わたしの特別をあげるわ


びっくりして目玉が飛び出でるんじゃないかって思った朝8時。朝練もそろそろ終わるかなって時間、諸々道具の片付けのためだけに部室に行きドアを開ければ朝練では見たことのない顔がすぐ目の前に現れた。


「夢乃さぁん!」
「え、真波」


そのまま飛びつくようにしてギュッと前から抱き着いてきた真波はどれだけ可愛くても所詮は高校1年生の男の子。176cm、61kgというそこら辺のなよなよした男の子より実はずっと男らしい体格をしているんだから、そんなのに飛びかかられたらひとたまりもない。イメージ的には優しく抱き上げてよしよししてあげたいんだけど、そうもいかないしそもそも私の腰が死ぬ。鯖折りかけられてないかなこれ。死ぬ死ぬ。割と結構ガチな方で死ぬ。なに?私なんかした?


「おい真波!椎名が死ぬぞ」
「夢乃さん夢乃さん夢乃さん」
「わ、分かったから離して、ほんと死ぬ」


バシバシと真波の背中を叩いて降参をアピールすれば、納得したのかは分からないけど腕の力が緩んでようやく解放された。ふぅっと息をついたのもつかの間、今度は前ではなく後ろにぺったりと張り付いてしまった真波。目の前には呆れた顔をしたユキと、その奥には東堂さんもいる。どうやら今日の朝の掃除当番はこの3人だったらしい。引退してからもなお、自主練の後はキチンと掃除をこなす東堂さんは人間ができてるなぁと感心してしまう。多分私だったら練習だけして後は後輩に任せて帰ると思うし。現に東堂さん以外の先輩たちは皆そうしているし、それを悪いことだとも思わない。東堂さんが朝から人間ができてるってだけ。
そう、今は朝なのだ。朝練終わりはこうして当番制で部員は部室の掃除をして、マネージャーも当番制でその手伝いをすることになっているのだけと私が今まで当番で来た限り、真波がいることなんてなかった。そしてそれが真波だけ優遇されているという訳でもないことは、今目の前にいるユキから口うるさいほどに聞かされていたのでよく知っている。真波の寝坊をどうにかしろとか、アイツだけずるいとか、東堂さんも真波に甘いだとか。最後の文句に関しては私ではなく東堂さん本人に言って欲しいものである。多分言えないんだろうね。ユキは何やかんやでかなり盲目な東堂さん信者の1人だし。ユキの東堂さんへの態度は荒北さんへの態度とは大違いだ。


「真波、ちゃんと来たならちゃんと掃除をしろ」
「別に掃除をしに来たわけじゃないですもん」
「ハァ!?」


東堂さんの注意に対してとんでもない返事を返した真波にユキがクソデカボイスで返すものだから私は鼓膜が破けたかと思った。うるさいユキ、ひっつき虫真波、そして淡々と掃除をこなす東堂さん。朝から真波に会えた嬉しさなんて一瞬で消し飛んだ。あまりにもカオスなこの部室、今すぐUターンして帰りたい。絶対ろくなことがないし巻き込まれたくない。


「なら何をしに来たんだ」
「夢乃さんに会いに来ました」


あらま。それはそれは大変光栄だしとても嬉しいけどもこの場で言うのはやめてほしかったなぁ。本心だとしても隠しておいてほしいな真波よ。これで巻き込み事故に遭うのは確定である。終わった。ギロリと鋭い目で私を睨みつけてくるユキに、降参とばかりに両手を上にあげてみせる。別に私が呼んだわけじゃないし密会しようとしたわけでもないし練習の邪魔をするつもりもありませんよ私は。被害者です。


「どこかの国のワガママ王子か!そんなこと許されると思ってんのか!」
「今日一日、夢乃さんから離れないって決めてるんで。オレ」
「イケメンか!ンなドヤ顔で言っても許されることじゃねーんだよ!」
「黒田さんと夢乃さんを2人になんて絶対させませんからね」
「なるつもりもねーしなったこともねーしなりたくもねーよ!」


ギャイギャイ騒ぎ散らかすユキと珍しく負けじと言い争う真波。いつもならへらへら笑ってユキの小言を聞き流すくせに、今日はどうやら譲る気はないらしい。とことん珍しい真波にどうしたら良いか分からず、とりあえず2人をそのままにして東堂さんの元へと静かに避難する。東堂さんは今の2人に何を言っても無駄だと悟っているのか、一瞥もせずに黙々と掃除に専念しているようだった。そんな東堂さんの背中を突けば綺麗な瞳が私を映す。今日、ちょうど東堂さんと会えてよかった。誰でもよかったけれど、東堂さんだと少し安心。きっとこういうことは慣れているだろうから。


「東堂さん、これ」


カバンの中から取り出した物を見せれば、東堂さんはあぁ、と短く返事をしてからにこりと綺麗に笑ってくれる。さすが、慣れた反応にちょっと安心。多分東堂さん以外の3年生だったら毎年のことなのに丁寧に頭を下げられたり、大きな声を出したり、無駄に良い声でバキュンと撃ち抜かれたりとかしてちょっとめんどくさいって思ってしまったかもしれない。
差し出された手にそれらを乗せようとしたら、私の後ろから伸びてきた別の手がひょいっと取り上げていってしまった。東堂さんの手に渡るはずだったそれら、100均の可愛らしいラッピング袋に詰められたお菓子のバラエティパックの中身を入れ替えただけのチョコレートたち。絵に描いたような量産型の義理チョコを手にしたのは、ニコニコ笑った真波。


「ダメでーす」
「あぁ、そういうことか」


どこか納得したような声を出す東堂さんと、訳も分からず立ち尽くしている私。


「真波、返してー」
「なんで?」
「それは東堂さんたち3年生にあげるチョコで、真波のじゃないよ」
「やっぱりチョコなんだこれ。じゃあダメー」
「男のヤキモチは醜いぞ真波よ」
「そんなこと言ったって渡しませんよ」


私の義理チョコをギュッと抱きしめるようにしてぷくっとほっぺたを膨らませて東堂さんを威嚇する真波はまるで動物のようで可愛い。可愛いけどやっていることは意味不明である。どこからどう見ても、真波の手の中にあるそれは義理チョコであって毎年恒例のものだ。マネージャーから部員たちへ渡す、それこそお返し目当ての義理チョコ。そこになんの意味もないのに、真波は何でそんな必死になってるのか分からない。


「真波のは別にちゃんとあるよ」
「夢乃さん、そういう問題じゃないんだよ」
「はい?」
「例え義理だろうと夢乃さんからのチョコが誰かの手に渡るなんて嫌ですもん」


うわぁお。まるで少女漫画のような百点満点の答えに驚いて固まる私と、その後ろでゲェーッと聞こえる声。
東堂さんは私の前にいるので、多分ユキの声だと思うけどまるで潰れたカエルみたいな声だった。聞いたことない声なんですけど。相変わらず失礼な奴だ。多分顔も相当ひどい顔をしているんだと思う。なんかちょっとムカついてきたなちくしょう。今日ばかりは私をバカにしちゃいけないことをユキに教えてやろうか。知ってるんだからな、ユキがクラスの田中くんとどっちがチョコを多くもらえるかというバカみたいな勝負をしていること。私からの義理チョコが貴重な一個になってることを覚えてないのかな?


「ユキいいの?あげないよ?モテないユキにとって大事な大事な義理チョコ」
「スミマセンデシタチョコクダサイ」


すぐに態度を切り替えて頭を下げて両手を差し出してくるユキ。呆れた顔してチョコを渡そうとすればそれもまたヒラリと真波が取り上げてしまった。さっきの東堂さんのときとは大違いで、いたって真面目な顔をしている真波。真剣な目がこっちをじっと見つめて、ぱちりと目が合うとニッコリと笑ったけど多分それ、笑ってない。


「黒田さんは本当に絶対ダメです」
「なんでだよ!」


ギャイギャイ騒ぎ出したユキとひらりとかわす真波の攻防戦。圧倒的に真波の方が強くてユキがかわいそうだけど、私もそこまで鈍くない。
どうして真波がこんなに必死なのか。どんだけ私からのチョコを独り占めしたいのよ真波。可愛すぎか。
そんなに必死にならなくたって、真波だけの特別を用意してるよちゃんと。


「真波」
「なにー?」


名前を呼べばぴょこぴょこ跳ねるように真波が近づいてくる。すぐ目の前にやって来た真波のキラキラした瞳が眩しいけど、それに負けじと見つめ返す。


「はい。真波だけ、本命チョコでーす」


鞄から取り出した大きめの箱。東堂さんやユキに渡そうとしたものとは明らかに違う見た目。昨日作ったフォンダンショコラを可愛らしくラッピングするのは意外と楽しかった。いつも飄々としているし、今まできっとたくさんのチョコレートをもらって来たであろう真波はどんな反応をしてくれるのか。多分いつもと変わらずになんてことない顔して、受け取るは受け取ってくれるだろうと思ってたけどこれは予想外。
普段も大きな目がもっともっと大きくなって、キラキラ星が飛んでるんじゃないかってくらい輝かせて喜んでくれるなんて。


「オレだけですか?」
「うん、そうだよー」
「オレだけ!?」
「真波だけ」
「…嬉しい!ありがとう!」
「どういたしまして」


受け取った箱をギュッと抱き締めるようにして、嬉しそうに笑う真波の可愛さを見たら、まぁさっきまでのくだらないやり取りを叱る気持ちもしゅるしゅるとしぼんでどこかへいってしまった。

呆れた顔したユキも、無関心で掃除を再開した東堂さんもどうでもいいくらいには、私だって真波に夢中なんだよ。






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