夢の中でも会いに行くよ


すやすやと聞こえてきそうな健やかな寝息。閉じられた瞼の先にある長い睫毛をじーっの見つめても起きそうにない。綺麗な顔。可愛い顔。私はこの顔にめっぽう弱い。面食いってわけじゃなくて、この顔にあの声、そしてあの性格をしている真波に弱いのだけれど。お願いされればなんでもYESと言ってしまいそうになるくらいだなんて、バカみたいな本当の話。恋というのは恐ろしい。
いくら人通りがないとはいえ、誰に見られるかも分からないこんな外の原っぱで眠れるなんて随分図太い人だなぁと改めて思う。もしくは、そこまで考えてない子どものように純粋な人。真波にとっては外とか中とかそんな小さなこと関係ないんだろうな。どこでも、誰とでも自由で自分らしさを貫ける真波が羨ましい。そんなところが好きだったりもするんだけど。真波はいつだってキラキラと眩しい。まぁ人を呼び出しといて寝てるのはどうかと思うけど。それだけ、私には気を許して甘えているのだと前向きに考えておくことにする。決して舐められてるわけじゃない、と思いたい。
眠る真波の横に腰を下ろして、自分もそのまま仰向けになってみる。5月のポカポカ陽気はお昼寝にはピッタリの心地よさ。これは確かにすぐ寝てしまえそうだ。チラリと隣に顔を向ければ、変わらずスースーと寝息を立てて眠りについている。


「…真波」
「んー…」


ごろんと寝返りを打って体を真波の方へと向けてさらに少しだけ近づく。普段だったら恥ずかしい距離だけど、寝てる今なら大丈夫。近くでジッと綺麗な顔を見つめつつ、名前を呼べば返事のようなくぐもった声が返ってきた。ただ、目は閉じられたままなのでどうやら寝言らしい。ふふふと笑ってから、もう一度声をかけてみる。


「まなみ」
「…んむ」
「ふふふ、真波」
「……」
「まーなーみー」


喋りかけても当たり前だけど起きそうにない。この子、一回寝たらよっぽどのことがないと起きやしないんだから。だったら何したっていいか。つやつやでふにふにしている、女の私よりも綺麗かもしれない頬っぺたをそっと人差し指で突っついてみる。
やっぱりいいなぁその顔。可愛い、好き。
私、勿体無いことしてたなぁ。もっと早く認めて口に出して伝えてしまえばよかった。何を怖がってたんだっけ。あぁ、そっか。真波が、こんなに素敵な真波が私のことなんか好きになるわけないって思ってたんだっけ。
今でもたまに思う。何で真波は私のことが好きなんだろう。もっと可愛い人も美人な人も真波の周りにはたくさんいるのに。考え出したらキリがない。
それでも真波は私を選んでくれた。私のことを好きだと言って笑ってくれた。私は、真波が好きだと言ってくれるなら私のことも好きだ。だって真波のことが好きだから。真波が好きなものは私も好きになりたい。真波が私を好きでいてくれる限り、私は私のことも愛していける。真波に好かれる私でいたい。真波にとって、自慢の彼女になりたい。私が真波の背中を押したいし、真波が真波でいられる理由になりたい。なぁんて、こんなこと絶対に教えてあげないけど。


「お誕生日おめでとう真波。好きだよ」
「…」
「大好き。だから真波、これからも私のことを好きでいてね」


枕になっていた真波の左手を無理矢理頭の下から引っこ抜くと、バランスを崩した真波はむにゃむにゃと可愛い寝言を言いながら体制を変えた。向かい合うように身体をこちらに向けてくれた真波。身体の上にある左手を引っ張って、小指と自分の小指をそっと絡める。
おまじない。真波がずっと私を好きでいてくれますように。真波にとって、ずっと可愛い私でいられますように。



*****



スースーと気持ち良さそうな寝息が聞こえてきたのを確認して、こっそりと目を開ける。分かってはいたけれど随分と近い距離にある夢乃さんの寝顔。少しだけ開いている口とリップが塗られていてツヤツヤしている唇。ぷっくりとまぁるい頬っぺたも、瞼が閉じられているせいでいつもよりも長く見えるまつ毛も全部が女の子ってことを主張してくるのだから困る。キュッと心臓が締め付けられるように苦しくなって、それからドキドキうるさくなる。夢乃さんといるといつもそうだ。自転車に乗っている時とはちょっとだけ違うこの鼓動が、恋をしているということだと知ったのは夢乃さんのおかげ。


「無防備」


ぽそりと呟いてから、上半身を起こした。パキッとどこかの骨が鳴ったのでうーんと出来る範囲で身体を伸ばしてみる。繋がれた小指は離さないように、慎重に。
あれだけ触られたり声をかけられてしまえば、正直嫌でも目を覚ましてしまう。寝たふりをしてたなんて言ったら怒るだろうか。いや、夢乃さんならきっと呆れたように笑って許してくれる。それに怒ったとしても少し恥ずかしそうに頬を赤くして「もう」って、ただそれだけで終わりだろうな。そんなところも可愛い人だし、ずるい人だなぁと思う。

可愛らしく絡められた小指と小指に目を落とすと、自然と笑顔になってしまった。
困るなぁ。最近の夢乃さんは前よりずっとずっと可愛いことをしてくれる。もちろん前から可愛かったことを知っているけれど、なんというか…こうも素直に甘えてくるなんて正直思っていなかった。
夢乃さんは頭の良い人だ。多くを欲しがらない人。良い意味でも悪い意味でも、自分のことをよく分かっているし周りのこともよく見えている。色々考えて、気持ちに蓋をしていたことを知っている。
でもそれでも、オレはオレを見てくれる夢乃さんのことが好きだった。可愛いし優しいってそれだけじゃない。オレにとって夢乃さんは特別で、夢乃さんだけにあげたい気持ちがあったのに、警戒心の強い夢乃さんはなかなか受け取ってくれなくて苦労した。それをめんどくさいなって思ったこともあるけど、オレはそれよりもずっとずっと夢乃さんのことが欲しかった。夢乃さんに好きだと言って欲しかった。信じて欲しかった。


「ねぇ夢乃さん、きっとね、オレの方が先に夢乃さんのことを好きになったよ」


繋いだ小指にぎゅっと力を込める。こんなことしなくたって、オレは夢乃さんから離れられないんだから安心してね。


「いつもありがとう」


繋いだ指とは反対の手で、すやすや眠る夢乃さんの頭を撫でる。幸せそうに、へにょりと目尻を下げて眠る夢乃さんはどんな夢を見ているんだろう。オレの夢だったら良いのに。そんな願いを込めて、顔を寄せる。ピンク色した唇にそっと自分のそれを重ねれば、ほんのり甘い味がした。夢乃さんとのキスはいつも甘い。

オレね、先のことなんて考えたこともないんだ。この先どうなるかなんて分からない。自分が何をしたいのかも分からない。考えることも苦手。

だけどね、これだけは分かるんだ。絶対、約束する。


「これからもずっと、夢乃さんのことが好きだよ」


だから夢乃さんはこれからもオレのことを信じてね。いつだって笑ってオレの背中を押していて。そしてオレの帰る場所になってほしい。
夢乃さんが欲しいもの、オレが全部あげるよ。




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