あまくてにがくてとけていく


指先に乗っかった深い青。

綺麗な色だけど、ずっと見てるとどこか不安な気持ちにもなる。海のような、宇宙のようなその色はずぶずぶと沈んでいったらどこまで沈んでしまうのか分からなくて怖い。そんなところまで含めて、私の中で青色=真波の方程式が成り立ってしまっている。どんだけ好きなのよ、私。
本当はこんなはずじゃなかったのになぁ、なんて思ってももう手遅れだ。沈んでしまった気持ちが浮き上がってくることはない。あとはもう、どこまで沈むかってだけ。できればこれ以上沈みたくないけど、真波といると多分ダメだ。何をしていても可愛くてしょうがなくて、好きがどんどん大きくなっていくのがわかる。大きくなれば大きくなるほど、真波が眩しく見えて自分が小さく見えてくる。真波の気持ち、何も感じないわけじゃない。だけど、信じきれなくて怖いのだ。私なんかが隣にいて良いのだろうか。真波に相応しい女の子の自信がない。
それに、もし。もし好きだと言われても、それを受け入れてからのことを考えるのが怖いから、だから線を引いて逃げている。自分から近づいたくせに、ひどい女だ。


「…あつ、」


蒸し暑いプレハブの部室の中、暑さでゆらゆらと視界が揺れる。
部室の片付けなんて、全然進まない。運んできた段ボールの中身を開けたはいいものの、こんな備品この辺鄙な部室にしまったって誰も取りに来ないでしょ。頭の中に浮かぶ真波とか、真波に対する感情とかをかき消すように作業の愚痴をぶちぶちと呟きながら手を動かす。
山積みになった書類の一部を引っこ抜けば、何年も前の領収書のようだ。備品購入時のものだろう。今は東堂さんが副部長として厳しく金額のチェックをして領収書のファイリングまでキッチリと行ってくれているけど昔はそうじゃなかったんだろうか。紙切れ剥き出しで保存して…そもそもこんな古い領収書を補完しといて意味なんてある?二度と見返さないと思うんだけど。

何も考えないように、考えないようにと無心で手と体を動かしていく。段々と頭の中が無になっていって、そうして視界がさらにくらくら揺れて景色が滲む。

暑い、苦しい。目が見えない。


「…夢乃さん?」


今何時だろう。私いつからここにいるんだっけ。最後に水を飲んだのはいつだ?


「夢乃さんっ!」


あぁ、やっぱりダメだ。視界が白から黒に変わって意識が遠ざかっていく。
ずぶり、ずぶりと沈んでいく。もっと深くて暗い場所へ。怖いなぁ。だけどどうしてだろう。不思議と嫌ではない。怖いけど嫌じゃないなんて、おかしいかもしれないけど。
ぺたりと頬っぺたに何かが触れるような感覚がする。きゅうっと手のひらも包まれて、そうするととっても安心して、このまま身を委ねても良いかなって思ってしまう。


「夢乃さん、大丈夫だよ。俺がいるから」


甘くて優しい真波の声は、それだけで私を安心させてくれる。本当に大丈夫な気がする。
ねぇ真波、いいのかなぁ私。このまま、あんたのこと好きでいてもいいかな。


「俺がいれば、いいでしょ。夢乃さん」


そうだなぁ。真波がいれば、それだけでよかったのにな。
自分からもっともっとと手を伸ばしたくせに、いざ手に入りそうになったら手に入れた後のことを考えて怖くなった。だから見て見ぬ振りをした。このままなんてきっとないことを私だって分かってる。私と真波は進むか、戻るかしかない。真波がいればそれだけでいいなんて、そんなのとっくの昔の話。今の私は真波がいるだけじゃ足りない。
真波は自由を好むから、私なんかに縛られたくないだろうな。そう決めつけて、真波だから仕方ないと、何もせずに諦めるようにしていた。
真波がどう思ってるかなんて、真波にしか分からないのに。勝手に真波の気持ちを決めつけて、全部真波のせいにしていた。ユキはきっとそれを分かってた。だから、あんなこと言ったのだ。

真波のぱっちりとした大きな瞳に私だけを映してほしい。そんな甘い声で呼ぶのは私の名前だけにしてほしい。わがまま言うのも、お揃いを持つのも、カーディガンを貸してくれるのも、お菓子をねだるのも。


全部全部私だけにちょうだいよ、真波。











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