可愛い男の子と可愛い女の子


ねね、夢乃さん。

ぺっとりと、甘ったるい声で名前を呼ばれる。付き合う前はころころと軽い音に感じていたけれど、付き合ってから呼ばれる名前はどこかぴったりぺったり、そんな不思議な声に感じる様になった。どろりと砂糖をたっぷり溶かしたミルクティーのように甘い声が、私は好きだ。


「なぁに真波」


授業と授業の合間の短い休み時間に、真波は私の教室へとやって来た。当たり前のように私の前の席へと座って、こっちを見つめてニコニコ笑っている。トイレへ行っていたらしい前の席の男の子は、戻ってきて自分の席に座る真波を見ると呆れたような顔してどこかへ行ってしまった。その呆れた顔、私に向けるのはやめてほしい。別に私が呼びつけたわけじゃあないんだよ。会いにきてくれるのが嬉しいから、叱ったりはしないけれども。甘やかしている自覚はある。


「次の授業なんですかぁ?」
「倫理」
「…りんり」
「1年生はないのか」


そういえばなかったかもしれないなぁ。倫理って、私はそこそこ興味があるし難しくもないし人として当たり前のことを学ぶだけだからテストも簡単だし好きだけど、なんとなく目の前にいる真波は苦手そうだなって思った。何説明しても「なんで?」「どうして?」って言ってきそう。想像したら流石にちょっと鬱陶しい。子供であるんじゃなかったっけ?イヤイヤ期じゃなくて、なぜなぜ期?なんでなんでマン?分かんないけど。真波はそれっぽい。可愛いし。ほっぺもぷにぷにだし。あまりの可愛さに2歳児くらいに見える時もあるし。子供のように純粋で、理由なんていちいち見つけずに自分のやりたいように、好きなように生きてる気がする。
そんな真波が羨ましいなぁと思うと同時にちょっと怖いなぁって思うこともある。誰にも何にも左右されずに、自分の意見ややりたいことを押し通すってことは…多分私が思っているよりもずっと難しい。


「真波ってさぁ」
「んー?」
「怖いものとかないの?」
「…怖いもの?」


私の質問を受けてきょとんと目を丸くした真波。
ふと気になった、真波の怖いものってなんだろう。お化け…はあんまり怖くなさそう。ゾンビとかもニコニコ見てそうなイメージがあるし、血も平気そう。福富さんや荒北さんとも普通に話すし、ユキが怒鳴ったところでヘラヘラと笑っている。隙がないんだよなぁ。なんかこう、私だって真波の弱みを見つけたい。いざという時役に立つような弱みでもいいし、いざという時助けてあげられるようなものでもいい。からかって遊びたいのが6割くらい。守ってあげたいのが4割くらい。
うーんと斜め上の方を見つめながら頭を悩ませていた真波が、「あ」と声を出した。


「風邪。ひくのやだなぁ」
「…風邪が怖いの?」
「うん。オレ、小さい頃体弱くて」
「え?」
「今は元気だよ」


聞いたことない話に、一瞬心臓がひやりとしてしまった。真波はそんな私に気づいたのか、安心してって伝えるみたいにへらりと笑う。それはいつも通りの、私の好きな柔らかくて可愛らしい笑顔で安心する。多分無理はしてない、本当にいつもの真波のままだ。


「小さい頃思い出すと、ベッドの上にいることとか、あとはゲームの画面とかばっかり思い出しちゃうんだよね」


にこりと笑ったまま、なんてことない風にそんなことを言う真波。
私が知らない真波の話を真波の口から聞けることは嬉しいけれど、なんだかあまり楽しい話ではないなぁ。それに、真波は笑ってはいるけれど今の顔はさっきまでの笑顔とはちょっと違う。ふにゃりと優しい中にほんの少しだけ見えるチリチリとした刺々しい真波の雰囲気に気付けるのは私だけならいいなと思うけれど、他のみんなにも気づいて欲しいなとも思う。
単純なように見えて、きっと真波は私が思ってるよりもずっとずっと複雑なんだと思う。可愛くてとろけるほどに甘ったるい笑顔の裏には、私の知らない真波がたくさんいるんだろうなぁ。私だけがそんな真波を知りたいけれど、みんなにも真波を知って欲しいし理解して欲しい。


「男の子に生まれたかったなぁ」
「え?なんで?」
「真波の隣で、真波のこと支えたいなって思ったの」


私は真波と一緒に自転車には乗れない。真波が辛い時も苦しい時も、一緒に辛い思いや苦しい思いを共有することはできなくて、ただ頑張れって背中を押すことしかできない。助けてあげたいなんてさっきは思ったけれど、きっとそんなこと私には出来ないんだろう。なんとなく、真波が助けて欲しいって思う時に私は側にはいられないんだろうなってことが分かる。
だってきっと、真波がそんなことを思うのは自転車に乗ってる時だけなんだろうなって思うから。真波が楽しい時も、苦しくて辛い時も、それらはきっと自転車に乗ってる時に現れる。たまに、そんな当たり前のことが寂しいと思ってしまう。
不思議そうに首を傾げる真波のぷくぷくした頬っぺたを人差し指で突くと感じる柔らかい感触も好き。でもきっとこれは私が女の子だから出来ることであって…うーん難しい。


「夢乃さんが男の子だったらオレ困るよ」
「そお?」


私に頬っぺたを突かれたままの真波が、眉間にきゅっと皺を寄せる。こてんと首を傾げてこっちを見上げてくる真波の上目遣い。きゅるんと大きくて丸い瞳が可愛らしい。


「そしたら夢乃さんとさ、手繋いだり、ぎゅってしたりチューしたり出来なくなっちゃうってことでしょ?」


言い方が可愛い。なんじゃそりゃ。ぎゅっとかチューって…可愛すぎないか?
あの顔から出る可愛い言葉の破壊力は凄まじい。私の心臓をズキュンと撃ち抜かれてしまって、思わず両手で左胸を押さえて額を机に打ち付けてしまった。


「夢乃さんが女の子でオレは嬉しいよ。夢乃さんが女の子だから、可愛いなぁって思うし好きだなぁって思うし、ずっと一緒にいて欲しいなって思うよ」
「…うっ」
「あ、でももし夢乃さんが男だったら、それでもきっとオレは夢乃さんのこと好きになったと思うけど」
「あぁ…あ…」
「うーん…でもやっぱり女の子がいいなぁ。オレ、ぎゅってした時の柔らかい夢乃さんが好き」


えへへ、なんてあざとい笑い声を漏らしてそんなこと言う真波の笑顔はやっぱり、どこからどう見たって可愛くて百点満点だと思う。それはきっと私が女の子だから、真波のことを好きになったからそう見えるのかもしれないと思ったらそれはとっても嬉しいことだなぁって思うんだよ。
だって真波の周りがキラキラ光って見える。ふわふわ優しいハートがたくさん飛んで見えたりして、私の心まで穏やかになったり満たされたり。真波と出会わなかったら、真波のことを好きにならなかったら見れなかった景色なんだろうなって思うと、女の子でよかったなぁ。真波を好きになってよかったなぁって、そう思えてしまうのだ。
一緒に自転車に乗れなくても、真波の辛さや苦しさを完全に分かってあげられなくても、私がいることで真波が楽しかったり、優しい気持ちになれたり、幸せそうに笑ってくれるならそれはそれでいいかなって思うよ。


「真波が風邪ひいたら、今度は私が看病してあげるね」
「え!ほんと?」
「うん。りんご剥いてあげる」
「ウサちゃんにしてくれる?」
「いいよ」
「えへへ…じゃあオレ、もう怖いものなしだね」


机に肘ついて、相変わらずの上目遣いでそんなこと言われたら…それはそれは女に生まれてよかったと両親に感謝してしまうほどの破壊力ですよ。ありがとうお父さんお母さん。




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