怒る時もありますよ、たまにはね


ついこの間までは部活中もジャージを着ていてそれでも寒くてウィンドブレーカーを羽織っていたというのに。


「あっつ…」


教室から外を見たときはいつもと変わらないと思いTシャツの上にジャージを着てきたのだけれどそれも失敗した。思っていたよりもずっと気温が高くて動いているとしっとりと汗ばんでしまうのが気持ち悪い。ならジャージを脱げばいいと言われるかもしれないけれど、まだ大丈夫だろうと思って日焼け止めを塗りそびれてしまったので脱ぐわけにはいかないのだ。グッと腕捲りをしてから、ジャグにスポーツ飲料の粉を入れて水を注いでいく。こんなに気温が高いなら、いつもより多めに作っておいた方がいいかもしれないな。味も少し濃いめにしておこうか。
マネージャーの仕事は正直派手なことはないし地味なことの積み重ねだけどこういう中でやりがいを見つけていくのは嫌いじゃない。そして部員のみんなも優しいから、こういう小さな気配りに気付いては感謝してくれる人が多いのも嬉しい。


「夢乃さん、それオレのボトルに入れていいー?」


水を入れ終わったタイミングでどこからともなく現れた真波。真波はいつでも神出鬼没だなぁなんてぼんやりと考えながらも、真波の手からボトルを受け取ってドリンクを注いでいく。


「オレね、夢乃さんが入れるドリンクが1番好き」
「うわー、真波が言うと嘘っぽい」
「えー本当ですよぉ」


へらへら笑う可愛らしい顔にそんなことと言われたら嬉しいに決まってるけど、多分真波は誰が入れたかなんて分かってないし私じゃないマネージャーが作ったやつを渡して「私が作ったよ」と言っても「美味しい!」と言ってくれるのだろう。それはそれで…まぁ、嬉しいし可愛いんだけど。
ドリンク入れたボトルを渡せば両手で受け取り頬っぺたに擦るようにしてえへへなんて笑ってくれる真波はそれはそれは可愛らしくて私の心臓はドキドキうるさいくらいに音を立ててしまうし顔だってにやけてしまうんだから、そういうあざといことをするのはやめてほしい。今の私はマネージャーなんだから。真波の彼女っていうのは部活中は忘れないといけないんだからね。

暑いってだけじゃなくて、色んな意味で出てくる汗をどうにかジャージで拭う。


「夢乃さん暑いならジャージ脱げば?」
「日焼け止め忘れたの」
「オレの貸してあげようか?」
「あー…いいや。真波のやつ肌に優しくないやつでしょ」
「そういうのはよく分かんないや」


あはは、なんて笑った真波はジャージを腰に巻いてサイクルジャージを着ていて涼しそうでちょっと羨ましい。


「あー…ほんとあっつい」
「そんなに?」
「太陽があつい…」


ジリジリと照りつける太陽はもうすぐそこまで夏がやってきてることが分かる。夏は好きだけど、こんなに早くやってこられても困るなぁ。もう少しゆっくりきてくれてもいいのに。
ニコニコ笑って不思議そうにしている真波は夏が似合うなぁ。太陽の光にきらりと光る髪色が眩しい。まるで後光みたいだなんて言ったら怒るだろうか。いや、怒りはしないか。へらへら笑ってくれそう。それも可愛い。
真波はあまり汗をかかないのか、私と違って涼しい顔をしている。太陽の向きのせいもあって、眩しくて目を細めていたら…


「えいっ」
「ひゃあ!!!?え、うぶ!」


顔面に直撃する水。物凄い勢いで顔にかかってくるその勢いにおもわず変な声が出てしまう。っていうか、痛い!鼻に水入った絶対!なにこれ!ありえないんですけど!てか顔はダメでしょ!なに!?何が起きてるの!?


「アハハ!夢乃さん顔やばいですね」
「…マァナァミィ…!」


ようやく水が収まって、ゲホゲホと咳き込みながら目を開ければ水道水の蛇口を捻りながら笑っている真波。多分、蛇口に指を当てて水をこっちに向けてきたに違いない。顔面から水を被った私は顔はもちろんのこと、ジャージやその下のTシャツまで水浸しになってしまって身体に張り付いて気持ち悪い。
そんな私を見て顔がやばいなんて言ってくる真波には、流石の私も可愛いとは思えなかった。顔は可愛くてもやってることは可愛くない。普通に腹が立つ。


「何すんのっ!」
「夢乃さんが暑いって言うから水かけてあげたんですよ?」
「っ…そんな顔で言われても許さないから!」
「へ?うわぁ!!ちょ、夢乃さん!」
「くらえ!」


負けじとこちらも蛇口を捻り、出口を指で抑えて真波の方に水が飛ぶようにすれば結構な水圧で真波の綺麗な顔面に水がかけられた。びしょびしょになった真波はいつもぴょこんと跳ねているアホ毛もしょぼくれている。蛇口を捻って水を止めれば、キョトンとした顔の真波。
きっと私がやり返すなんて微塵も考えていなかったんだろう。可愛い顔していれば怒られることなんてないって自信があるに違いない。私だって怒る時は怒るんだからね。女の子の顔面に水ぶっかけるのはダメでしょ。しかも彼女。そしてその顔を見て笑うのはもっとダメ。


「…夢乃さん」
「ふふ、思い知ったか真波よ。いくら可愛くてもね、流石の私もブフフフッ!ちょ、ぶ!やめ、やめて!」
「やだー」
「ちょ、も、ブフッ、お、溺れる!」
「アハハハ!そーれっ!」


ニコニコ笑顔で水をぶっかけてくる真波はもう可愛いを通り越して若干怖い。何考えてるの?何思ってそんな笑顔で彼女に水かけてるのこの人。怖いんですけど。爽やかな笑顔でやってる割には水圧が全然可愛くないし本当に溺れそうな勢いでかけてくる。いや、よくこういうことやってる漫画のカップルとかいるけどさ、水圧が違うんだよな全然。これガチな水圧なんだよな真波よ。もう少し可愛らしくできないかな?キャッキャやるレベルを超えてるんだけど、ほんとに!「きゃーやめてよーもぉ!」なんて言う余裕なんてないよこれ。それどころじゃなくて、これはもうなんて言うか、


「ちょ、も…真波!」
「アハハ!」
「っ………やめろ!!!」


女子特有のふざけてたと思ったらマジギレパターンの声を出せば、真波の顔から笑みが消える。やばいと思ったのか、少しだけ焦った顔をして不安げに大きな目でこっちを見つめてくる真波。


「…夢乃さ…うわぁぁあ!」
「はっはっは!騙されたな真波!くらえ!!」


油断してる隙に、今度はこっちから真波に向けて水をかける。蛇口を塞ぐ指をちょっとずつ調整しながら、なるべく勢いよく真波にかかるようにする。


「ちょ、これ、もう乾かないよ!夢乃さぁん!」
「真波が悪い」


顔を手でガードする真波だけどもう顔だけじゃなく頭から足先まで全体的にびしょびしょだ。それでもまだ私の気はおさまらない。真波はこの後自転車に乗ってればすぐ乾くだろうし着替えも用意してるだろうけど私は着替えなんてないんだからね!どうしてくれるのさ!
蛇口を抑える手と、もう片方の手でさらに水の勢いを上げようと水を出すべく蛇口を捻った瞬間…背後に感じる黒い影。


「…椎名!真波ィ!」
「ひぃっ!?」


キーンと頭に響くほどの怒鳴り声に驚いて、手元が狂ってしまう。蛇口はこれ以上ないくらいに水を出す方に回っていて、真波に向けるように調整していた指の位置がズレる。あ、と思った時にはもう遅い。今まででいちばんの勢いの水が、私に向かって飛んでくる。
それはつまり、私の後ろに立って怒鳴っていたユキにも飛んでくるわけで。


「うわ、あぶな!」
「ブフッ!」


ギリギリ水を避けた私の代わりに、全部を請け負ったユキ。
振り返るのも恐ろしくて、そっと蛇口の栓を捻る。もちろん、怒られるのはイヤなので水を止める方向に。振り返ったら負けだ。絶対に振り返ってはいけない。いや、でもちょっと見たいな。頭から水を被ったユキ。なんか変な声出てたし。どんな顔してるか気になるけど、ダメだ。早く、ここから逃げないと。


「アハハ!黒田さんも共犯ですね」


能天気な笑い声に、後ろの温度が下がったのが分かる。やばい、まじでこれはやばい。


「っ、真波!逃げるよ!」


足を動かして、ケタケタ楽しそうに笑っている真波の元へと駆け寄りそのまま手を取って引っ張るように走り出した。
真波は不思議そうな顔をしていたけど、必死な顔している私を見るとまた楽しそうに笑う。


「…っ、椎名!真波!ふざけんなよ待てコラァ!」

「ねぇ夢乃さん見て。黒田さんすげー怒ってる」
「いいから!逃げるよ!捕まったらやばい!殺される!」
「うわーなんか青春みたいだね。ね、夢乃さん」
「分かったから!足動かして!」
「はーい」


へらへら笑う真波と手を繋ぎながら、鬼の形相したユキから逃げ回っていたけどしばらくすれば運動神経が良いユキに普通に2人とも捕まって普通にめちゃくちゃ怒られた。
しかもその後にはドリンクを待っていた荒北さんにも真波と私と、なぜかユキまでめちゃくちゃ怒られて正座までさせられたのは流石にちょっとユキに申し訳なかった。ごめんって本当に。





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