いつかいつかのお約束


グングン進んでいくみんなの自転車をゼィゼィ言いながらママチャリで追いかける私。当たり前だけど追いつけるわけもなく、私と部員たちの距離はあっという間に開いてしまった。別にぴったりくっついて行く気はなかったけどこうも簡単に引き離されてしまうとちょっぴり悲しくもなる。ただまぁ、こんなか弱い女の子に目もくれず部活に一生懸命なことは良いことだ。流石箱根学園自転車競技部。だなんて自分に言い聞かせてまた私はママチャリのペダルを踏む。ギアがついててよかった。欲を言えば電動自転車にして欲しいけど。今度顧問の先生に訴えてみよう。

本来であれば顧問が運転する車に乗って優雅に箱根の景色を楽しんでいるはずだった。いつも足りない備品の買い出しは顧問の先生の車で街まで買いに行くのだけれど、本日まさかの臨時職員会議。なら明日の買い出しでいいじゃないかとマネージャー内では落ち着いたのだけれど、今日に限って荒北さんがまたもや無茶な走りをして派手に怪我をしてしまい包帯が足りなくなってしまったのだ。


「包帯なんていらネェ!」
「ダメです!ちゃんと治療してください!」
「大袈裟なんだヨ!こんなんすぐ治るっつーの!」
「治りません!」


包帯が足りないことに気づいてしまった荒北さんはギャアギャア騒いでいたがそういうわけにもいかない。私たちマネージャーへの優しさなのかもしれないけど、レギュラーの怪我を放っておくなんてことができるわけもない。買いに行きますから、と宥めていたが大人しく言うことを聞かない荒北さんにどうしようかとマネージャー陣みんなで頭を悩ませていたところに、


「さーせん…包帯ありますか…」
「…黒田、オメェなぁ…」


これまた顔面血塗れのユキがやってきた。ナイスじゃないけどナイスである。

こうなってしまえば、荒北さんも何も言えなくなってしまう。荒北さんは自分の怪我は放っておいても構わないかもしれないが、人の怪我を放っておけるような冷たい人じゃない。
公平に、マネージャー内でジャンケンをした結果私は残念ながら負けてしまい、こうして必死にママチャリを漕いで山を下っているのである。
ちくしょう、誰だ箱根学園を山の上に建てたのは。駅の目の前に建てろよバカやろう。なんなら薬局の目の前に建ててくれればよかったのに。


「あー…しんどい」


夏が近づいているせいもあって、太陽が近い箱根の山は暑い。もちろん気持ちが良い風も吹くのだけれどやっぱり暑いものは暑い。体操着が汗でぺったり張り付く気持ち悪さと戦いながらもなんとかペダルを漕いで進んで行く。
私は普通の距離を走るだけでもこんなに大変なのに、ロードレーサーに乗って毎日毎日もっともっと長い距離を走る部員たちは凄いなぁ。もちろん苦しそうな顔をして死に物狂いで走っているけれど、続けようと思えることが偉い。こんなに暑いのに、さらに汗をかこうと思えるのが凄い。

それに、こんな暑くて苦しいのに、笑顔で楽しそうに走る人はもっと凄い。
頭の中に浮かぶ、ぴょこんと跳ねるアホ毛。坂を登ってくるときの楽しそうな笑顔。

あんなに楽しそうに自転車に乗る人はごく稀だと思う。部員たちだって、大抵はみんな練習中も苦しそうだし真面目な顔をして走っているというのに、真波はいつだって楽しそうに笑っている。
私はそんな真波を見るのが好きだ。あの可愛い顔が私を見つけるともっと可愛い顔になって「夢乃さん!」と笑ってくれる。ぐんぐんと風に乗ってスピードを上げてきて、私の前でピタリと止まって、やっぱりまた笑うのだ。私はその真波の顔が1番好き。真波を待ってる時間も好き。


「夢乃さん!」
「…」
「あれ?夢乃さーん?」


あぁ、ついつい脳内で真波を思い出していたら幻聴まで聞こえてきてしまった。やばいかもしれない私。そうだよ。あの私の名前を呼ぶ甘ったるい声も可愛い。私のことを呼ぶときだけ、真波はとびきり甘い声を出すことを知っている。


「夢乃さぁん!」
「へ、わ、ぎゃあ!?」


幻聴にしてはやけにリアルだなぁと思ってふと横を見れば、すぐそこに真波。


「わ!大丈夫!?」


公道で自転車の並走、ダメ、ゼッタイ。

突然の真波にびっくりして急ブレーキをかけ自転車を止めると、私より少し進んだ先で真波も同じように自転車を止めてこちらを振り返っている。心配そうな顔をして見つめてくるけど…いや、どうした?なに?なんで真波?


「…真波?」
「なに?」
「いや、名前呼んだわけじゃなくて…どうしたの?」
「さっき外周から戻ってきたんだけど、他のマネージャーさんたちが夢乃さんが買い出しに行ったって言うから追いかけてきちゃった」


えへへ。なんて、またまた可愛らしく笑う真波は私のドストライクなので怒れるわけもないし怒る理由もない。ずるい男だと思う。絶対分かっててやってるんだから。


「一緒にサイクリングしようよ」
「いや、練習しな?」
「今日はもうノルマ終わりましたよう」
「…ほんと?」
「今日は本当です!」
「今日は、ね」
「それにね、1人じゃ危ないからってちゃーんと東堂さんに許可もらってるから大丈夫」


たしかに、箱根の山道は街灯が少なく日が暮れると1人では心細い。空を見上げればもう少しオレンジ色に染まり出していた。夏とは言えど、山は突然暗くなるから…正直真波がいてくれると安心するかもしれない。
分かったと伝えて、自転車を漕ぎ出せば私の後ろにピタリと真波もついてくる。ロードでは当たり前のこのゼロ距離だけどママチャリの私はちょっと怖い。だけどどんなに漕いでも漕いでも真波はピッタリと着いてくる…って、そりゃ当たり前か。こんなママチャリに着いてくるのなんか真波にとっては簡単すぎるでしょ。分かるけどちょっと怖いしやめてほしい。いや、別に真波のことを疑ってるわけじゃないんだけど。


「あのさ、真波」
「なんですかー?」
「近いなぁ」
「えー?普通ですよー」
「相変わらず距離感バグってるね」
「夢乃さん限定で」
「わぁーうれしーなー」
「オレも夢乃さんとサイクリング嬉しいなぁー」


これはサイクリングと呼んで良いのか私には分からないけど、まぁ真波がそう言うならそうなんだろう。

ただ本当は、きっと2人でロードバイクに乗ってどこかもっと綺麗な景色を見れたら1番良いんだろうな。私はロードバイクに乗ったことがないけど。真波って人に教えることができるのかな。出来なさそう。教えてくれたら嬉しいなぁ。バカかもしれないけど綺麗な景色の中を2人して、くだらないお話をしながら一緒にサイクリングがしてみたい。
今まで、マネージャーをしててもロードバイクに乗ってみたいなんて思ったこともなかったのに。真波ってすごいなぁ。私をどんどん変えていっちゃう。
真波が言うならサイクリングも楽しそうだし、ロードバイクにも乗ってみたい。


「まーなーみー」
「はーぁーいー」
「楽しい?」
「うん!すっごく楽しい!」
「じゃあ今度はお弁当持って行こうか」
「え!?ほんと!?」
「うん。おにぎりとサンドイッチどっちが良い?」
「オレおにぎりが好き!」


ぴったり後ろについてきた真波が急にスピードを上げて私の隣に並んでくる。さっきまでよりもずっと嬉しそうにニコニコ笑っている真波はおにぎりが好き。基本中の基本かもしれないけど意外と初めて知ったかもしれない。


「わぁー夢乃さんのおにぎり楽しみだなぁ!」
「ただのおにぎりだよ」
「夢乃さん夢乃さん」
「はぁい」
「約束ね?また今度、デートしましょう?」


首を傾げてニコニコ笑ってこっちを見上げてくる真波。とびきり甘い声を出す真波。
うん、可愛すぎる。

でもね。


公道で自転車の並走、ダメ、ゼッタイ。







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