ご褒美あげようか


「…なにこれ」
「あ、夢乃さぁん、助けて」


山積みになったプリントに呆然と立ち尽くしていれば、プリントの山の後ろからひょっこり真波が顔を覗かせる。
こんなプリントの山、見たことないんだけど。なんなのこれ。何したらこんなことになるの?っていうかこれ終わるの?大丈夫?
頭の中をぐるぐる心配事が駆け巡ったけれど、そんな私のことなんてお構いなしにガタリと椅子から立ち上がった真波がこちらに駆け寄ってきて私の両手をぎゅっと握って上目遣いで見つめてきた。これは絶対に確信犯だ。可愛いと思ってやってるに違いない。ってことは分かってるけど…分かっていても可愛いものは可愛い。私はその真波の可愛い顔にとてつもなく弱いのだ。
前々から弱いけれど立場が先輩と後輩から彼氏と彼女に変わってからはなんかもうさらに弱くなった気がする。前よりもずっと真波がキラキラして見えるというか、真波の周りの空気が甘ったるいというか…真波の甘えたが加速してる気がする。素直に甘えてくるしストレートにぶつけられる感情がむず痒くて、それらも含めて全部可愛くて仕方ないのだから困る。


「これ、全部今日中にやらなきゃいけないんだって」
「人ごとみたいな言い方しない」
「えへ」
「可愛いけどダメ」
「ちぇ」


私の両手を握ったままブンブン揺らしてそんなこと言ってもダメなものはダメなんだよ真波。なんてったって今日の私のお仕事は真波のこの課題を終わらせることなんだから、今から甘やかしてたら何時間かかるんだか分かったもんじゃない。

ついさっき、部活に向かおうと放課後の廊下を歩いていたら偶然出会した東堂さんに呼び止められ、そのままなぜか2人で職員室へと向かう羽目になった。突然拉致られ訳がわからなかったが東堂さんに首根っこを掴まれてしまえば抵抗することなんてできやしない。廊下を歩いているとき、主に女子生徒からの視線が痛かったけどもう途中で気にするのをやめた。
私のことを掴んだまま職員室へと入った東堂さんはなぜか細かくてうるさいと有名の一年生の学年主任の元へと足を進めて、先生の名前を呼ぶと今度は私の頭を押さえ、そして自分も頭を下げた。私は訳もわからず無理やり頭を下げさせられているけどなんかもうどうでも良くなってきた。


「先生、うちの部員がご迷惑をおかけし申し訳ございません」
「東堂か。いや本当に、真波には困っているんだよ」


何となく、会話の流れから何が起きているのかを察して私は自ら頭を下げるのを続けることにした。おそらく、真波の遅刻や授業態度が問題になってるってことだろう。それを部活の副部長である東堂さんが謝りに来たって、割と最悪な事態なんじゃないだろうか。というかなんでそれに私が連れてこられたかは分からないけどこの冷え切った場面で「私いります?」なんてこと言う勇気はない。たとえ目の前の先生が嫌味ったらしくため息をついてうだうだと真波のことを悪く言っていたとしても、反抗なんてしてはいけないのだ。視線をチラリとずらせば、足の横に綺麗に添えられた東堂さんの拳がぎゅっと固く握られているのが見てるから、私だって我慢するしかない。


「このままじゃ真波に部活をさせるわけにはいかなくなるんだよ」
「…授業態度や課題に関しては俺からもキツく言っておきます」
「あの真波が、東堂の言うことなら聞くのか?上級生だからといって従うような奴には見えないが…」
「大丈夫です。俺だけでなく椎名が面倒見ますので」
「…はい?」


突然名前を出され、思わず顔を上げれば先生と東堂さんが2人揃ってこっちを見つめている。


「先生、今後真波に何かあれば椎名へ言っていただければ大体何とかなります」
「え、ちょ、東堂さん!?」
「…そうか!助かる…助かるぞ椎名!」
「いや先生そんなキャラでした!?」
「真波にはほんっっっとうに困ってるんだ!頼んだぞ椎名!」


私が想像していた細かくうるさい先生とは何だったのだろうか。先生に肩をがっしりと掴まれてそんなことを言われてしまえば「いや無理です」なんて言える訳もなく、聞き分けの良い生徒な私の口からは自然と「はい」という言葉が出ていた。隣の東堂さんがニヤリと笑ったのが視界の端で見えたので、あ、これはハメられたってわけだ。東堂さんはこういうことする人じゃないと思ってたのに。
先生にバシバシと背中を叩かれながら職員室を出た後、今度は私が東堂さんの背中をバシバシと叩いてみたけれど東堂さんはそんなの気にすることもなくワッハッハ!といつもの高笑いをして部活へと消えていった。またもや女子からの視線が痛かったがもうそんなのどうでもいい。
こうして私の中の優しくてかっこいい東堂さんは儚くも消え去っていき、私は大量のプリントに追われている真波の面倒を見る羽目になったのである。酷すぎる。パワハラだ。


「夢乃さん?」
「…とにかく、プリント片付けよっか」
「手伝ってくれるの?」
「手伝いはしないよ。見張り」
「んー、まぁそれでもいいや。隣座ってよ」


真波に手を引かれて真波の隣の席に無理矢理座らされる。そんなぐいぐい押さなくても座るというのに、どこかテンションが高い真波は私が座った机と自分の机をぴったりとくっつけ、ニコニコ笑ってこちらを見上げてくる。
可愛らしい視線に負けてたまるかと視線を逸らしてプリントの山から1枚手に取ってみれば英語の課題らしい。先生も鬼じゃないのか、中身は簡単な英単語の書き取りを繰り返すだけのものになっている。これだけならすぐに終わりそうだ。


「真波は理系?文系?」
「さぁ、どうだろ?」
「え、そっから?」
「あんまり考えたことないなぁ」
「…あらそう」


プリントを手渡せばそれを受け取った真波が意外と素直にシャーペンを持ってスラスラと単語を記入していく。その横顔をじっと見つめていれば、伏せられた長いまつ毛が揺れている。まるで造型のようなくらいに、真波は横顔がとっても綺麗だ。どれだけ見ていても飽きないくらい。
この席に普段座っているのは女の子だろうか。もし女の子だったらきっと授業中こうして真波のことを見つめているに違いない。だってこんなにも綺麗な人が隣にいたら、私なら絶対に好きになる。隣にいなくたって好きになってしまっているんだから簡単に恋に落ちてしまうだろう。
そう考えると、ちょっともやもやする。私の知らないところで私の知らない女の子が真波に恋をしているのは嫌だなぁ。付き合う前はそれも仕方ないことだと割り切っていたはずなのに。恋っていうのは厄介だ。立場が変わっただけで私の心の中にはドロドロした感情が生まれてしまって、真波のことを可愛いと思うだけでは足りなくなってしまった。真波を私だけのものにしたい。私の真波なんだよって、この席の女の子にもこのクラスの女の子たち全員にも言いふらしてやりたいなってくらい。


「真波」
「ん?なぁに夢乃さん」
「好き」
「…へ?」


ぽろりと、ずっと心の中に留めていた言葉を素直に口にすれば、真波はおっきな目をぱっちりと開いて、握られていたシャーペンが手の中から滑り落ちて机の上を転がった。私の大好きなキラキラした青い海のような目がまん丸になっていて可愛い。


「私、真波のことすっごい好き」
「あ、え、うん。知ってるけど…どうしたの?」
「なんかちゃんと言っておきたいなって思って。私、真波のことすんごい好きみたいだから」
「ちょ、ちょっと待って。分かったから」
「全然知らない女の子にやきもち焼くくらいには真波のこと好きだよ」
「何それどういうこと?よくわかんないけど本当待って」


真波の顔がぽぽぽと徐々に赤く染まっていく。顔を隠すように俯いてしまったけれど、よく見れば髪の毛からチラリと覗く耳まで真っ赤になっているのが分かる。
いつもいつもやられっぱなしだからね。これくらいやってやらないとダメでしょ。真波にも、そして名前も知らないこの席の女の子にも。あぁ、これは世間でよく聞くマウント行為ってやつに入るんだろうか。
だけどこうして余裕がない真波を見れるのも私だけの特権でしょ。私ももっともっと真波のことが知りたいよ。誰も知らない私だけの真波が知りたい。その代わりに、誰も知らない私のことももっと知ってほしいなぁなんて。


「早く真波が走ってるところが見たいなぁ」
「…すぐ終わらせるから待ってて」
「うん。分かった。待ってる」
「…ね、一回だけチューしていい?」
「だぁめ」
「何それ可愛い」
「四六時中可愛い真波に言われてもね」


ムッと口を尖らせた真波の唇を人差し指でそっと突けば、目を閉じた真波がその指にちゅうっと吸い付いてきたのも可愛くて仕方ない。

でもまぁ、何だか今日は気分がいいから、そのプリント全部終わらせたら私からチューしてあげてもいいよ。











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