可愛さ余って尊さ100倍


やらなければならないことがある。

それは分かってるけど、どうしたら良いか分からずにただ席に着いて後ろの席に神経を研ぎ澄ませることしかできない意気地なしな私が嫌になる。いつもだったら振り返って、何の意味もないくだらない話をすればいい。今日の部活のこととか、朝ごはんのこととか、なんだっていい。適当に思いついて誰かに共有したいことを話せば、後ろに座るユキは乗っかって話を盛り上げてくれるから、私はいつも何も気にせず自分が思い付いた話をしていただけなのに。
嫌な奴のくせして、本当はいい奴なユキ。人の心にドスドス土足で乗り込んでくるような奴デリカシーのない奴だけど、ユキがそうなるのはある程度仲が良い人だけなことを知っている。私だって、そうだ。多分ユキ以外の人に言われたのなら気にすることなかった言葉を、他の誰でもないユキに言われたからカチンときてしまったしショックだった。
もやもやそんなことを考え続けていてもどうにもならない。えぇい、女は度胸だ!なんて自分を奮い立たせていざ!後ろを振り返ろうとしたら、椅子の底からお尻に感じるガンッという衝撃。痛い、フツーに。ていうか、女の子にこんなことするなんて本当に信じられない。マジで最悪だしこんなんだからモテないんだし。黒田雪成。


「…痛い」
「さっきからウジウジして、何だよ。らしくねーな」


ウジウジして、ウジ虫か!って言ってきたらぶん殴るところだったけど。くるりと振り返れば自分の席でフンっとふんぞり返ってこっちを見てくるユキ。偉そうだなコイツ、腹立つ。腹が立つけれど、今はそうも言ってられない。ユキが正しいし、ユキは何も悪くなかった。
私がムカついたのはユキに言い当てられたからだ。真波から逃げていたことも、本当は自分のものにしたいくらいに真波のことが好きだってことも。それが叶わないと決めつけて悲劇のヒロインごっこに浸っていたことも。全部言い当てられたから、何も言い返せなかった。


「そんで?悲劇のヒロイン様は本物のヒロインになりましたってか?」
「…何それ」
「タイミングよくヒーローが来ると思うなよ。その影ではいつだって俺みてーな超カッコいいサブキャラがアシストしてんだよ」


まぁ、おかしいなぁとは思っていたけどね。あんな人が寄り付かないプレハブ小屋みたいなところに、偶然真波が来るなんてことあるはずがない。真波は何も言っていなかったけど、きっと誰かに言われて来たんだろうとは思っていた。
そしてその誰かが、きっとこの目の前のお節介男だというのもなんとなく分かってた。


「流石、荒北さんリスペクトしてるだけあるね」
「ハァ!?誰があんな奴尊敬してるって?俺が尊敬してんのは東堂さんだ!」
「エースアシストに転向したら?」
「ふざけんな。俺はクライマーだっつーの」


そんなこと言いつつ段々自分が荒北さんに似てきてることにユキは気づいてないのだろうか。
だけどまぁ、そんなユキのおかげで今の私と真波がいるのは認めるしかない。

朝起きて、もしかして昨日のことは夢かと思ったけれどスマホを見れば一件のメッセージ通知があって、中を開けば真波からだった。真波からのメッセージなんて今までもらったことがないし、そもそも連絡先の交換すらしていなかった。一年生部員への連絡は一年生マネが対応するから交換する必要なんてなかったし、ただの仲のいい先輩と後輩であれば部活で会って話せばいいだけだったから。
だけど昨日、あの後私と真波はお互い連絡先を交換した。何だか恥ずかしいし、今更何を連絡したらいいか分からない私とは正反対に、真波は朝から山頂で撮ったであろう写真だけを送りつけて来た。真波、寝坊助のくせに山に登るためなら朝早く起きれるんかい。なんてツッコミを入れつつも1人布団の中でニヤニヤしてしまったし、なんか、私って本当に真波の彼女なんだなって思えて嬉しい。

私、自分が思っていたよりもずっと真波の彼女になりたかったのかもしれない。


「ユキ」
「なんだよ」
「ありがとね」
「…まぁ、嫌いっつったのは取り消してやってもいい」
「上から目線だなぁ相変わらず」
「普通こういう世話焼くのはマネージャーの仕事だろ」
「気が利かないマネージャーでさーせんね」
「可愛げもねぇ」
「まぁまぁ。ありがとうママナリ」
「誰がオメーの母ちゃんだよ」


せっかく仲直りできたというのに、心底迷惑そうに顔を歪めてこっちを見つめてくるユキはやっぱり腹が立つ。でも今日はもうユキのことを悪く言うのはやめておこう。一応、ユキのおかげであることには代わりがないし、ありがとうの気持ちは本当だからね。その代わり明日からは普通に怒るけど。そんな顔してきたら普通にやり返してやるけどな。覚悟しとけよマジで。あんたのこと一生ママナリって呼んでやるからな。なんなら葦木場くんを巻き込んでもいい。天然な彼をうまく丸め込めばきっと今よりずっとユキの苦労は増す一方だろう。なるべく苦しんでくれないかなぁなんて、キューピットの相手に思うことじゃないけど。


「ま、良かったな。真波と仲直りできて」
「は?」
「は?」
「…は?」


仲直り、とは?
ユキはさっきまでの人を見下したような顔から一変、アホみたいに口をぽかんと開けて固まっている。
別に真波と私は喧嘩なんてしてないし。喧嘩っぽくなってたのって私とユキじゃなかったっけ?
私的には真波と仲直りした報告ではなくて、ユキに謝りつつ真波と付き合うことになりました報告のつもりで会話してたんだけど。それにこの人さっきヒロインとか何とか言ってたし。察してるのかと思ってたんだけど、なに、この変な間。


「夢乃さぁん」


お互いぽかんと固まっていれば、教室の入り口から聞こえてきた甘ったるい声。
私とユキ、2人揃ってギギギと鈍い動きで振り返れば、ニコニコ笑って手を振っている真波が見えた。

何だかいつもよりも数億倍、私を呼ぶ声が甘ったるく聞こえてしまうのは私だけだろうか。私にだけ、今までよりもさらに真波が可愛く見えるフィルターがかかったとでもいうのか?だとしたらまずい。これ以上真波が可愛く見えたら私は過呼吸になってしまうと思うけど。あ、でももうそんな気持ちも隠さなくていいんだっけ。いやいや、でも隠さないとやばい人になっちゃうし。なるべく、いつも通りでいたいよね、うん。だからそんな可愛い声で私を呼ばないでください真波よ。


「あ、黒田さん!あんまり近づかないでくださいよぉ!」
「ハァ?今更何言ってんだお前。別にこいつの彼氏でもねぇくせに」


それはユキなりのアシストのつもりだったのかもしれないし、もしくは確かめるために言ったのかなんなのかは分からないけど。


「彼氏ですよ、オレ。夢乃さんはオレの彼女」


手を後ろで組んでニコニコ笑ってそんなこと言う真波の可愛さを拝むようにして両手を合わせて目を閉じる私の横で、ユキは教室が揺れるくらいの大声で絶叫をあげた。


うーん、合掌。



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