わがまま王子の宥め方


ジャンケンでグーを出したら負けてしまった。けどまぁ、いいかなって思っていた。来年は行けるしね。なんて気安く考えていた自分がアホだったのかも知れない。


「えっ、夢乃さん合宿来ないの?」
「うん」
「オレは行くのに?」
「う、うん」
「なんで!?」
「…ジャンケンで負けたから?」


自転車を押して隣を歩いていた真波がぴたりとその場に立ち止まってしまった。それに気づいて私も足を止めて3歩分くらい後ろにいる真波のことを振り返る。手元にあるストップウォッチはあと約5分くらい。あと5分後には真波と一緒に校門へ行き外周へと送り出さなければいけないのに、立ち止まられては困ってしまう。東堂さんだって校門で待っているはずなのに。
私のことを大きな瞳でジトリと見つめて微塵も動かない真波の頬っぺたがぷっくりと膨れていてどうやらちょっとお怒りらしい。怒ってても可愛いけれど、一体何が真波のヘソを曲げてしまったのだろうか。


「夢乃さんも来ると思ったのに…!」


そう言ってぷんぷん頬っぺたを膨らませて、今度は大股で私のことを追い越して歩いて行ってしまう真波。その言葉を聞いてようやく、あぁ、合宿に行かないことを怒られてるのかと気づいた。
一年生ながらインターハイのメンバー候補になった真波は限られた人しか行けない合宿のメンバーにも選ばれている。もちろん、そのことは知っていたからワンチャン私も合宿に行きたいなぁと思ってはいたけれどマネージャーの中で合宿に行けるのも選手と同じように限られたメンバーだけなのだ。3年生の先輩たちにプラスして2年の何人かも参加して欲しいとコーチからお達しがあり、つい先ほど2年のマネージャーでジャンケンをしたところグーを出した私は1発で負けてしまい合宿は不参加で居残り組となってしまったのである。別に、絶対合宿に参加したい!という強い希望があったわけじゃないし、来年になれば絶対参加できるからいいんだけどどうやら真波は嬉しいことに私が参加しないことに怒ってくれているらしい。珍しくぷんすかと怒りのオーラを出しながら早足で歩いて行ってしまう真波のことを慌てて追いかける。


「まーなーみー」
「オレは!夢乃さんも!来ると思ってた!」
「だ、だってジャンケン負けたんだもん」
「なんで負けちゃうの!?」
「ごめんて」
「やだ!夢乃さんも来てくれなきゃやだ!」
「えぇ…そんなこと言われても…」


ぷりぷり怒っている真波は可愛いけれど言っているわがままは全く可愛くない。真波ってこんな我儘だったっけ?もしかして最近甘やかしすぎ?急ぎ足で校門へ向かってくれるのはいいんだけどぶつぶつ文句を言いながら歩く後ろ姿はちょっとだけ怖い。自分なりの優しく甘えるような声で真波の名前を呼んでもこっちを振り返ってくれる気配もない真波は相当ご立腹のようで、どうしたらいいのかお手上げ状態になってしまいとぼとぼと真波の後ろ姿を追いかけることしか出来ない私。こんなことになるんだったら、もうちょい真剣にジャンケンしとけばよかったなぁ。だけどそんな後悔を今更したところでどうにもならないし、真波がこれ以上我儘になってしまっても困る。もし仮に私が合宿に行っていたとしてもずっと一緒にいられるわけじゃなちき真波の面倒だけを見てるわけにもいかないし。
どうしたものかと悩みながら歩いていたらいつの間にか校門へと辿り着いたらしい。真波のことを待っていた東堂さんが私たちのことをちょいちょいと手招きをしている。それを無視するようなツンとした態度を取る真波とちょっとだけ気まずいまま東堂さんの元へと駆け寄る私。聡い東堂さんがそれを見て何かを感じ取らないわけもなく。不思議そうに首を傾げて私のことを見つめている。


「椎名さん?どうしたんだ?」
「いやぁ…なんか…真波の機嫌を損ねちゃいまして」
「ねぇー東堂さん!聞いてくださいよお!夢乃さん合宿来ないんですって!」
「…あぁ、なるほどな」


たったそれだけの会話で全てを理解してくれた東堂さんは神様みたいな人だ。普段山神とかなんとか言ってるけどもしかしたら本当に神様なのかもしれないとこの時ばかりは思う。
手の中のストップウォッチを見れば時間は残り2分。そろそろ真波の機嫌を治さないと大変なことになりそうだ。外周行かないとか駄々をこね出したらどうしよう。いや、流石にそんなことはしないか。自転車に対してはいつでも真剣…いや、真剣な人が練習サボって山登ったりしないんだよな。


「オレは…夢乃さんと合宿に行きたかったんです」
「真波。合宿は遊びじゃないんだぞ」
「知ってますけどぉ。夢乃さんに見てもらいたいんですよオレは」
「隠れてパワーアップして帰ってきたほうがカッコいいんじゃないか?」
「嫌です!夢乃さんに!見てて欲しいんです!離れるのが嫌です!」
「…これは本当に高1か?5歳児…いや、2歳児じゃないか?」


東堂さんがどれだけ宥めてもイヤイヤを繰り返す真波は確かに高校1年生の男子には見えない。例えばこれと同じことをユキがやっていたとしたら相当キツイし面倒臭いしふざけるなと殴ってやるところだけど、真波がやると可愛いという感情も生まれるのだから困ってしまう。あぁ言えばこう言う。だんだんとその場で地団駄を踏みながら訴えている、ちょっと口が達者な2歳児の真波はめんどくさ可愛い。
可愛いけれど、このままでは困る。どうにか合宿に行ってくれないと、真波だってインターハイに出られるかもしれないんだから。1年生でインターハイメンバーになるなんて箱根学園では歴史上ないらしいけれど、もし真波の目の前にチャンスがあるのならしっかり掴み取って欲しい。私も、インターハイを走る真波が見られるのは嬉しいし。
だけど今更私がそんな個人的な理由で「合宿参加させてくださーい!」なんて、先輩たちにお願いするのはまた違う。私以外のマネージャー達だって選手を応援したい気持ちは一緒なのだ。


「ちゃんと毎日連絡するからさ、ね?」
「オレ、ケータイあんま見ないし」
「そこは見てよ!連絡するから!」
「絶対忘れるもん」
「見ろって!なんでよ!見てよ!」
「直接話したいんだもん」
「じゃあ電話するから!ね!?」
「オレ寝てるかもしれないし」
「っ…」


じゃあどうしろと!?なんなのこのクソ我儘真波!どうした?なんでこんな我儘なの?こんなだったっけ真波って!ちょっとイラッとしてきたんですけど!でもまぁ顔を見てしまえばこっちの負けなんですけどね。じとりと私を睨みつけるくりくりの青い瞳が綺麗で可愛い。その拗ねてる顔可愛いね世界遺産!


「…椎名さん、時間は?」


呆れた顔した東堂さんに声をかけられてハッとして手の中のストップウォッチを見れば時間は残り30秒。慌てて声掛けをすればヘルメットを被って自転車に跨る東堂さんと、案外真波もそんな東堂さんに続いて自転車へと跨った。カチリ、シューズがペダルにハマる音が2つ分。


「夢乃さんと行きたかったのに!」
「うるさいぞ真波!諦めろ!」
「えっ、あ、スタートです!」


うわーん!なんて泣き声をあげながら東堂さんに背中を押されて飛び出して行った真波。うーん。いつの間にあんなに我儘になってしまったんだろうか。真波ってあんなだったっけ?
とにかく、このまま真波がだれた気持ちで合宿に参加することになったら困ってしまう。だけど私は合宿には行けないし…さて、どうしたものかと考え事をしながら部室への道を歩いていたら後ろからトントンと肩を叩かれる。振り返れば、洗濯物を抱えた葦木場くんがすぐ後ろに立っていた。


「夢乃ちゃんお疲れ」
「葦木場くんもお疲れ様。それ、半分持つよ」
「えぇ、いいよ。大丈夫」
「そう言わずに!ほら、貸して」
「あ、ありがとう」


葦木場くんの腕の中から半分くらい洗濯物のタオルを奪い取ってから、2人並んで部室へと戻って行く。その道中でも私はさっきまでの真波のことで頭がいっぱいで、どうやら無意識に何度もため息を吐いていたらしい。


「夢乃ちゃん…何か考え事?」
「うん…実はね」


不思議そうに、そして心配そうに眉を垂れ下げて尋ねてくれた葦木場くんにさっきまでの出来事をなるべく細かく話せば、葦木場くんはほんの少しだけ眉間に皺を寄せて困った顔になってしまった。


「真波…困った奴だなぁ」
「でしょ?」
「…でも、真波がすごい奴ってことも知ってるから、真波にはちゃんと合宿で頑張ってきてもらわないと俺も困るよ」


葦木場くんだって、本当は合宿に行きたかっただろうに。合宿に行ける、インターハイメンバーの候補になっている真波のこんな我儘を伝えたら私よりもずっとずっとムカつくだろうしなんとも言えない気持ちになるだろう。どうして配慮しなかったんだよ私。最低じゃんか。


「そ、うだよね。ごめんね、葦木場くんにこんな話して」
「あ、ううん!全然いいんだ!真波だってきっとふざけて甘えてるんだよ夢乃ちゃんに。いざという時はちゃんとやるだろうって、なんとなく分かるんだ。一緒に走ってると」


ぶんぶんと首を横に振ってから、どこか遠くを見てそんなことを言う葦木場くんはとっても強くて優しい人だ。人のことを思える優しさがある。そして真波と走ってると分かるっていうのはちょっと羨ましい。私が知らない、これからもきっと葦木場くんが感じている真波の何かを私が知ることは出来ないんだろうなって、なんとなく思う。


「俺は合宿に行けないけど…合宿に行く人に協力してもらえばいいんじゃないかな?」
「えー…でも合宿に行く人で私と真波に協力してくれる人なんて…」


あ、いるな1人。適役が。
きっと私と葦木場くんの頭に浮かんだのは同じ人物に違いない。絶対嫌がられるだろうけど仕方ない。
雪見だいふくを貢いでやろうじゃないの。



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