きみの笑顔で救われる命がある



夏が近づくにつれて高くなる気温。風すら生ぬるく感じられるような暑さには少しだけ参ってしまうけれど、どうにか必死に手と足を動かしてサポートに回る。額に滲む汗をジャージの袖で拭いながらぱたぱたと走り回っていれば同じマネージャーの先輩に名前を呼ばれ、洗濯カゴを抱えたままくるりと方向転換して駆け寄っていく。先輩の隣には私は知らない、綺麗な女の人が立っていて手を振られたけれど振り返そうにも誰だかも分からないし手も空いてないし…ぺこりと頭を下げることしかできない。そんな私を見てその人はふわりと優しく笑ってはどこか遠くを見るような目をしていた。


「夢乃、この人私の先輩なの」
「あぁ!は、初めまして!椎名夢乃です」
「初めまして。はぁー若いっていいなぁ」


ニコリと笑った先輩の先輩は、私を見ながらそんなことを言うと「突然だけど、ちょっと手を貸してもらえないかな?」と眉を下げた。首を傾げながら話を聞いてみると、どうやら先輩の代を代表して差し入れを持ってきたのだけれど1人じゃ持ちきれないので駐車場に停めている車から下ろすのを手伝ってほしいとのこと。
こうして差し入れを持ってきてくれる先輩はありがたいことに毎年たくさんいる。その全部がありがたいなぁと思うし、伝統ある部活でマネージャーをやってることをほんの少しだけ誇りに思ってしまうのだ。
そんなのお安いご用です!と返事をすればがっしりと両手を掴まれて「ありがとう!」と言われてしまって、なんだかこっちが恥ずかしくなってしまう。間近で見てもとっても綺麗な先輩は、歳が2つしか変わらないなんて嘘みたい。かきあげ前髪も、ぷるんとした唇も長い睫毛も、全部が大人っぽくて私からしたらとっても遠い人に見えてしまう。
駐車場までの間、先輩はとても懐かしそうにいろんな話をしてくれた。自分たちの代はこんなだったとか、大会の雰囲気とかミーティングのあるあるとか、コーチの口癖だとか。共感できる話も多くて楽しいし、それに何より思い出しながら話す先輩はとっても可愛くて見てるだけでこっちも幸せな気持ちになってしまう。差し入れの入った段ボールを抱えて歩きながらお喋りをする先輩をジッと見つめていれば、先輩は少しだけ恥ずかしそうに笑った。


「私さ、現役の時ね、部員と付き合ってたんだ」
「え!?そうなんですか?」
「うん。夢乃ちゃんもなんでしょ?」
「…だ、誰からそれを…」
「さっき聞いちゃった」


ふふふなんて笑う先輩に、今度はこっちが恥ずかしくなってしまう。赤くなっているだろう顔を隠すために俯いてみたけれど先輩はそんなこと気にしていないようで歩きながら話を続けていく。


「つまんなくない?デートとか出来ないでしょ?部活ばっかりで、そんな暇ないもんね」
「それは…まぁ…」
「私もよく構ってほしくてさ、癇癪起こしては怒られてたなぁ」
「先輩でもそんなことあったんですか?」
「あったよぉ。デートしたいし!もっと構ってほしいなぁって、思うこと夢乃ちゃんもない?」


そう言われると…どうだろうか?
デートはまぁ、確かに出来るならしてみたいけれどそもそも真波が時間通りに現れるのが想像つかない。自転車に乗ってどこかへ行ってしまいそうだ。いやでも、前に部活帰りにスポーツショップに行った時は案外普通にデートのようなことをしたような気もする。付き合う前だし、デートと言っていいかは分からないけど。よく分からないイルカのキーホルダーは今だに私のロッカーの鍵につけられているし、真波の鍵にもついているのを知っている。
それに、構ってほしいって思うほど真波が冷たいわけでもない。部活中でも目と目が合えばニコニコ笑って「夢乃さぁん」なんて手を振ってくれるし、校内でも私を見つけては走って駆け寄ってきてくれる。
私も私で、移動教室の合間なんかに真波を見つけるとそれだけで胸が満たされるし、可愛い笑顔を見ればきゅんっと心臓が痛くなる。そう考えると先輩に言われたような…いわゆる不満ってやつは抱いたことがないかもしれないなぁ…なぁんて。


「夢乃さぁーん」


つい今まで、頭の中で思い浮かべていた声が聞こえてくる。

振り返れば白い自転車に跨って、ふにゃふにゃと笑いながらこちらへと向かってくる真波がいた。ギラギラ照りつける太陽を背負うようにしている真波は眩しくて、思わず手を細めてしまう。


「あ、真波」


小さく名前を呼んだ。まだ少し遠くにいる真波には絶対に聞こえていないはずなのに、真波は少しだけ目を見開いてぶんぶんと手を振ってくる。まるで私の声が聞こえているみたいだ。


「えへへ。夢乃さん見っけ」
「外走ってたんじゃなかったの?」
「今帰ってきたとこです。あ!ちゃんと東堂さんに言ってあるから!サボりじゃないよ!」
「なら良かった」


よいしょ、なんて言いながら自転車から降りた真波は当たり前のように私の隣にぺったりと張り付いて自転車を手で押しながら一緒に歩き出す。私が抱えている段ボールの中身をそっと覗き込んでは「わぁ!お菓子がいっぱーい」と楽しそうに笑う真波の目には、私の隣にいる先輩が見えていないのだろうか。
こんなに綺麗で大人っぽくて、スタイルも良い先輩が私のすぐ隣にいるというのに。真波の青くてまんまるの瞳は真っ直ぐに私だけを映している。それは多分自惚れなんかじゃない。その証拠に、隣にいた先輩は突然大きな声で笑い出した。


「アッハハ!やだ、恥ずかしい。私すごい無駄な心配してたみたいじゃん!」
「いやいやそんな、ことは…っていうか真波、挨拶しなさい!」


ヒーヒー笑う先輩に今度こそ恥ずかしくなって、紛らわすように私よりも上の位置にある真波の頭に触れてぺこりとお辞儀をさせた。されるがままの真波の髪の毛はふわふわで気持ちいいし、何より可愛い。


「初めまして。夢乃さんの彼氏の真波です」
「そういうの、いいから!普通で!普通にして!」
「え?なんで?他に言うことある?」
「普通は学年と名前でいいの!」
「あ、そっか」


あははと笑う真波に、嬉しいやら恥ずかしいやら可愛いやらで私はきっと今とんでもない顔をしているだろう。


「くっそー…青春羨ましいなぁ」
「先輩まで!そんなこと言わないでください!」
「あははは!彼氏いないんですかぁ?」
「真波!?シャラップ!」


コイツ!怖いものなしか!そんなことこの場で絶対言ってはいけないでしょ!そしてこんな綺麗な先輩に向かってなんてことを!無意識な煽りダメ、絶対!悪気のない悪意ほど胸に刺さることはない。
失礼なことを言う真波の口を慌てて抑えようにも段ボールで手が塞がっていてどうにも出来ない。私だって、先輩とはついさっき出会ったばかりなのだから怒られたりしたらどうしよう。
最悪の事態を想像しつつ、ビクビクしながら先輩の方を振り返れば…


「はー…顔が良いっていいね。何言われても許せちゃうわぁ」


怒るどころか、真波のことをジッと見つめてはしみじみとそんなことを言う先輩には全力で同意しかない。
この場の空気が唯一分かっていない真波が可愛い顔をしたまま不思議そうにこてんと首を傾げれば、2人して抱えていた段ボールを落としてその場で胸を押さえて蹲ってしまった。


「ぐっ、可愛いっ!」
「イケメン怖っ!夢乃ちゃん、これは、やばいわ…」
「ですよね…やばくないですか?めちゃくちゃ可愛いんです天使なんです…」
「分かる。エンジェルじゃん。こんなのが彼氏なんて…羨ましいっ」


なんとなく馬が合うことが判明した先輩とはこの後、なんと連絡先を交換して今度お茶に行く約束までしてしまった。


「夢乃さん、先輩と仲良くなれてよかったね」


よしよしと頭を撫でてくる真波にまたもやノックアウト。落とした段ボールの中身がお菓子でよかった。

可愛くて仕方ない自慢の彼氏なんです本当に。デートなんかできなくても、なんとなく分かっちゃうんですよ。この人私のこと好きでいてくれるんだろうなぁって。真波の目も、態度も、声も、全部が私のことを好きでいてくれている。私だって、そんな真波のことが好きでたまらないわけですから。私たちは多分これで良いんだと思う。寂しくもないし、これ以上望むものもない。


可愛いは世界を救うって、こういうこと。






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