恥ずかしいやら嬉しいやら



バックの中を漁ったところでもう遅い。どれだけ探しても、中身をひっくり返してもないものはない。教室の後ろにあるロッカーを開けても入っていなくて…そういえば昨日家に持ち帰って洗濯をしたことを思い出す。周りを見渡せばみんな体操服の上にはジャージを羽織っていて…そりゃそうですよね。体操服だけってほどの暑さでもないし日に焼けるし女の子はジャージを着たいよね。分かる。私だってジャージを羽織りたいもの。ないけど。ないから着れないけど。1人だけ半袖の体操着になるのはあまりにも恥ずかしい。


「夢乃?どしたのー?」
「ジャージ忘れた」
「え!?やば!」
「やばいよね…えーやだなぁガチ感でるじゃん」
「部活のジャージ着れば?」
「前それやって怒られてる人いた」
「マジかぁ…どんまい!」


はぁーっも長いため息を吐く私の肩を叩く友人はちゃっかりジャージを羽織っている。いや、いいんだけどね別に。けど多分この人はニヤニヤ笑っているからわざとに違いない。忘れた私が悪いんだけど、ちょっと腹立つ。
仕方なく体育着のまま更衣室を出て廊下を歩く。私と友人以外のみんなも当たり前だけどジャージを着ていて、その中でただ1人半袖の体育着なのは恥ずかしいしやっぱり日焼けも気になる。うまくサボれる授業ならいいけれど…確か今日の体育はサッカーだった気がする。サボれそうにないな。なんて考えつつしょんぼりしながら歩いていれば、後ろからちょんちょんと背中を突かれた。


「夢乃さん」
「真波」
「やっほー」
「やっほー」


私の名前を呼ぶ甘い声に振り返れば、ニコニコ笑った真波がいる。真波の手にはパックのフルーツティーがあって、どうやら休み時間を利用して自販機に行ってきた帰りらしい。
きゅるんと大きな瞳でこちらを見つめてくる真波の可愛らしさたるや、さっきまでの私の憂鬱な気分をビュンっと一瞬で吹き飛ばしてしまうほどの威力がある。真波が可愛いから、別に半袖なんてどうでもいいか。あ、でもやっぱり日に焼けるのは嫌かもしれない。真波もそんなに日に焼けてないのに女の私が真っ黒になったらなんか嫌だ。隣に立ったらオセロみたいになっちゃうし。絶対誰かに笑われる。私の脳内では「どっちが女か分かんねーな!」とユキがケタケタ笑う未来が想像されていて、思わず頭を振って脳内からユキを追い出した。あんたほんと最低だよユキ。デリカシーなし男。


「夢乃さんは、この後体育?」
「そーだよ」
「ふーん。随分やる気あるんだねー」
「ジャージ忘れただけ」
「ありゃ。夢乃さんってばおっちょこちょーい」


アハハなんて笑う真波におっちょこちょいだなんて言われる日が来るとはね。私なんかより真波の方がずっとおっちょこちょいでしょ。寝坊はするし遅刻はするし…って、それはおっちょこちょいとは違うか。でもとにかく真波にそんなこと言われるのはちょっと心外だ。
ムッと頬を膨らませて真波を睨みつけてから、くるりと背を向けて歩こうとすればまたもや背中をちょんちょんと突かれる。
それ、可愛いからやめてほしいなぁ。相変わらずあざといし、多分振り返ったらさっきのように可愛い顔してニコニコ笑っているに違いない。私よりもずっと背が高いくせに、大きくてまん丸の瞳でじっと見つめられるとまるで上目遣いされてるみたいな変な気持ちになるし、私は真波のその目にとっても弱いのだ。そして真波も絶対にそのことを分かってるに違いない。


「夢乃さぁん、怒った?」
「…うっ、怒ってない」
「ね、オレのジャージ着る?貸してあげよっか?」
「え?真波ジャージ持ってるの?」
「うん。多分、ロッカーにある…と、思う」


随分歯切れの悪い言葉だ。真波ってもしかしてロッカー汚いのかな。勝手なイメージだけどそこそこ綺麗にしてるのかと思ってた。
それにしても、ジャージを借りれるのはとってもありがたい。部活中は部活用のジャージがあるだろうし、きっと借りても真波の部活に支障が出ることはないだろう。マネージャーとしても彼女としても、真波の部活の邪魔になるようなことはしてはいけないと思っているけれど、部活が関係ない真波の学校生活のことだったら割とどうなってもいいかなって思ってしまうのはそれだけ私が真波と近い距離になれたって思ってもいいのだろうか。甘えるって、こういうことで合ってるのかな。分からないけれど、真波が貸してくれると言うのであればありがたく拝借したい。日焼けしたくないし、恥ずかしい思いもしたくないし、オセロなんて言わせないぞユキよ。

そんなこと考えながら、真波と並んで廊下を歩いていく。教室に辿り着くと、真波は「ちょっと待っててくださいね」と言って教室の後ろのロッカーの中をゴソゴソと漁り出した。


「あった!」


ロッカーの中からずるりと出てきたジャージは、私の学年とは違う色をしている。そりゃ、そうか。私と真波は学年が違うのだから、当たり前にジャージの色も違う。

頭の中で考えてみる。体操着のまま授業に出た時の恥ずかしさVS真波にジャージを借りて授業に出た時の恥ずかしさ。体操着のままなら先生から何かを言われることはないだろう。言われたとしても「やる気あるなー」とかそれくらい、一瞬で絡みは終わるはず。対して真波のジャージを着た時の面倒臭さは…考えたくもない。先生からしても色が違うから悪芽立ちをするし何を言われるかも予想がつかない。クラスメイトからは生ぬるい目線と、揶揄う声が聞こえてくるに決まってる。

つまりここでの正しい私の選択肢は真波に断りを入れて体操着のまま授業に出ることだと…そう、頭では判断したのだけれど。


「はい、夢乃さんどーぞ」


ふにゃふにゃと可愛すぎる笑顔を向けられ、肩にぱさりとかけられた思っていたよりもずっと大きなジャージ。ロッカーの奥底で眠っていたくせに、ふわりと香るのは真波の匂い。


「…ぐぅ…」
「夢乃さん?どしたの?」
「ちょっと、可愛い顔やめて。首傾げないで。可愛すぎる意志が揺らぐ」
「え、夢乃さんオレの顔好きでしょ?」
「好きだから!やめてって言ってるの!今日も可愛いね!」
「やったー。ありがとー」


後頭部を押さえながらえへへと笑う真波にまたもやズキュンと胸を打たれてしまう私のチョロさ。
さっきまで色々考えていたことは頭から吹っ飛んでいってしまって、あっさりと真波のジャージに袖を通せば真波は満足そうに笑った。このままここにいると私の心臓がもたなそうなのと、そろそろ授業の時間も迫っているので慌てて「後で返すね」と約束をしてから、背中を向けて廊下を早足で歩く。曲がり角でくるりと振り返ってみれば、真波はまだこっちを見ていて私と目が合うと大きく手を振ってくれた。だから、可愛い!なんっだそれ可愛いしかない。無理です可愛いね!私を見る時の真波の甘ったるい目線も、子どもみたいにふにゃふにゃな笑顔も全部まとめて可愛くて仕方ないのだから困る。あれが、私の彼氏だなんて。いまだに自分にビックリしてしまう。


そして案の定、体育の授業が始まればジャージの色が違う私は悪目立ちをしてしまっていた。ニヤニヤ笑う体育教師の目線に気づいてはいるけれど、必死に目を逸らして知らんぷりをする。そんなことしたとこで、無駄だろうけど。


「お、なんだ。1年が混じってるな」
「せんせー椎名さんジャージ忘れて彼氏に借りてましたー」


クラスメイトの返しに周りがキャアキャア騒ぎ出すけれどもう知らない。私は何も知らない。ほら、こうなるって分かってたのに!私のバカ!真波に弱いのどうにかしたい!


「おーい真波!ボールいったよー!」
「真波ー!パスパース!」
「真波さーん!こっち向いてー!」
「…っ、うるっさい!やめて!もうやめて!」


散々クラスメイトに揶揄われて挙げ句の果てには胸に刺繍のある真波と呼ばれることになる始末で体育は散々だった。

みんなから真波って呼ばれる度に、ほんのちょっとだけドキドキしたことといつかもしかしたら…なんて妄想をしてしまったことは私だけの秘密。


33|44

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -