ありきたりなことしか言えないけれど


どこがいいのか?と聞かれるとすぐには言葉が出てこない。良いところと同時に悪いところも浮かんでくるし、その中でどこが1番なのかは私にも分からない。
誰にも何にも左右されないマイペースなところは尊敬出来るけど、遅刻をするのはやめてほしい。ぷくぷくしている赤ちゃんみたいな頬っぺたは綺麗だけれど女子からしてみたら羨ましい。ギラギラと宝石箱をひっくり返したように光る大きな瞳。意外と大きな手。長い指。薄い唇。真波を構成するものはたくさんあって、その中からどれかひとつを選ぶのは難しい。かといって全部、だなんてありきたりな答えをするのも勿体無い。私が好きになった真波のことをそんな簡単に話してしまうのは物足りない。真波の可愛いところ、良いところたくさんあるんだけど、いったい全体、私は真波のどこを好きになったんだっけ。ありすぎて今となってはきっかけなんて思い出せないけれど、随分と簡単に落とされてしまったなぁってことだけは分かる。


「夢乃さん?」


つまるところ、私は真波に弱いのだ。もうどこが良いのか分からないくらいに惚れている。だからこてんと首を傾げて上目遣いでこちらを見つめてくる真波に胸がキュッと締め付けられたように苦しくなるし、キュンっと高鳴る心臓の音が聞こえたような気もしてくる。


「夢乃さぁん」


さっきよりも数倍甘ったるい声を出す真波に押されそうになるのをグッと堪える。ゆっくり一歩ずつ近づいてくる真波に合わせて、私も一歩ずつ後ずさっていくけれど気がつけば背中がドアにぶち当たってしまった。このままドアを開けて逃げたくなる気持ちもあるけれど、逃げるわけにはいかない。
これ以上真波を甘やかしちゃいけないのだ。だって私はマネージャーだし。真波の彼女である前に、箱根学園自転車競技部のマネージャーなんだから。
いくら真波の上目遣いが可愛くても、後ろで手を組んでる姿が可愛くても、ぴょこぴょこ動くアホ毛が可愛くても…ここを退くわけにはいかない。


「ダメです」
「えー…」
「ダメったらダメ」
「…ぶぅ」


頬っぺた膨らませて可愛こぶる真波はそれはそれは可愛いです。ありがとうございます。本当に高校生なのか分からないくらいに可愛い。なんかもう6歳児くらいに見えるからぐでぐでに撫で回して甘やかしたくなってしまうけど…ダメったらダメ。だいたい真波だってこういう顔すれば私が折れるってことを分かっててやってるに違いない。あざとい奴め。その手には乗らないからね今日だけは。
そんな気持ちを込めてキッと睨みつけてみせれば、真波はちょっとだけ目を見開いた。びっくりしてる顔も可愛いけども、ダメなものはダメですよ。


「これから真波はミーティングです」
「だあって、話聞いててもよく分からないんですもん」


もんってなんだ。男子高校生が言うもん、なんてキツイと思ってる女子全員に今の真波を見せてあげたい。破壊力抜群すぎるし可愛すぎて後ろから後光が差して見えるくらい。これは私だけなんだろうか。いや多分そんなことない。女の子たちはみんな今の真波を見たら惚れてしまうに違いない。だったら見ちゃダメだし、真波は私以外にそんな言い方したらダメだからね絶対に。ただそこに存在しているだけでファンが増えてしまうのに、わざわざ自分からファンを増やしに行かれてはたまったもんじゃない。真波と付き合うようになってから知ったけれど、私も大概独占欲が強い。可愛いことは知られてもいいけど、好きになられては困ってしまう。
ふわふわと、背中に羽根でも生やして飛んでいってしまいそうな真波を捕まえておくのは難しい。誰にでも優しくて誰にでも可愛い真波だけど、私の前だけでとびきり可愛くいてほしい。私しか知らない真波をたくさん見たい。
付き合う前はこんな気持ちになることなかったのに。真波は私に知らなかったことをたくさん教えてくれる。


「分かんなくても出なきゃダメなの」
「えー…オレ、自転車乗りたいな?」
「…ダメ」
「ありゃ?おかしいなぁ。今のオレ可愛くなかった?」


あーもうそんなの可愛いに決まってるでしょうが。
正直、今だって私の心臓はドキドキバクバクうるさいし真波にときめいてばかりですけれども。真波も最近はタチが悪い。私が真波に弱いことを気付いててそういうあざといことしてくるんだから。まぁそれが分かってて引っかかる私も私だしそれを楽しんでまた可愛いことを仕掛けてくる真波も可愛いし次どんな可愛いことしてくれるのかなってちょっと楽しみにしている私もいるし…エンドレス。
きっとこの先ずっと私が真波に勝てることなんてない気がする。勝とうと思ってるわけでもないけど。

そんなくだらないことを考えているうちに、距離を詰めて私のすぐ目の前に来た真波。身長が高い真波がこんなに近くにいると見上げる形になってしまうので、ちょっと首が痛い。
それに、あまりの近さにまた心臓がうるさいし、目のやり場にも困る。ついさっきまではどこを見ても可愛いはずだったのに、近くで見たらどこを見てもちゃんとした男の子なのだから不思議だ。


「ねぇ夢乃さん、いいでしょ?」
「よくないよくない。公私混同しません」
「意地悪しないでよ」
「意地悪じゃないの」
「誰にもバレないよ?」
「そう言う話じゃないんだよ真波」


真波の右手が伸びてきて、私の後ろのドアに手をついた。これは、いわゆる壁ドンってやつではないだろうか。真波って壁ドンとか知っててやってるのかな?いや、知らなそう。真波だし。天然でやってるんだとしたら恐ろしいけどね。学校の王子様で、誰からも人気があってカッコいい後輩の男の子が壁ドン。リアル少女漫画じゃん。


「だって、我慢できないもん」
「…ちょっと」
「なぁに?」
「あんまり、可愛いこと言わないで」


こんな至近距離で、キラキラ光る顔で可愛いことを言われると私の中の固い決意にヒビが入っていく。絶対に連れて来いと鬼の形相をしていた荒北さんのこととか、何にも言わずにただ真っ直ぐこっちを見つめていただけの福富さんのこととか、ニコニコ笑っていた新開さんとか、呆れた顔した東堂さんとか、心配そうにこっちを見つめていた泉田くんとか。そういうの全部吹っ飛んでしまうほど可愛い真波の破壊力。

分かった。どこが、とかそう言う次元じゃない。真波という存在そのものが可愛くて仕方ないし甘やかしたくなってしまう。こんな色ボケしたことを言ったところで誰も信じてくれなさそうだけど。「ドラマのヒロイン気取りか!運命の恋とか信じてるお花畑女子か!」うわ、最悪だ。心の中のユキが突っ込んでくる。


「ねーぇ?夢乃さん、お願い」


ずいっと顔を近づけてきた真波が喋ると息が触れる。火が出そうなほどに顔が熱くなってる私を見て真波が笑う。


「だ、め」
「1回だけだから。ね?」
「そう言っていつもいつも…うわぁ!」


言い返そうときたら、突然私の背後のドアが開いた。ドアに寄りかかっていたせいで、支えがなくなってしまった身体はそのまま後ろにひっくり返りそうになる。怖くなってギュッと目を閉じたら、何かにぽすんと当たってひっくり返ることはなかった。けれど、


「お前は部室でナニしようとしてんだ!最近の過激な少女漫画か!」


私の肩を持って支えてくれたのはドアを開けた張本人であろう背後のユキだった。何を勘違いしたのか、恥ずかしいセリフをバカでかい声で叫んだせいで耳がキーンと揺れている。目の前の真波もギュッと目を閉じて体を縮こませているのが見えた。可哀想じゃんか。


「ったぐ、椎名も押し負けてんじゃねぇよ。マネージャーだろ!しっかりしろ!」
「だって真波が可愛いのが悪い」
「じゃあ目でも閉じてろバカ」


呆れた顔したユキを見上げていれば、今度は突然右手を掴まれてそのまま引っ張られてしまい今度は身体が前に倒れそうになる。またまた何かに包まれたせいで転ぶことはなかったけれど。


「あーもう、黒田さんホントやだ。邪魔しないでくださいよ」
「お前も椎名で遊んでんじゃねーよ。さっさとミーティング行け。福富さんたち待ってるぞ」
「ちぇ。じゃあね夢乃さん。またあとで」


一度ぎゅっとしてから、身体を離して頭ポンポン。ひらひら手を振ってドアから出て行ってしまった真波と、それをぼーっとアホみたいに口を開けて見つめてるだけの私。


「…ユキ、真波はね、可愛いだけじゃないんだよ」
「ハァ?頭沸いてんのかお前。どこが可愛いんだよあんな天然ちゃんの」
「どこがって…全部?」
「なんだそれ。ドラマのヒロイン気取りか!運命の恋とか信じてるお花畑女子か!」


うわ、一言一句同じツッコミされた。ユキってホントやだ。真波の爪の垢煎じて飲ませてやろうか。ちょっとは可愛げでるんじゃないの。
まぁユキが真波に敵うことなんてないだろうけどね。頭沸いてようがなんだろうがいいよ別に。

誰がなんと言おうと、私にとっては世界一可愛い彼氏様ですから。





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