ぼくの世界を彩る魔法


キラキラ輝く不思議な魔法。
何をしていても可愛く見えてしまう魔法。
優しく笑う笑顔に心臓がキュッとなる魔法。

例えばふとした瞬間。授業中だとか、登下校の時、夜布団に潜る時。ふと頭の中で夢乃さんがにっこりと笑っている姿が浮かんでくる。その度にオレは嬉しくなって、すぐに夢乃さんに会いたくなってしまう。
胸の奥がふわふわして身体の中に風が吹くような、そんな感じ。今すぐ自転車に乗って駆け出せば誰にも負けないくらいに速く走れるんじゃないかなぁなんて思えるくらい。
うまく説明できないけど、多分この感覚が好きっていう気持ちなんだと思う。


「真波」


そうやって、夢乃さんが甘い声で呼んでくれるオレの名前が好き。呼んでくれるのが嬉しくて、ちょっと前に聞こえないふりをして何度も何度も呼ばれても無視してたら流石に怒られてしまったから、今日はちゃんと振り向くことにする。
きっと、夢乃さんに嫌われてしまったらオレの世界は灰色になっちゃって、何にも楽しくなくなっちゃうんだろう。


「なぁに?」
「何でもないけど…ぼーっとしてる?大丈夫?」
「あはは、うん。大丈夫だよ」


自転車を押しながら、夢乃さんと2人並んで歩く。
冬はあまり好きじゃないと思っていた。小さい頃、部屋の中から眺めることしかできなかった雪景色。外で元気に遊ぶみんなをただ見つめているのが寂しくて絵本をたくさん読んだ。冬は地面が凍結するから外では自転車に乗れなくなって、ローラーばかり。山に登れないとつまらない。早く冬なんて終わってしまえばいい。あたたかくて心地良い風が吹く春が好きだ。ピンク色した桜の中をビュンビュン駆け抜けていくのが好き。自転車に乗れる季節が好き。自転車に乗れないは嫌い。オレの中での季節の基準はそれだけ。

そう思っていたのに、夢乃さんと2人で歩く冬は悪くないかもなんて思ってしまう。隣を歩く夢乃さんは寒い寒いと言いながら小さい手に息を吹きかけているのを見ているとどうしてか、まぁ冬も悪くないかもなぁなんて思えてくる不思議。1人でいた時は気づかなかったこと。冬は寒いだけじゃないってことを夢乃さんが教えてくれた。
今まで気づけていなかったこと、知らなかったこと、夢乃さんといるといろんなことが見えてくる。不思議だなぁ。夢乃さんといるとオレは魔法にかかったような気分になる。もしかして、夢乃さんて魔法使いなのかもしれない。


「あ、そうだ真波。いいものあげようか」
「いいもの?」
「いいもの…だと思うけど…そんなキラキラした目で見られるとプレッシャーだなぁ」


ごそごそと、肩にかけているスクールバックの中身を探る夢乃さん。手が触れてしまったのか、チリンと鈴の音が聞こえてきた。それはオレが持ってるものとおんなじ音。夢乃さんも律儀にオレと同じ、部室のロッカーの鍵にお揃いのキーホルダーをつけてくれているのを知っている。オレと夢乃さんが同じキーホルダーを持ってるって知った時の黒田さん面白かったなぁ。目も口も大きく開けて、耳が割れるんじゃないかってくらい大きな声を出した黒田さんを思い出す。
オレはその時はもう既にオレも夢乃さんもお互いにきっと同じ気持ちだろうなってことは気付いていたけど、正直どうにかしようって思う気持ちはそんなになかった。夢乃さんが望むなら、このまま心地良い水の中にぷかぷか浮いているのも悪くないかもしれないなぁなんて思っていたけどオレの夢乃さんに対する気持ちが伝わらないのは少し悔しい気がした。どんなに優しくてしも、気を引いても、口にしても、夢乃さんはオレのことを見ているようで見ていなかったから。それはちょっと、かなり悔しいなぁなんて。だってひどい。オレはこんなにも夢乃さんでいっぱいだったのに、夢乃さんはオレの気持ちを1ミリだって信じないし受け取ろうとしないから。それが悔しくて、気づいて欲しくて、少しだけ意地悪をしちゃったけど。そのおかげで今があるなら良かったのかもしれない。
夢乃さんがオレを見てくれる。信じてくれる。受け入れてくれる。それがこんなにも嬉しくて幸せなんだってことを知ることができたから。


「はい、どーぞ」


夢乃さんが鞄の中から引っ張り出したのはラッピングされた袋だった。青いリボンがかけられたそれは、まるでプレゼントみたい。


「クリスマスプレゼント」
「…え!?」
「え?今日クリスマスでしょ?」
「あ、そっか…今日、クリスマスかぁ」
「忘れてたの?」


しょうがないなぁ真波は。
なんて言いながら笑う夢乃さんだけどオレはそれどころじゃない。クリスマス。すっかり忘れてた。そういえばそろそろだなぁって思った記憶はあるけど夢乃さんも何も言わないし…いや、人のせいにするのは良くないって分かってるけど。だけど今日だってあまりにもいつも通りだったから、特別な日って感じもしなかった。確かに思い返せば今日はやたらと部室で黒田さんに「リア充うぜー!」とか八つ当たりされた気がするけどいつものことだし。そうか、そういうことだったのか。


「ごめん」


冬は嫌いだとか、夢乃さんは魔法使いだとか。くだらないことばっかり考えていたオレなのに、夢乃さんはニコッと笑ってくれる。


「何が?」
「クリスマス、忘れてて、何もできなくて」
「あぁ、そんなこと?いいよ別に」


チラリと夢乃さんを見てみるけど、やっぱりいつも通りにニコニコ笑っている。怒ってないのかな。普通怒らないのかな。せっかく付き合ってはじめてのクリスマスなのに。部活があったにしても、オレたちはあまりにもいつもと変わらなすぎた。夢乃さんはプレゼントを用意してくれていたのに、オレは何も用意してないし。
思い返せば、オレは夢乃さんにもらってばっかりだ。


「夢乃さん、何か欲しいものない?」
「え?」
「今日は無理だけど…今度絶対買ってあげるよ。約束する」
「あぁ、良いよ、気にしなくて。私があげたくてあげただけだから」
「…オレだって、」
「ん?」
「オレだって、夢乃さんに何かあげたいよ」


自転車だらけのオレの頭の中だけど、その先には夢乃さんだっているんだよ。

寒い冬は自転車に乗れないけど、夢乃さんが寒い寒いって縮こまっているのが可愛い。ローラーは好きじゃないけど、室内を走り回る一生懸命な夢乃さんと同じ空間にいれるのが嬉しい。春はあたたかくて心地いい風が好き。満開の桜を夢乃さんと一緒に見れたらいいのに。秋はシャクシャク落ち葉を踏みながら歩くのが好き。夢乃さんは秋になると少しだけ太るのを気にしているのが可愛い。夏は太陽が近くなる、カラッとした風が吹く山が好き。熱くて熱くて苦しい季節だけど、今度は夢乃さんの元に1番に自転車で駆けて行きたい。


「私はもうたくさん真波にもらってるよ」


キラキラ輝く不思議な魔法。
夢乃さんが笑うと、オレの心臓がキュッと締め付けられて苦しくなる。どうしてだろう。もしかしたらオレの心臓、夢乃さんが持っているんじゃないかな。


「真波と一緒にいるだけで毎日幸せ」


そんなの、オレだってそうなのに。


「…夢乃さぁん」
「なぁに真波」
「オレすっごい、今、生きてるって感じ」
「あはは、じゃあ一緒だね」


2人並んで歩く冬の帰り道。
キラキラ世界が輝いて見える不思議。


やっぱり、うまく説明できないけど。
多分これが恋をするってことなんだと思う。


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