生涯何があっても愛する人へ


一生懸命な夢乃さんの横顔を見るのが好きだ。家の中で黙々と洗濯物を畳んでいる夢乃さんをオレはソファに胡座をかいてじっと見つめている。
フローリングにちょこんと正座して、まずは取り込んだ洗濯物を仕分けていく。オレのものと夢乃さんのもの。そこからさらに下着、上、下、と分けていく手つきは流石マネージャーとしてオレ達のことを支えてくれていただけあるなと思う。


「夢乃さーん」
「んー、なぁに?」
「手伝おうか?」
「え、いいよ。真波が畳むとなんかよれてるんだもん」
「えーひどーい」


そんなふうに思われてたなんてちょっとショックだ。そういえば何回か手伝った時、夢乃さんの服を畳もうとしたらやんわり断られてオレの分とすり替えられたことがあったっけ。恥ずかしいのかなと思っていたけれど、あれはオレに自分の分を畳ませたくなかったってことか。でもまぁ、確かにオレが畳むよりも夢乃さんが畳んだ方が綺麗で角がピッタリと揃っている。
夢乃さんは細かい性格ではないしどちらかと言えばオレと付き合ってくれるくらいにはおおらかな性格だと思うけれど、2人のもの、オレに関係あるものは手を抜かないでいてくれることを知っている。
それは洗濯物だけじゃなくて、たとえば料理。
オレのレースに合わせてちゃんとカロリーだとかタンパク質だとか脂質を考えてくれているけれど、細かすぎるなってことはない。オレがこのくらいでいいよって思う範囲でゆるやかに、そしてさり気なくこなしてくれる夢乃さん。レースが終われば突然大盛りのカツ丼を作ってくれて、「やっと食べれる!」と笑ってオレよりも大きく口を開けて美味しそうに食べるんだ。

オレは夢乃さんのそういう、うまく言えないけれどオレとピッタリ当てはまるところが好きだ。
ジグソーパズルのように、ちょうどよくはまっていて違和感がなくて、そこにあるのが当たり前みたいなこの感覚は夢乃さんだからくれるものなんだろうなと思う。この広い世界の中で、こうしてぴったりと揃うピースに高校生の時に出会えたことはオレの人生の中でとても幸運なことだなと思うのだ。高校時代のオレはそんなこと考えてなくて、ただ真っ直ぐに夢乃さんのことが好きってそれだけの感情だったけれど時が経つにつれて、大人になるにつれてありがたさとか奇跡のようなものを感じてしまう。


「ハイ、真波の分。自分でしまってね」
「ありがとーございます」


手渡された洗濯物を胸の前で抱えながら、隣のベットルームへと歩いていく夢乃さんは可愛らしいパジャマを着ていて、短いズボンから覗く白くて柔らかそうな足を思わず目で追ってしまうのは仕方ないこととしてほしい。昔は日焼けしたくないからって、長いジャージを履いていたのになぁなんて。夢乃さんにそんなこと言ったら「いつの話?」だなんて笑われてしまいそうだ。

箱根学園を卒業して、大学に行って、社会人になって。お互いたくさんの人に出会っていろんな経験をしてきたけれど、今でもオレの隣には夢乃さんがいる。
オレが駄々を捏ねて一緒に住むことになった駅から少し離れているけれどスーパーが近くにあって、夢乃さんの希望通り二口コンロ付きのちょっと安いマンション。夢乃さんが選んだ淡い青色のカーテンと、オレが選んだ2人用の木のテーブルと椅子。2人だけの場所に、当たり前だけど2人で生活している。夢乃さんには聞かなきゃ分からないけれど、オレは嫌なところなんてひとつもないし不自由なこともない。ただただ、居心地のいい空間で楽しく毎日を過ごしているだけだ。そこら中にオレと夢乃さんが2人でいる痕跡があって、きっと誰がこの部屋に来ても「あぁこの空間は2人だけのものなんだ」って思えるようなものなんだと思う。外にいるより空気が軽くて、時間がゆっくり進んでいるような不思議な感覚。


「よいしょ、終わったー!」


洗濯物をクローゼットにしまい終えた夢乃さんがオレの隣へと腰掛ける。とんっと肩が触れ合う距離で今更何かを思ったりしないのはもうお互い様。ぴっとりオレにもたれ掛かるようにしてテレビのチャンネルを回す夢乃さんの横顔。もうお風呂に入ったあとなので当たり前のようにすっぴんだからか、余計高校時代の面影があって懐かしい気持ちになる。


「真波、何か見たいのある?」
「んー特にない」
「だよね。私も特になーし。これでいいや」


適当にバラエティ番組を選んだ夢乃さん。またその横顔が可愛くて、柔らかい頬っぺたを指先でつんと突いてみる。ふにゃりと指が頬っぺたの肉に沈んでいくのがちょっと面白くてフッと笑えば夢乃さんはその頬っぺたをぷっと膨らませて反撃してきた。


「何笑ってんの!」
「えー、柔らかいなぁって思っただけだよ」
「…太ったってこと?」
「オレ夢乃さんが太っても分かんないよ。だって毎日見てるんだもん」
「それはそれで困るんだけど」
「じゃあ確認しようか?」


そう言ってぺらりとパジャマを捲れば夢乃さんは口をあんぐりと開けたまま固まってしまった。いいなぁ、いつまで経ってもこんな反応してくれるなら面白い。もう何回見たか分からない夢乃さんの白いお腹に自分の手をぺたりと置いてみる。触ったところで太ったか太ってないかなんて、オレには分からないしどうでもいいことなんだけどね。痩せて夢乃さんが減るのは悲しいけれど、太っても多分夢乃さんが夢乃さんのままならオレはそれでいいし。

オレが好きになって一緒にいたいと思うのは、どんなになろうと夢乃さんだけだ。
またこれから先、もっと新しい世界に飛び込んだとしても、どれだけたくさんの人に出会うことになったとしても、オレの心を震わせてくれて、オレのことを丸ごと愛してくれて、オレのために生きてくれるのはきっと生涯夢乃さんただ1人なんだろうなと、そんなことを突然思ってしまった。
何があったわけでもない。ただありふれた毎日の中の1日の今日だけど、思ってしまったのだからしょうがない。その日がたまたまオレの誕生日ってだけ。記念日なんてオレの性格じゃたくさん覚えてられないから、ちょうどいいかもしれないね。


「夢乃さん」


パジャマの中に手を差し込んだまま、背中へと腕を回す。自分の胸へと小さな身体を引き寄せて、もう一方の手は丸くて形のいい頭へとまわしてサラサラの髪の毛を指でときながら、夢乃さんの大好きであろう、渾身のオレのあざとさを込めて耳元で囁いてあげるんだ。そうすればきっと夢乃さんが断れないことを知っているから。夢乃さんはいつだってなんやかんや可愛いオレに弱いんだ。


「オレと結婚してください」


洗濯物を畳んで欲しいとか料理をして欲しいとか、甘やかして欲しいとかそんな気持ちじゃないんだよ。ただこの先もオレの隣にいるのは夢乃さんだけがいい。


「一生一緒にいるって、約束ちょうだいよ夢乃さん」


離す気はないし離れる気なんて1ミリもないけれど。指輪と紙切れ一つでそれが約束できるならそれでいい。

声を上げずに、ただただ大きく開いた目からぽろぽろと涙を流すだけの夢乃さんにそっとキスをしてあげる。

この先もずっとずっと、オレの人生はあなたのものだよ。


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