見てください、僕のです


キンコンと鳴るチャイムの音に紛れて、お腹の音がくぅと遠慮がちに鳴ってしまった。こういう時、慌てるとコイツのお腹だなってバレてしまうからあえて平静を装いつつ机に出していた教科書やノートをしまう。多分チャイムに紛れて誰にも聞こえてないと思うけど、やっぱり一応女の子なのでバレたら恥ずかしいし。女の子でもお腹が空いたらお腹は鳴るし。仕方ないじゃないか。なんて誰に言ってるのか分からない言い訳を心の中でつらつらと述べながらカバンへと手を伸ばしたけれど、そこにはいつもあるはずのお弁当箱がない。いやいやまさか、まさかそんな、忘れたなんてそんなはずないでしょ。せっかくお母さんが作ってくれたお弁当だよ?家のテーブルに置きっぱなしになってるなんてそんな可哀想なことある訳ないでしょ。なんて思ってカバンを机の上に置いて中身を覗いてみるけど、すっからかん。お弁当箱なんてどこにもなさそうだった。やってしまった。ごめんなさいお母さん…今日の夕飯はそのお弁当食べます、私。
お弁当がないということは、このペコペコのお腹を抱えて学食か購買へ行かなければならない。しかも今日はいつも一緒にお昼を食べる仲の良い友人が風邪で休みという最悪のタイミング。1人で学食も購買もつらい。けれど空腹もつらい。寂しいぼっち飯と空腹どちらを取るか…なんて決まってる。別にぼっちと言われようがどうでもいいくらいに今はお腹が空いてるのだ。
ヨシっと気合を入れてカバンから財布を取り出し、席を立って廊下へ。騒がしい中を1人スイスイと進んで行く。周りから見たら無表情で歩く怖い女と思われてるかもしれないけど私の頭の中は食べ物のことでいっぱいだ。購買のメロンパンもいいけど、どうせならあまり行ったことのない学食へ行ってみようか。入学してから一度くらいしか利用していないし、今日はとにかくお腹が空いてるのでパンよりも何かガッツリ食べたい気分。ラーメンとかいっちゃおうかな。1人だし!友達といると「カロリーやばいよね」なんて会話をしがちで頼みにくいラーメンも1人なら怖くない。うん、絶対にラーメンだ。ラーメンを食べるぞ私。


「夢乃さん、ラーメンおいしー?」


気合を入れて学食でラーメンを頼み、お腹を空かせた勢いのままズルズルと周りを気にせず麺を啜っていた私の目の前に現れたのはそれはそれは可愛いお顔だった。突然すぎて、麺を噛み切ることもそのまま啜ることも出来ずに時が止まる私と、何が面白いのかニコニコ笑いながらこっちを見つめてくる真波。


「…」
「オレはね、見て!カレーです!」
「…」
「キーマカレーはメニューにないんだよ。残念」


口の中がいっぱいなので真波に返事をすることができない。そんな私を気にすることなく、真波はカレーを机に置いて私の隣にピッタリとくっつくようにして座ってきて、そこでようやく私は口の中の麺を全て飲み込むことができた。


「真波?」
「うん」
「どしたの?」
「お昼食べに来たら、夢乃さんが必死な顔してラーメン食べてるの見つけた」


「後で写真撮って良いですか?」なんて言ってくるので、そこでようやくこれは天然ではなくバカにされてるなってことに気づいて真波の頭をコツンと叩いた。えへへ、なんて笑って誤魔化そうとしても無駄ですからね。すべすべの赤ちゃん頬っぺたを突いても真波は何も気にせずへらへら笑ってされるがままでなんだか悔しい。だけど写真なんて絶対許さん。どうせアホな顔してたに決まってるし。


「お、仲良しコンビ見っけ」
「チッ、話しかけんなヨ」
「やぁ真波に椎名さん。仲良くランチか?」
「ム」


真波のもちもち頬っぺたをつんつん突いていれば今度目の前に現れたのは3年の皆様だ。私と真波、たまたま2人声を揃えてこんにちはと挨拶をすれば、新開さんが「相変わらず仲がいいな」と笑って目の前の席に腰を下ろす。それに合わせるようにして東堂さんと福富さんも腰を下ろすものだから、まさかの一緒にランチタイムを過ごすことになりそうなんですが、ちょっと気まずいし。荒北さんは腰を下ろすのを躊躇っているようだけど福富さんに名前を呼ばれると渋々腰を下ろしてしまった。
どうして。私は最初ぼっち飯を覚悟して学食に来たというのに、今はなんか違う意味で注目を集めてしまっていて心地が悪い。でも先輩に向かって「退いてください」なんて失礼なことを言う勇気もない。つまり、我慢するしかない。


「あーあ。せっかく夢乃さんと2人だったのになぁ」


真波、まじで本当にやめて。この人たち先輩。レギュラー。部長と副部長とヤンキーと鬼だから。やめて。遠回しに先輩に邪魔って言うのやめて。
新開さんはニコニコしてるし東堂さんは多分気にせずキラキラしてるけど福富さんは心なしか目つきがギラギラしてるように見えなくもないし、荒北さんは完全にキレてる。目玉がないし。あ、元からか。


「邪魔して悪かったな」
「そう言ってるけど新開さんが1番に座りましたよね」
「ヒュウ。俺、一応先輩だぜ」
「敬語を使えてるだけマシだろう」
「新開も東堂もあめぇーんだヨ!厳しく躾けとけバァカ!」
「コイツが大人しく躾けられると思うか?」
「あはは」


色んな意味で、さっきまですっからかんだったお腹はいっぱいになってしまった。まだラーメン残ってるのに、美味しく最後まで食べたかったのに。多分今食べたところで味なんて何もしないんだろうなって分かる。ピタリと箸を止めて、真波と先輩たちのやり取りを大人しく見守るしか出来ない私はなんでこんなところにいるんだろうか。早く教室に戻りたい。今すぐ帰りたい。


「夢乃さん、ラーメンもういいの?」
「うん…なんか、もういいや…」
「そう?ね、ひとくちちょうだい」
「ん?あぁ、どうぞ」


ぴっとりと距離を詰めて隣にくっつくようにして寄って来た真波がそう言うので、ラーメンの乗ったお盆を差し出そうとしたらそれより前に真波がちょんちょんと私の肩を叩く。誘われるようにしてそのまま横を向けば、思ったよりもずっと近い距離で、あーっと口を開けている真波がいた。え、真波って歯まで可愛い。白い。そしてなんだその顔。さっきまで私がラーメン頬張ってた顔とさほど変わらないはずなのに造形が違いすぎる。虚しい。だけど可愛い。


「あー」
「…なに?」
「言ったじゃん。ひとくちちょーだい?」
「ぐっ、あざとい…」
「あはは。好きかなぁって思って」


そんなあざと可愛いの、好きに決まってるじゃんちくしょう。ずるい。
渋い顔をしつつ、可愛さには逆らえない。仕方なくラーメンを箸ですくって真波に差し出せば、私とは違ってちゅるちゅると女子みたいな音を立てて麺を啜る真波。


「ね、夢乃さん?」
「もぅ、なぁに?」
「間接チューだね?」
「っ、だっ、ばっ、おっ、」
「だばお?」
「あー!もう!!戻る!」


恥ずかしさに耐えかねてガタリと音を立てて椅子から立ち上がり、真波に背を向けて走り出す。もう本当に無理!耐えられない!
付き合うって、真波が彼氏ってこんなのが毎日続くってことだろうか?だとしたら私の心臓が多分持たない。すぐ破裂するか、酷使しすぎて止まってしまうと思うけど大丈夫?とにかく今は逃げることしか出来ないので急いで足を動かす。


「夢乃さーん!」
「なに!?」


それでも、真波に名前を呼ばれたら足を止めて振り返ってしまう私はやっぱりちょろい。何を言われるかとドキドキしながら振り返ったというのに、目があった真波はニヤリと少し意地悪な顔して笑っている。何その顔。知らないんですけど。


「ラーメン、いらないの?」
「あげる!」


そんなの、どうでもいいわ!



*****


「なんだか見せつけられて腹いっぱいだな」
「ようやくまとまったか」
「なんであんなもん見せつけられながらメシ食わなきゃいけねーんだヨ!クソマジィわ!」
「仲が良いのは良いことだ」
「可愛いでしょ。俺のだから、とらないでくださいね」



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