こっちを向いてよハニー



「え、お前顔やばくね?」
「うるさい」


朝1番、会った瞬間にそんなことを言ってきたユキに対しズバリと一言だけ返して私は自分の席に座る。鞄から教科書やら筆箱やらを出しながら、ふわっと大きなあくびをして目元には涙が溜まってしまった。
ユキが言った顔がやばいっていうのは何も間違っていなくて事実なのだ。最近夜更かししてしまって、確かに顔がやばい。目の下のクマとか、気づいてはいるし夜更かしをやめなきゃと分かってはいるけど辞められないのはつい最近ハマってしまった海外ドラマのせいである。
動画配信サービスでたまたま見つけた海外ドラマが、それはまぁ面白かった。続きが気になって一気に2話、3話…とどんどん続きを再生していって気がつけば夜中の2時。なんて日がここ最近ずっと続いてしまっている。だって、テレビドラマと違って来週まで待たなくてもどんどん続きが見れてしまう動画配信サービスが悪くないか?そりゃ続きを見たくなっちゃうでしょ。しかも毎回絶対気になるところで終わるんだもんずるい。そんなの、一気に見ちゃうに決まってるじゃんか。
そしてさらにずるいのは海外ドラマあるあるで、このドラマ見ても見ても終わりが訪れない。この前確認したらシーズン13まであったし。どういうこと?私まだシーズン3なんですけど。


「何?なんてやつにハマってんの?」


背後からトントンと肩を叩いて質問してくるユキにドラマのタイトルを伝えたけれど、ユキは全くピンときてないらしく「ふーん」なんて生返事をしてから自分の机にシャーペンで落書きをし始めた。自分から聞いてきたくせに…何この人!と思いつつまぁ仕方ないよねとも思う。そもそもこのドラマを見てる人に私は出会ったことがない。周りの友達やクラスの女の子たちに話してみても誰も知らないらしく、私はただ1人孤独に夜な夜なドラマを見てはドキドキしたりワクワクしたりして楽しんでいるのだ。
別にね、1人で見てるのもいいけど。もし誰か共感してくれる人がいたらもっと楽しいのになぁ。

例えば真波とか…と、そこまで考えて首を横に振る。あの真波がドラマなんて見るはずないか。いや、知らないけど。イメージ的に見てなさそうだし。真波ってテレビとか見るのかな。アニメとか?
そういえば、真波とそう言った話ってしたことないかもしれない。真波と話すことはたいていどうでもいい日常のことだったり、部活のことだったり、真波が自転車で見た景色のことだったり。ふわふわとしている内容ばっかりだけれど、私は真波と過ごすそういうなんでもない時間や会話が好き。真波が話してくれることは私に分からないことも多いけれど、真波の目に映る自転車からしか見ることのない景色だとか、真波にしか分からない不思議な価値観だとか、気持ちだとか。そういうことを聞くのが好きだから別に真波にこのドラマを見て欲しいとかそういう気は全くないけれど、例えば…とかを考える時に私の頭の中に1番に思い浮かぶのはあのキラキラした青い瞳と可愛らしい笑顔なのだから困る。
私めちゃくちゃ真波のこと好きじゃん。恥ずかしい。


「え!椎名さんもあのドラマ見てるの?」


そんな脳内羞恥心に襲われて両手で頬っぺたを押さえていれば、ひょっこりと視界に現れた男の子。同じクラスの佐藤くんだ。


「うん。今ハマってるんだ」
「マジ!?俺も!俺もどハマりして一気に見ててさー、めちゃくちゃ面白いよな!」
「佐藤くんも見てるの!?」
「おう。今やっとシーズン3が終わったとこ」
「嘘!私まだシーズン3の途中!」
「どこらへん?キャシー生きてる?」
「キャシーは生きて…ってえ!?待って!どういうこと!?」
「あ、悪い!」


両手を合わせて謝ってくる佐藤くんだけど、時すでに遅し。今の話の流れ的にきっとこの後キャシーは死んでしまうのだろう。キャシー…どうして…まだ全然ゾンビと絡んでなかったじゃんキャシー。前回脱出できそうな空気醸し出してたし主人公といい感じの空気も出してたじゃんかキャシー。

そのままの流れで話を聞くとどうやら佐藤くんも同じドラマに最近ハマったらしく一気見しているのだとか。そして私よりもちょっとだけ進んでいるらしい。
ようやく同じドラマを見てる人に出会えて、テンションが上がってしまいそのまま2人で授業が始まるまでドラマに対する感想やらこの後の考察なんかを話し合い、佐藤くんとはほとんど話もしたことなかったけれどドラマのおかげで思いの外盛り上がってしまった。予鈴が鳴ったのを合図に「じゃ、また後で話そうぜ」と片手をあげて自分の席へと向かっていく佐藤くんに私も手を振り返す。
やっぱり、1人で見るのも楽しいけど感想を言い合える人がいるともっと楽しいな。佐藤くんが海外ドラマ見るなんて意外だし…というか佐藤くんがあんなに話せる人だなんて知らなかった。同じクラスの男子なんて最低限の会話くらいしかしたことないし、佐藤くんはユキの周りにいるようなクラスの真ん中にいるタイプの男子ってわけでもない。そんな人があんなに饒舌に話してくれるなんて…やっぱりあのドラマ面白いんだよなぁ。なんで誰も見てないんだろ。もっと流行ればいいのに。

会話の余韻に浸りつつ机の上に出したノートやら教科書をまとめていたら、ドンっと後ろから椅子を蹴飛ばされてお尻が跳ねる。


「痛いんですが」
「ウッセー」


振り返ればふんっと頬杖ついてそっぽを向いたユキがいる。なんだこいつ。ご機嫌斜めですか。朝練で荒北さんに何か言われましたか?八つ当たりはやめてくださいの意を込めて背を向けようとすれば、今度はポニーテールをグイッと思いっきり引っ張られて首が持っていかれる。


「痛い痛い!は!?なに!?痛いよ!」
「オメーがめんどくせーことするからだよ!」
「ハァ?意味分かんないんですけど」
「…なんてドラマだよ」
「は?」
「さっき話してたやつ!タイトル言え!」
「なに?ユキ見てくれるの?」
「俺じゃねぇ真波に見させる」
「はぁ?」


よく分からないことを言っているユキ。
なんで真波?真波の話なんて今してないでしょ。ていうか真波絶対見ないでしょ海外ドラマとか。いや知らないけど。見てるうちに寝そうだよね真波って。真波って寝顔も可愛いよね。大きな目は閉じられてしまうけれど、長いまつ毛も綺麗だしぷっくりした唇も可愛い。あの唇ってなんの手入れもしてないんだろうか。リップくらいは持ってるのかな。持ってなさそう。今度プレゼントしてみようかな。


「イヤな予感がすんだよ」
「…え、ユキってジェダイ?」
「アホ」



***



「椎名さん」


昼休みになり、購買へと向かっていれば後ろから声をかけられた。振り返ればそこにいたのは佐藤くん。佐藤くんも私と同じように1人で廊下を歩いていて、その手には財布が握られているのできっと目的地も私と同じなんだろう。


「佐藤くんも購買?」
「うん。今日お弁当持ってくるの忘れちゃってさ」
「え!作ってもらったのに?」
「そ。親ガチギレしてるし昼飯はないし最悪。椎名さんは?」
「私は普通に、パン食べたいなって思って」
「じゃあ一緒に行こー。俺もパンにする」


目的地も同じだし、自然と隣に並んだ佐藤くんに対して私も同じペースで廊下を歩く。2人で話すことと言えばやっぱり朝も話したドラマの内容で、あーでもないこーでもないとこの先の考察を話し合いながら歩いていれば、また後ろから名前を呼ばれる。


「夢乃さん」


誰の声からなんてすぐに分かる。
それは私のことを名前で呼ぶのはこの人しかいないからとか、そんな理由ではなくてもっと別のところにあって。うまく言葉にできないけれど名前を呼ばれると心臓がキュウっと、縮こまるような苦しくなるような、そんな変な感覚になる。私はその感覚が好きで、もっともっと名前を呼んで欲しいなと思ってしまう。親に呼ばれたってこんな気持ちにはならなくて、それは真波だけができる不思議な不思議な魔法みたいなもの。


「真波」


振り返れば、こっちを見つめて突っ立っている真波がいる。ぱっちりと目を見開いて私を真っ直ぐに見つめてくる真波。一歩も動かず、笑うこともせずにただ立っているだけの真波と何秒間か目があって、時間が止まる。

まるで息が出来ないような、不思議な時間がどれくらいだったのか分からない。気がつけば真波はいつものように可愛らしくニコリと笑ってこちらへと近づいてきた。私の前でぴたりと止まって、少し腰を曲げて屈んで私のことを見上げてくる大きな青い、綺麗な瞳。


「…夢乃さん。オレ、財布教室に忘れちゃった」
「……え?パン買いに来たのに?」
「うん。でも今から戻ったら売り切れちゃうから、オレのも買って欲しいな」
「えぇ…」
「ダメ?」
「ぐぅ…。いいけど!」
「やったぁ!一緒に帰る時に返しますね」
「真波お金持ってるの?」
「やだなぁ。お昼代くらい持ってるよ」


そう言って今度は真波が私の隣に並ぶ。佐藤くんの時とは違う、ぴったりと隣にくっつくようにして並んだ真波のせいで私の腕と真波の腕がコツンとぶつかってしまってあたたかさも感じることができるような、そんな距離になる。


「じゃあ行こうよ。オレね、カレーパンがいい」
「私もカレーパンが良かったのに」
「夢乃さんクリームパンにしてよ。半分こしよ」
「えぇ…クリームパンよりミルクフランスがいい」
「それって同じじゃない?」
「同じじゃない!」
「じゃあいいよ。そっちにしよ。オレも食べたい」
「食べるんだ」
「半分こがいいんだもん」
「うっ…可愛い…顔も発言も可愛い」
「ありがとー」


真波が目の前に現れた瞬間、私の頭の中は真波でいっぱいになってしまう。
真波が。真波は。真波に。真波と。
全部真波が主語になって、自分の頭がアホになったような気分にさえなってしまう。それほどまでに真波が可愛いのが悪いんだけど。可愛い。真波を小さくして制服の胸ポケットの中で飼いたい。真波くんの恋人。想像しただけで可愛い。


「じゃあ早く行こ、夢乃さん」


私の手を包むように握る大きなあったかい手に引っ張られるようにして、私も一歩踏み出して廊下を進んでいく。進めば進む分だけ、左隣にあった人との距離は離れていくわけで。

あ、と思って振り返った時にはもう遅い。

さっきまで私の隣にいた佐藤くんは少し困ったように笑って、だけど朝と同じように片手をあげて手を振ってくれていた。







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