きみはかわいい


「なんかオメェ…」
「はい?」
「…何でもネェ」


部員たちが皆必死にローラーを回しているすぐ横で備品の整理をする私に話しかけてきた荒北さん。何でもズケズケ言ってくるこの人が言い淀むなんて、ろくなことじゃない気もするけどそこまで言われてあ、そうですか。なんて引き下がることもできない。
ストップウォッチの数をメモしてからくるりと振り返れば、めんどくさいと顔に書いてある荒北さんとバッチリ目があった。


「えぇ…そこまで言いかけといて…気になりますよ」
「めんどくせぇことになりそうだからやめとく」


なら最初から言わなければいいのに。なんて先輩に向かって言えるわけもないしがないマネージャーの私はどこかスッキリしないモヤモヤした気持ちのまま今度は新品のタオルの数を数えることにした。ただその間もずーっと私の後ろで休憩する荒北さんのことは気になるけど、気にしたら負けだと思うことにする。荒北さんなんていない。後ろにいるのは仏像だ。荒北さんの置物。決してこっちをジロジロ見てなんかいない。だから気にするな私。

そうだ、別のことを考えて気を紛らわそう!なんて思うと私の頭の中は一気に青色に染まってしまう。ふわふわと風に揺れる触覚みたいな髪の毛と、まぁるくてキラキラ輝く大きな瞳。私の名前を呼ぶ可愛い声。私の頭は思った以上に単純で、真波でいっぱいになるくらいにはハッピーな頭をしているようだった。そういえば、今日真波はどこにいるんだっけ?補修で遅刻とか言ってたような気がする。そのあとはこっちに来るだろうか?それとも今日は東堂さんと外に行っちゃうのかな。部員を贔屓するわけじゃないけど、山に行けたらいいねと思う。だって真波は山を走ってるときが1番楽しそうだしキラキラ輝いてみえるから。


「靖友、サボりか?」
「サボってねぇーヨ!俺のノルマは終わりだバァカ」


何だか賑やかになった背後だけど、振り返ったら負けな気がするので振り返ることはしない。頭の中の真波に癒されながら、黙々とタオルの枚数を数えていく。このタオル、真波も使うんだろうか。当たり前に使うだろうな。そうだ、今度真波の誕生日にはタオルをあげようかな。タオルだったら消耗品だし部活で使ってくれるだろうしそんなに好みも気にならないだろう。それに、真波とずっと一緒にいられる気がしてるいいかもしれない。同じ部活だし、ほとんど放課後毎日一緒にいるけどそうじゃなくて。それだけじゃ足りないって思ってしまうのはワガママだろうか。真波がどこかで坂を登ってキラキラしている時も、平坦でつまんないなーって顔している時も、タオルだったらいつだって一緒にいられるでしょ。

なんて、やっぱり私の頭は真波と付き合ってからハッピーになってしまった気がする。


「椎名さん、なんだかかわいいな」


ピタリと、備品管理表へ記入をしていた手が止まる。振り返れば、こちらを見てニコニコ笑っている新開さんと心底めんどくさそうに顔を歪めた荒北さん。多分さっき聞こえた声は新開さんのものだと思うけど、果たして彼は何を見てそう思ったのだろうか?新開さんから見える私は多分横顔だし、ただただ無の顔をして記入していただけだと思うんだけど。


「前よりかわいくなったと思わないか?なぁ靖友」
「知らねぇヨ」
「…特に何もしてないですけどね」


例えばこれが髪の毛を切った次の日だったとかなら理解ができるけど、今日の私は至っていつもと変わらないはずだ。何なら今は部活中だしちょっといつもよりかわいくないと思う。さっきまで外にいたから髪の毛もきしんでるし、ジャージだし。こんな私を見てかわいいなんて、新開さんはどうしちゃったんだろうか。どうかしてるのか?疲れてるとか?今日の練習ってそんなにハードだったっけ?


「やっぱり恋をすると女の子ってかわいくなるんだな」


バキュン。いつものように右手を銃口にして撃ち抜いた新開さんだけど、果たして今のは何のつもりのバキュンポーズなんだろうか。泉田くんに聞かないと、私にはさっぱり理解できそうにない。


「かわいいのは真波ですよ」
「まぁ真波もかわいいところはあるけど、椎名さんも負けてないぜ」
「…スケコマシの言うことはこれだから」
「椎名、お前いつの時代の人だヨ」


恋をすると、と言うけれどそれならかわいいのは、私じゃなくて真波の方だと思うけどなぁ。ダントツで私よりかわいい。男の子なのにかわいい。何をしたってかわいい。きっと真波なら目に入れたって痛くない。真波を好きになってから、真波が彼氏になってからどんどん真波がかわいくなっていく。甘やかしちゃいけないって分かってはいるけど、あの目で見つめられてふにゃりと笑いかけられたら、しょうがないなぁなんて何でも許してしまいそうだ。例え真波が10悪くても、かわいらしい顔をして「夢乃さん」って呼ばれたら。私はどこまでも真波について行ってしまうんだろう。


「新開さーん荒北さーんサボりですかぁ?」


ガラリと空いたドアから、いつものようにニコニコ笑った真波が入ってきた。ぴょんぴょん跳ねるようにこちらに近づいてきて来るけど、珍しく汗をかいているのが見て分かる。ちょうど数を数えていた山の中から1枚タオルを真波に渡せば、これまたかわいらしい笑顔が返ってくる。ほら、やっぱり真波がかわいい。


「だぁかぁらぁー!サボりじゃねーっつーの!テメェと一緒にすんな!」
「福富さんに言いつけますよ」
「…ずいぶん偉そうな口きくじゃナァイ」
「あはは。荒北さんの顔こわーい」
「あーあ。ほらな、めんどくせぇことになった」


チッと大きな舌打ちした荒北さんは立ち上がって頭を掻きむしると、ヘラヘラ笑っている新開さんの首根っこを掴んでズカズカとドアの方へと向かってしまった。そんな先輩の背中に向かってひらひらと手を振る真波は心が強い。先輩のこと先輩と思ってるかどうかも謎である。
真波のことをじっと見つめれば、汗のせいかいつもはぴょこんと跳ねている触覚が少しだけへたりこんでいる。普段あまり汗をかかない真波が汗をかいてる姿は珍しい。どこかから走ってこっちにきてくれたんだろうか。もしかして山に行ってきた帰りなのかな。真波はいつだって突然私の元に現れるから不思議だ。もしかしたらそのへたってる触覚がレーダーになって私を見つけてるんだろうか。


「…ふふ」
「ちょっと夢乃さん。何笑ってるの?」
「何でもない」


想像したらちょっと面白くて思わず笑い声が漏れてしまったけどこんなくだらないこと本人に言うことでもないから飲み込んだ。理由が気になるのか、文句を言いたげにぷくっとほっぺた膨らませる真波はやっぱり、しつこいようだけどかわいい。
私なんかよりずっとずっとずーっと真波の方がかわいいんですよ新開さん。真波のかわいいところなら1時間だって2時間だってプレゼンできるかもしれない。もし私が小学生だったら、夏休みの自由研究は真波の魅力について研究したい。
そんなくだらないことを考えてしまうあたり、やっぱり私の脳内はだいぶハッピーになってしまっている。全部真波のせいだけどね。


「あ、ねぇ夢乃さん。今何考えてたの?」
「え?んーすんごいくだらないこと」
「そうなの?」
「うん。どうして?」
「今の夢乃さん、なんだかすっごいかわいかったから」


パチパチと瞬きを繰り返す私と、へにゃりと笑っている真波。


「…それ、さっきも聞いたなぁ。なぁに?流行ってるの?」
「え。どうして?誰に言われたの?」
「新開さんがからかってただけだよ」


そう言えば、真波の笑顔がくしゃりと歪んでしまった。今まで見たことのないような渋い顔をしている真波はレアだ。それは一体どういう感情なの?さっきまでのかわいい真波はどこいっちゃったんだろうか。


「夢乃さん」
「はぁい」
「かわいいね」
「は?」
「かわいい。すっごいかわいい」
「ちょ、真波?」
「どんどんかわいくなっちゃうね」


私の大好きなまぁるい目がじーっと真っ直ぐに私の目を見つめてくる。真波の青い目の中に映るのは、ぽかんと口を開けた私。どう見てもかわいくなんかないし、どっちかというとマヌケな姿だと思うんだけど。真波が見てるのは本当にこの私なんだろうか。好きな人にかわいいと言われて嫌な気はしないけど、そんなにストレートに言われると恥ずかしくてたまらない。
新開さんに言われた時は受け流すことができたはずなのに、真波に言われると嬉しい気持ちと恥ずかしい気持ちといろんな気持ちが入り混じって、もらった言葉を大切に心の中にしまっておきたくなる。私の心の宝箱に大切にしまっておいて、寂しくなったら引っ張り出して癒されたい。


「真波のおかげだね」
「何が?」
「なんでも」


不思議そうに首を傾げる真波には教えてあげないけど、新開さんになら教えてもいいかなぁ。

私がかわいく見えるのなら、それはきっと私が真波のことを好きになっちゃったからですよってね。











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