どこまでもいけるよ一緒なら


「夢乃さーん!入んないの?」
「やだよ。タオル持ってないもん」
「えーもったいなぁーい」


波が行き来する海に足首まで浸かっている真波が私に向かって叫んでいる。太陽が反射してキラキラ光る水面とその中で笑う真波が眩しくて、砂浜で体育座りをしてそんな風景を眺めていた私は思わず目を細めた。波を蹴り返したり、そのまま立ち尽くしていたり…水面を見て楽しそうに笑う真波が眩しい。まるで絵画みたいだなぁなんて、馬鹿げたことを考えて両手の右手と人差し指で額縁を作って真波をその中に入れてみる。こっちに気づいた真波は不思議そうに首を傾げてから、ひらひらと手を振ってくれた。あ、可愛い。


「夢乃さん、海好き?」


そんなことを言われたのが今から2時間ほど前のこと。日曜日の部活は土曜日に1日練習だったこともありお昼で終わりとなった。使用済みのタオルなんかを片付けをしていれば後ろからかけられた声。振り返れば後ろで手を組んでにこにこ笑っている真波がいる。


「ね、どう?好き?」
「…海が?」
「うん」
「んー…どっちかといえば好き…かなぁ?あんまり行ったことないけど」


海なんて小学生の頃家族で海水浴に行った以来かもしれない。その時の思い出といえば浮き輪につかまってぷかぷか波に浮いたり砂浜で山を作ったり流れてきた海藻みたいなものを捕まえたり、貝殻を拾い集めたり…そんな子供らしい思い出しかないので好きとか嫌いとかの感情はほとんどないけれど。まぁ、どっちかと聞かれれば好きなのかもしれない。嫌いじゃない、っていうのが1番近い感情かもしれないけれど。


「じゃあ一緒に行こう!」


ぴょこぴょこ近づいてきた真波が片付けをしていた私の両手をぎゅっと包んで楽しそうに笑う。うーん相変わらず可愛い。顔がいい。そんなに顔を近づけて手まで握られて、きゅんっと心臓が音を立てるのが聞こえる。
なんだか最近私、真波にちょろすぎる気がするなぁ。こんなのが真波本人にバレたらわがままに拍車がかかってしまいそうだ。いや、別にいいんだけどね。可愛いし可愛いし可愛いし。どれだけわがまま言われたって許してしまいたいし真波のどんなお願いも叶えてあげたいなと思うけれど、あまりわがままを許しすぎると色んな人に怒られてしまうことも分かっているので、何でもないふりをして真波のことを見つめ返す。


「…今日?」
「今日!このあと!ひま?」
「まぁ、予定はないけど」
「じゃあ行きましょ海!ね!いいでしょ夢乃さん」
「うっ…いや、うん、まぁ、いいよ」
「やったぁ!夢乃さんとお出かけ嬉しいな」
「ふふふ、そうだね。私も嬉しいよ」
「ねぇねぇ、もしかしてこれってデートってやつ?ね!夢乃さん、オレとデートしよ」


大きな声でそんなの言われてしまえばさっきまでしていた何でもないふりがボロボロと崩れ落ちていってしまう。顔に集まる熱と、恥ずかしさのあまり吹き出る汗とにやける口元を隠したいのに、両手は真波に包まれてぶんぶんと上下に振られているのだから困る。


そんなこんなで部活終わり、2人で電車に揺られて海までやって来てしまった。制服を着て2人で外を並んで歩くのはちょっぴり新鮮で、顔を見合わせて笑ったり繋いだ右手に力をこめてみたり、指と指を絡めるようにして繋ぎ直したり。真波もそれはそれは楽しそうに笑うのだからこっちはもっと楽しい。
電車を降りてから少し歩いて、海辺へと辿り着けば、目をキラキラと輝かせた真波は靴と靴下を脱ぎ捨て砂浜を走り海へと猛ダッシュして行ってしまった。あまりの速さに目をパチクリさせつつ、私は真波が脱ぎ捨てた靴と靴下を拾い上げ、砂浜にあった少し大きめの石に腰をかけ真波のことを見守っている。まるでお母さんみたいだなぁなんて。真波のお母さんってどんな人なんだろう。どうしたらあんな自由人に育つんだろうか。真波のお母さんも真波の顔に弱かったりするのかな。なぁんて。
制服のズボンの裾を捲り上げて、ジャバジャバと波を掻き分けて歩いていく真波。膝の上に肘をついてその後ろ姿をぼーっと見つめてみる。
太陽の光が海の青に反射する。白い波が押しては返して、その中に1人で立っている男の子。箱根学園の水色にストライプのブレザーと、そこからはみ出ている白いワイシャツ。紺色のズボンから除く白い足。
綺麗だなぁと見つめていれば、真波が大きく両手を広げた。ふわりと、広げられた両手はまるで羽のように見える。
逆光のせいで、真波の顔はよく見えないけれど、今、どんな顔をしているんだろう。いつもみたいにふにゃりと可愛らしい笑顔をしているのだろうか。それとも、私がまだ見たことのないような、真波の別の顔があるんだろうか。


「夢乃さーん!」
「はぁーいー」
「やっぱり、一緒にこっち来てよー」
「えぇー…」
「オレのタオル使っていいから!ね?」


腕いっぱい広げた真波にそんな風に誘われて、断れる女の子なんて世の中にいるんだろうか。
気づけば私も靴下を脱ぎ、ローファーもその場に脱ぎ捨てて砂浜を走っていた。真っ直ぐに、真波に向かって走って行く。砂の上は足が埋まってしまって上手く走れなかったけれど、なんとか足を動かして真波の元へ。広げられた手に吸い寄せられるみたいに走って行く。パシャリと、海の中へと足を踏み込めばひんやり冷たくて気持ちいい。波を掻き分けるようにして進んで、真波のすぐ近くへと辿り着けば真波が嬉しそうに笑う。
相変わらず可愛らしい笑顔にきゅん。また心臓が音を立ててしまう。私はとことん真波に弱い。好きだなぁ。その笑顔。ずっと近くで見てたいし、真波にはずっと笑っていて欲しい。
そんなこと考えていたら、浅瀬にしては割と大きめな波が来て右足が波に飲まれてしまった。バランスを崩しそうになった私の腰を、真波の右手が伸びてきてがっしりと支えられてしまう。


「大丈夫?」
「っ、あ、ありがとう。うん、大丈…」


真波のおかげで転ばずに済んだお礼を伝えようと顔を上げれば、すぐそこにあった真波の顔。長いまつ毛がパチリと一度瞬きをして、大きくてまるでビー玉みたいにキラキラした目がすぐ近くにある。息をすれば触れてしまいそうなほどの距離に、思わず言葉を飲み込んでしまった。
だって、なんて言ったらいいかわからない。どうしたらいいのか、私はこういう時いまだに正解が分からなくて困ってしまう。ドキドキうるさい心臓も、熱く身体が火照る感覚も、真波の顔が近づいてくるときのこのスローモーションも、真波が目を閉じるその瞬間も、全部が全部恥ずかしくてたまらなくて、きゅんとする。頭の中にはたった一つしか、言葉が浮かばなくなってしまうのだ。


「…すき」
「わぁ、夢乃さんずるい」


目を閉じながら、その言葉を伝えれば真波が笑う声がする。そのままちゅっと音を立てて触れた唇。一度離れて、もう一度触れる。ふわふわと柔らかい真波の唇に下唇を包まれたり、ちゅっとわざとらしく音を当てて何度も触れられたり。顔から火が出そうなほど恥ずかしくてたまらないけれど、それ以上にもっともっと触れて欲しい。もっと知りたい。真波のすること、真波のしたいこと、全部私が叶えてあげたいと思ってしまうし、私のしたいことも真波に叶えて欲しいなと思う。


「ん…」
「ん…ふふ、夢乃さぁん」
「っ、な、なに?」
「だぁいすき」


とびっきり可愛い顔してそんなこと言われたら、もうどうしようもない。キスで頭が朦朧としていたのも相まって、くらりと身体から力が抜けていく。あぁ、腰が、腰が抜けてるこれ。


「えっ、夢乃さん、ちょ、おもっ、」
「お、重くないし!」
「ちょっと、も、無理かもオレ…」
「え、うそ、ちょ、真波…っぎゃあ!」


私を支えられなくなった真波が、私と一緒に倒れて海の中へ2人して仰向けダイブ。バシャーンと大きな音を立てて海へと倒れ込み、頭は打たなかったものの尻もちはつくし制服はびちょびちょだし、なんかもうそれはそれは酷い有様だった。とんだ勘違い青春高校生の図である。痛すぎる。

海から上がって制服からジャージに着替えながら不意に襲ってくる羞恥心に耐えていれば、私の背後で同じようにジャージに着替えていた真波がケタケタと楽しそうに笑う声がした。


「あーあ。オレ、今日すっごい楽しかった。ありがとう夢乃さん」
「…そうですか」
「またしましょうね。デート」


あぁ、だから、その笑顔はやめてくれ。そんな可愛らしい顔をされたら断れないんだから。

真波と一緒ならどこまででも行ってやるよちくしょう。


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