私は真波が好きだ。それは前から変わらない。好きだけど真波はそうじゃないだろうと思い込んでいた。いや、思い込むようにしていた。真波から感じる好意も見て見ぬ振りをした。進みたくなかったのだ。私は、真波が私を受け入れるのが怖かった。
一度手に入れてしまえばいつかのさよならを嫌でも意識してしまう。私は自分に自信なんてなかった。ユキが言うところの悲劇のヒロインを気取っていたのだ。私なんかがずっと真波を繋ぎ止められるはずがないから、いつか真波は私を置いて行ってしまう。飽きられてしまう。辛い思いをしたくない。苦しい思いも、惨めな思いもしたくない。
それならいっそ、手に入れない方がいいと思ってしまった。いつまでもキラキラとした真波をただ見つめるだけでいい。手を伸ばせばいつでも触れられるような距離で真波を見ていればそれだけで満足だから。
そう言い聞かせて、私は真波の想いを蔑ろにした。
けれど、真波に近づけば近づくほど私の気持ちはどんどん膨れ上がってしまう。見てるだけで満足だなんて、そんなのはとうに昔の話。
本当の私はもっとワガママだ。真波に触れたいし触れて欲しい。誰にでも優しい真波ではなくて、私だけにとびきり優しい真波でいてほしい。甘えるのも私だけにしてほしいし、私だけを見つめていてほしい。
可愛い可愛い真波。私を慕ってくれる真波。
そんな真波を自分だけのものにしたいだなんて、そんなの、許されることなんだろうか。
目を開ければ飛び込んできたのは、真っ白な天井だった。少しだけ重たい頭とだるい身体を何とか動かして、チラリと横を見れば青い髪の毛がふわふわと窓から入ってくる風に揺れている。太陽の光に当たってキラキラと輝く髪の毛の色、私の爪とお揃いだ。
「きれい」
綺麗だ。真波の青は空のように明るく澄んでいて海のようにキラキラと輝く。髪の毛も瞳も、全部が綺麗で愛おしい。
「…夢乃さん?」
「まなみ」
「夢乃さん!起きた?大丈夫?あ、ポカリ飲む?ほら、喉乾いてるでしょ」
「んむ」
ペットボトルをむにっとほっぺたに押し付けられて、どうしたらいいか分からずにいるとそのままストローを口に当てられた。真波の勢いに押されるがまま体を起こして少しずつ口の中に水分を入れれば、さっきまでぼやけていた頭の中と気持ち悪さがあった口の中がなんとなくスッキリする。
そうしてようやく、今の自分の状況をなんとなく理解することができた。ここは保健室で、私はあの暑苦しい倉庫で倒れてしまったのだろう。軽い熱中症かもしれない。
ちぅっと、ストローでポカリを飲みながらチラリと私が寝るベットの横でパイプ椅子に座る真波を見つめる。真波は私を真っ直ぐに見つめていたせいで、パチリと視線がかち合ってしまった。しゅんっと肩を落としているせいで大きな瞳が上目遣いをして私を見つめてくる。
ぎゅうっと心臓鷲掴みにされたような感覚。苦しいような辛いような。今までだったらただ、そんな真波を見て可愛いねって思うだけだったのになぁ。
「夢乃さん、死んじゃうかと思った」
「そんな大げさな…」
「ほんとのほんとに怖かったんだからね」
「ごめんね」
「もうオレから離れないでよ」
「それは…難しいなぁ」
「どうして?」
どうして?って言われても。難しいでしょうそれは。何でそんな話になってしまったのだろうか。真波の頭の中は難しい。私は真波のものではないし、真波も私のものではないんだから、離れるななんて到底無理なお願いだ。
そんなこと考えていると、あぁまただ。心臓が痛くて苦しい。可愛らしく見えていた真波の瞳が、ギラギラしたものに変わる瞬間。
「ねぇ、どうして?」
真波はどんな気持ちでそう聞いているのだろうか。いつものように駄々をこねる子どものような感じとはちょっと違う。どこが違うのかと聞かれたら説明するのが難しいけれど、多分今、私は真波に試されている。
「真波」
「夢乃さん、いい加減ちゃんと、オレのこと見てよ」
真波の手が伸びてきて、指で優しく耳をなぞってから頬にそっと触れる。くすぐったいのに、真波がじっと私の目を見つめてくるから視線を逸らすことも体を捩ることもできずにされるがまま。時が止まってしまったかのように、私は真波を見つめることしかできない。
「オレはいつだって、夢乃さんしか見てないよ」
「…まなみ、」
「ちょっとは信じて、オレのこと」
近づいてくる真波の綺麗な顔。見つめるだけで十分だなんて、過去の私の強がりを真波はぶち壊してくれる。
私が好きな真波。可愛い顔が好きだって、その言葉に嘘はないけれどそれだけじゃない。大好きなもののひとつが、そのお顔だってだけ。嘘がつけないような真っ直ぐなところも、強引なところも、優しい声で私の名前を呼んでくれるところも、全部ひっくるめて真波が好きだよ。
「…真波が、好き」
手を伸ばして、真波の肩に乗せて引き寄せるように力を込める。
あぁ、なんだ。こんなに簡単なことだった。うだうだつまらない事を考えてた自分がバカみたいだ。私なんかがとか、真波だからとか、そんなの関係ない。理由なんていらない。
手を伸ばせば触れられる距離に、いつだって真波はいたんだね。
鼻と鼻が触れてしまいそうな距離での告白を聞いた真波は大きな瞳をさらに大きくして、一瞬だけ動きを止めた。だけどすぐにニッコリと嬉しそうに笑う。
「あは、夢乃さん遅すぎ」
目を閉じれば、ふにゃりと優しく唇と唇が触れた。
一度触れて離れて、またすぐに触れる。ちゅうっと聞こえる音が恥ずかしいなんて、思ったのは最初の何回かだけだ。あとはもう、もっともっと真波に触れたいという気持ちが溢れて、私からも真波話引き寄せて何度も何度もキスを繰り返す。
やっぱり、心臓はギュウッと絞られるように痛いけど、だけどもう苦しくはなかった。心地良くてあたたかくて、愛おしいってただ、それだけ。