこと」


数秒、たっぷり沈黙。
ぱちくりと何度か瞬きをしてから、真波がふはっと大きく口を開けて笑う。


「あるよ。夢乃さんに言いたいこと」
「なぁに?」


そう言って、こちらに手を伸ばしてくる真波。私の左手は真波の右手に。私の右手は真波の左手に、きゅっと包まれる。真波の手はいつでもひんやりとちょっとだけ冷たい。


「夢乃さん」
「はい」
「好きですよ」


突然の告白に、教室がシンと静まり返る。
さっきまでよりもずっとずっと教室に響く真波の声。きっと教室にいたみんなにも、聞こえたはずだ。
私と真波が付き合っているのなんてみんな分かりきってることかもしれないけれど、直接こうしたやり取りを聞かされるのとはわけが違う。好きだから付き合ってるのは分かるけど、私だって顔見知り同士がそういった、恋人らしいやり取りをもし見てしまったらと思うと気まずい。できれば聞きたくない。意識したくない。


「ちょ、真波」
「知ってると思うけど、オレ夢乃さんのことすっごく好きなんで」
「分かった、分かったから!」
「分かってないでしょ」


握られた手に力が込められて、思わず顔を上げれば眉間に皺を寄せてこちらを睨むようにしている真波がいた。そんな視線を向けられると思っていなくて、今度はこっちが驚いて固まってしまう。それをいいことに、真波は私を自分の方へと引き寄せてぎゅうっと抱きついて来た。
可愛らしい顔の割に、身体はしっかり男の子なのは何度知っても驚いてしまうしドキドキしてしまう。私よりもずっと大きくて、逞しい身体にすっぽり包まれて抱きしめられて、私は何も出来なくてされるがままの人形のように真波の腕の中で大人しくなるしかない。
すりすりと、真波の頬が私の首筋に埋まる。ふわふわの髪の毛が触れるのがくすぐったくて、少し身をよじろうとしたら許さないとばかりに力を込められてしまった。そうしてもう一度、ぎゅっと力を込められてからパッと離れていく身体。


「オレ以外と仲良くしたらダメだからね」
「…はい?」
「ドラマの話はオレにしようね」
「…真波、ドラマとか見るの?」
「見ないから、夢乃さんが全部説明して」


それは、意味があるのだろうか?
そう聞こうとしたところでキンコーンと予鈴のチャイムが鳴る。真波は何事もなかったかのように、へらへら笑って私に手を振ってから、背を向けて廊下を歩いていってしまった。その背中を見送ってぽつんと立ち尽くす私。


「な?めんどくせーって言ったろ」


背後からひょっこり現れた、呆れ顔のユキがため息ついてそんなことを言うけれどそれどころじゃない。


「ユキ」
「んだよ」
「…もしかして真波ってめちゃくちゃ私のこと好きなのでは?」
「……ウッッゥッゼー」


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