かいしんの一撃


今日は朝練がない日だった。

だからいつもより少しだけゆっくり起きて、いつもより時間をかけて髪の毛をセットして、いつもより余裕を持って家を出て電車に乗り学校に着いたとある日のこと。風に靡く自分の髪の毛。まぁ普段もそんなに変わりはしないだろうけど。時間があれば少しでもオシャレをしようと思うようになったのはここ最近のこと。隣に立つ男の子があまりにも素材がよく、あまりにも可愛くあまりにもカッコいいので、それならばと頑張っている私のこの小さな小さな努力をきっとその男の子は知らないだろう。教えるつもりもないけれど。これは勝手に私が好きでやっているだけのことだから、真波はそんなこと知らないでただ笑ってくれればそれでいい。

それにきっと真波という男の子はどんな私を見ても甘ったるくてコロコロとした声で「可愛いね」と笑ってくれることを、よく知っている。自惚れなんかじゃない。私は自分のことを可愛いなんて思っていないけれど、真波がそう言ってくれるのなら、真波が私のことを可愛いと思ってくれているのならそれが嬉しいからそれでいい。
それでもまぁ、おしゃれをしないよりはした方がいい。私のモチベーションも上がるし、真波に少しでも可愛いと思われる要素が増えていると思えば、可愛くなるための努力は全く苦なんかないのである。

上手く巻けた髪を風から守るように前髪を手で押さえつけながら校門をくぐり抜けて自分の下駄箱へとやってきた。パカリと下駄箱を開ければ、自分の上履きの上にそっと置かれた1通の手紙。
手にとって、封筒の表と裏を確認してみる。うっすらとピンク色をしたどこにでも売っていそうな封筒には宛名も差出人もない。怪しげな目でその封筒をしばらく見つめていたけれど、今は登校する生徒が多くいる時間帯。おはよーという挨拶が飛び交う昇降口で封筒を手にしていたら、揶揄われるに決まっているということに気づいて慌ててスクールバックの中へとその封筒を押し込んだ。こんなところ誰かに見られたら大変だ。ポンと頭に浮かんだのは白い髪の毛とニヤニヤ笑う意地悪な顔。あーだこーだと、よくもまぁそんなに口が動くなぁとばかりにペラペラ捲し立ててくるユキを脳内から追い出すために頭を振った。

さっきまではなんとも思っていなくて、ただ不思議だなぁと疑問しかなかった封筒。誰からのものかも分からずにもしかしてラブレターなんじゃないの、なんて思っていたのだけれど…少し考えれば分かってしまった。ついこの間、自分もこれと同じようなことをしたではないか。
なるほどと1人納得して、スクールバックの中に押し込んだ封筒をもう一度手に取ってみたところで、後ろから聞こえてきた声と背中にドンっという衝撃。


「椎名何してんだよ?そんなとこ突っ立ってた邪魔なんだけど」
「…はぁ」
「テメ、人の顔見てため息吐くって何なんだよ。挨拶くらいしろよな」
「そのセリフそっくりそのままお返ししまーす」
「チッ…はよ」
「おはよう」


下駄箱から取り出した上履きを乱暴に床へと落とすユキ。どうせこのあと向かう先は同じなのでユキが上履きへと履き替えるのを待って、2人並んで廊下を歩く。


「合宿お疲れ様」
「おー。んで?あんなとこ突っ立って何してたんだよ」
「ふふ…見てこれ」
「あぁ?…あー…あっそ」


ユキの目の前に手に持っていた封筒をチラつかせれば、ユキの眉間にみるみると皺が寄っていく。ゲェッとした顔をして目線を逸らし、廊下をスタスタと早足で進んで行くユキの後を慌てて追いかける。どうやらユキもこの封筒に心当たりがあるらしい。


「もしかしてこれもユキが運んでくれたの?」
「ハァ?んなわけねぇだろ」


ついこの間、自転車競技部であった強化合宿。メンバー候補として参加したユキに私が託した1つの封筒は、可愛い可愛い我儘な年下の男の子である真波に宛てたものだった。
私にも合宿にきて欲しいだなんて、随分と可愛らしい我儘を言ってくれた真波。そんなこと言われてもどうしようもないので、私は真波に手紙を書くことにした。内容なんて、どうでもいいことだ。元気にしてますか?とか、寝坊しないようにとか。ラブレターとも言えないただのお手紙を私はユキに託したのだけれど、ユキはちゃあんと真波へとお届けしてくれたらしい。


「ふふふ、お返事きちゃった」
「読まずに食えば?」
「さいてー」


正直返事が来ることなんて期待していなかった。だってあの真波だよ?メールだってろくに返ってこないし、授業中にシャーペンも握らないような真波が手紙を書くなんて、考えもしないでしょ。
それでもきっと、これは真波からの手紙なんだろうなってことが分かってしまう。私が使ったのは青い封筒で、今手元にあるのはピンクの封筒。いつか真波と一緒に出かけた時に買うことになったイルカのキーホルダーと同じ法則。こうやって、私たちしか気づかないような、小さな思い出が増えていくのが嬉しくてくすぐったい。真波がそこまで考えているのかどうかは、分からないけどね。


「夢乃さん」


真波が私の名前を呼ぶ声で、私は自分の名前がちょっとだけ好きになる。可愛い可愛い甘い声に誘われるように後ろを振り返れば、顔の横で手をひらひらと振って笑っている真波が私の少し後ろに立っていた。
私の知っている真波より少し日焼けをしている。だけど私が知っている真波のように、制服のズボンが片方だけ捲れている。ズボンから覗くキュッとした足首が好きだなんて言ったら、気持ち悪いだろうか。好きなのはそこだけじゃないけれど、頭のてっぺんから足の爪の先まで、全部の真波が好きなんだよ私は。真波の周りに、キラキラと眩しいほどの星が舞っている。


「真波」


声をかけて真波の元へと駆け寄れば、またキラキラが眩しくなる。そんな綺麗な笑顔を向けないでほしいけど、私以外に向けられるのも嫌だからちゃんと受け止めますよ。可愛い可愛い真波の笑顔。


「ねぇ、今日オレちゃんと学校きたよ。偉い?」
「偉い!寝坊しなかったの?」
「だってそれ、渡したかったんだもん」
「やっぱり真波からだった」
「オレ以外からだったら困るなぁ」


付き合ってから初めて知ったこと。意外と真波は嫉妬深いらしい。自分はたくさんの人から好意を向けられてるくせになぁ、なんて思うけどどうやら真波は自分に向けられる好意には全く興味がないらしい。それはそれで言い寄られそうで心配だけど、見ていれば分かってしまうのだ。
私を見てくれる瞳がとびきりキラキラしていること。誰といる時よりも楽しそうな顔して笑ってくれること。めんどくさがりな真波がわざわざ手紙の返事をくれたこと。それを届けるために遅刻せずに学校に来てくれたこと。

それって、なんか、うん。

とっても愛されてるなぁ、なんて。


「夢乃さん、オレね、合宿頑張ったよ」
「そっか。すごいね」
「夢乃さんの手紙、毎日読んだよ」
「そんなに?」
「うん。寝る前に読むんだ。そうすると夢の中に夢乃さんが出てくる気がして」
「私出てきた?」
「えへへ。ぐっすり寝ちゃって覚えてない」
「えぇ…まぁ、うん、寝れるのはいいことだけど」


呆れていれば真波の手がにゅっと伸びてきて、私の頬っぺたを両手でそっと包む。優しく触れる大きな手。可愛い可愛いなんて思っているけれど、掌は大きくて立派な男の子の手をしている。


「ふふ、ねーぇ、夢乃さん」


舌っ足らずのような甘ったるい声に、私は弱いのだ。顔を上げて目と目を合わせる。星屑がたくさん詰まった宇宙みたいな真波の瞳が真っ直ぐに私を見つめている。


「会えて嬉しいな。オレ、夢乃さんのことやっぱりだぁいすき」


ここが学校の廊下だとか、後ろにユキがいるんじゃないかとかそんなのどうでも良くなってしまうくらいの破壊力。
隣をすれ違う名前も知らない学生たちが目を丸くして動きを止めたり、キャア!なんて叫び声が聞こえてくるけれど攻撃をモロに喰らった私がそれに反応出来るわけもなく。ただただ固まって真波にされるがまま、宇宙を見つめ返すことしか出来なくなるのだ。

可愛い可愛い、歳下の男の子にこれ以上夢中にになったらどうなってしまうんだろう。

怖いような、楽しみなような。けどまぁ、真波が相手ならどこまでもいってみようかな。

なんて思ってしまう私も大概、真波のことが大好きなのである。





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