どれだけ知っても、きっと好き


「夢乃さんってオレのどこが好き?」


突然投げかけられた質問に、思わず手の中にあったボトルがするりと落ちていく。あ、と思っていれば後ろにいた真波の手が伸びてきてボトルをナイスキャッチ。せっかく真波のために持ってきたのに、無駄にならなくて良かった。真波はそのままボトルを自転車へとセットして、何事もなかったかのようにこちらを見つめてニコリと笑う。あらまぁ、可愛いね相変わらず。


「どこが好き…って?」
「そのまんまの意味だよ。今日ね、クラスの女の子に言われたんだ」
「なんて?」
「真波くんは彼女さんのどこが好きなの?って」


思わず自分の拳にぎゅっと力が入る。こんなこと慣れっこだと思っていたのに私もまだまだだ。真波の彼女になるって、こういうことだって知っていたはずなのに。
きっとその女の子は真波のことが好きなんだろうなっていうのはどう考えても明らかで、その質問も私に対しての敵意を感じてしまう。そう思うのは、私が捻くれているせいかもしれないけど。でも絶対絶対この子は真波のことが好きだ。そして私よりも真波のことが好きだという自信があって、そんなことを言ったんだろう。キョトンと目をまん丸にして私に質問をぶつけてくる真波はその子の気持ちに気づいているのかいないのか。
私は真波のことが好きだけど、真波の全部を理解出来ているわけじゃない。ふわふわしている真波が意外と人の気持ちには鋭いことを知ってはいるけれど、多分、これはあくまで予測だけど真波にその勘が働くのは真波が興味のある人に対してだけなんじゃないかと思う。自分が興味がある人にはするりと近寄っていくし気がつけば懐の中に入り込んでいくけれど、興味の湧かない人に対しては何の感情も持ったりしない。その証拠に、この前真波になんとなく隣の席の子の名前を聞いたらあっけらかんとした顔で「何だろう?そういえば知らないや」なんて返ってきたので恐ろしい。悪気のない悪意ほど怖いものはない。
だからきっと、真波はその子から向けられている好意には気づいていないのだと…そう思いたい。真波の全部を知っているわけじゃないけれど、真波が私のことを好きだということは痛いほど知っている。不安になる必要がないほどに、ビシビシと好意を感じているのだから不安になることなんかないのにね。女の子の心は難しい。


「それさ、ちなみに真波はなんて答えたの?」
「えー?夢乃さんずるくない?」


そうですよ、私はずるいんです。真波の気持ち知ってるくせに、そうしてわざわざ試してみたくなるようなずるい女ですよ。
私の顔を覗き込むようにして、上目遣いで見つめて来る真波を負け時と見つめ返す。ここで負けてはダメなのよ。知っていてもね、何度も聞きたいし感じたいでしょ。真波からの可愛らしい言葉と気持ち。


「ぜーんぶ好き!って言いましたー」
「ダウト」
「あはは、すぐバレた」


へらへら笑う真波だけど、そりゃそうでしょ。真波がそんなこと言うわけないし、私自身真波が私の全てを受け入れてるとは思っていない。


「夢乃さんのことさ、好きだよ」
「…知ってる」
「顔真っ赤」
「うるさいなぁ」


頬っぺたを指でツンツン突かれながら近い距離でまた真波が笑う。私は真波の顔に弱いって知っててこんなことするだよこの人本当にタチ悪い。タチ悪いけれど、許してしまうのは私が真波のことが好きだからだし真波が可愛いからだ。可愛いねぇ本当に。真波の一挙一動全てが可愛く見えてしまう私はきっと一生真波に勝てない。いつまで経っても真波にされるがまま。でもまぁいいんだけどね。真波に振り回されるのは嫌じゃないし。私だって好きだし、真波のことが。
でも今日の私はここで引けないんですよ。好きなのは知ってるから、今日はもっともっと詳しく聞きたいんだよ。名前も顔も知らない女の子に対して、嫉妬してるんです私。


「オレが何て答えたか聞きたい?」
「うん」
「わは、今日の夢乃さんなんか素直」
「うふふ」
「えー何その笑い方!可愛い」
「クラスの女の子より?」
「あ、気にしてたんだ」
「可愛くないでしょ」
「可愛い」


どう考えても可愛くなんてない。不貞腐れてつまらない嫉妬をした女なのに。真波の大きくてキラキラした目はおかしいんじゃないの。
疑いを込めてギロリと睨んでみても、真波は楽しそうに笑っている。太陽の光が反射してキラキラ光る綺麗な青い髪の毛が眩しくて、思わず目を細める。
そうすると、だんだん近づいてくる真波の整った綺麗な顔。何をされるのかすぐに理解する。恥ずかしさよりも、嬉しさとか愛しさとか、今日だったら真波からの愛情をもっともっと感じたくて、目を閉じそのまま受け入る。ふにゃりと触れ合う唇。
真波のキスは優しくてあったかい。離れていく感覚がちょっとだけ寂しくて目を開ければまだ鼻と鼻が触れ合うような距離でぱっちりと目の目が合う。真剣な目で私を見つめる真波が静かに口を開いた。


「キスするときに見える長い睫毛」
「…は?」
「柔らかい唇も好きだよ」
「……え、待って?それ言ってないよね?」
「えへへ」
「嘘でしょ!?」


へらりと笑う真波。この顔、言ってるな。絶対言ってる。うわ最悪だ!いやいやなんか、思っていたのと違う!惚気を言って女の子を牽制して欲しいとは思っていたけれどそうじゃない。そんな、恥ずかしいことを言って欲しかったわけじゃないのよ真波。普通そういうパーソナルなことを言う?言わないでしょ!恥ずかしすぎる!女の子からなんて絶対話が広がるに決まってる。明日から噂になるじゃん絶対!あの先輩真波とキスしてるんだってって…いや、付き合ってるし何も悪くないけどなんか嫌だ。嫌だよそんなの。


「オレさ、夢乃さんのこと全部知ってるわけじゃないけど、オレが知ってる限りの夢乃さんのことは全部好きだよ」
「…意外と面倒くさいよ私」
「オレのこと好きなんだなぁって分かるからいいよ」
「真波は私に甘いね」
「あはは、お互い様じゃない?」


思っていたよりもずっとずっと贅沢な言葉を聞くことができて、私の心があたたかくなっていく。真波でいっぱいになって満たされていくのだからずるいよなぁ。私だけもらうなんてもったいない。


「真波!早くしろー!」


遠くから真波のことを呼ぶ東堂さんの声が聞こえてきた。あ、そういえば2人で東堂さんのところに向かう途中だったっけ。練習が終わって東堂さんがわざわざ真波のことを自主練に誘ってくれて部室からトレーニングルームへと向かっていたのに…すっかり忘れてた。


「あーあ。東堂さんすげぇ呼んでる」
「真波」
「なぁにー?」
「私ね、真波の顔が好き」
「うわぁ、言うと思った」
「ふふ、でもね」


腕を引っ張れば真波の体がこちらに傾く。その隙に、ツヤツヤの頬っぺたにそっと自分の唇を当ててキスをお見舞いしてやった。振り回されるだけなんて、つまんないしそんなんで満足してたらいつか真波に飽きられてしまいそうだしね。


「私も、私が知ってる真波のことぜーんぶ好きだよ。これからもっともっと真波のことを教えてね」


ポカンと呆けた顔した真波の背中をポンっと押して、くるりと踵を返す。練習の邪魔は出来ないからね、真波の帰りを待ってますよ大人しく。


可愛い顔も、お茶目なところも、綺麗な瞳も、キラキラの髪の毛も、真っ直ぐなところも、自転車のことになると私のことなんて忘れてしまうところも。私が知っている全部の真波のことが好きだし、これからもっともっと色んな真波のことを知って、もっともっと真波のことを好きになりたいなって思ってるよ。







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