永遠なんてないと知る


この前まではカサカサだった自分の手がつるつるふわふわになるのはやっぱり気分がいい。バインダーを左手に持ちつつ、右手に握ったペンを持つ自分の手をまじまじと見つめればやっぱりちょっと気分が上がるものだ。葦木場くんにはまた改めてお礼をさせてもらわなきゃな、と思いつつ太陽の光を浴びてキラキラ色が変わる青色に心臓が跳ねる。
意外と器用な真波が塗ったマニキュアはムラなく綺麗に塗られていて、それがまたなんとも言えない気持ちにさせてくる。私の指に添えられた真波の手は思っていたよりも大きくてゴツゴツしていたし、じっと指先を見つめる目を上から見ていたら睫毛が長くてサラサラと揺れる髪の毛。普段から真波のことを顔が良いとか、可愛いとか言っているけど改めてまじまじと見つめた真波はまるで絵画のように美しかっただなんて、そんなこと言ったらユキにものすごくバカにされそうだ。


「椎名、ぼーっとしてねーでいくぞ」


段ボールを抱えて前を歩いていたユキに声をかけられて慌てて追いかける。なるべくマネージャーだけで手が回るようにしたいけどなにせ部員数がとても多いので回りきらない時もある。そう言う時、こうして率先して重い荷物を運ぶ係だとか、高いところに洗濯物を干す係なんかを手伝ってくれる同級生がいるのは心強い。ユキだって口は悪いけど本当は優しい奴なのだ。
在庫の管理をするためにやってきたプレハブで作られた部室はほぼ物置のような状態になっていて、ガラリとドアを開けるとムワッとした空気と埃が舞って2人してゲホッと咳き込むほど。まぁ、要するに汚い。今まで誰も手をつけてなかったことがわかる。とんだハズレくじを引いてしまったな、私。チラリとユキを見れば憐れんだ目で私を見つめていた。そんな目で見るな。


「…ユキ、それ置いて練習行っていいよ」
「おう」


くそ。そこは普通「俺も手伝うよ」じゃないのか。いやまぁ、選手のみんなには練習に集中してほしいからいいんだけども。仮にユキがそう言ってくれたとしても私はシッシとユキを追い払っただろう。それを分かってるからユキもすぐに返事をしたんだと思う。いや、そう思いたい。
ユキから段ボールを受け取るために手を伸ばしたら、ユキの視線がチラリと私の指先へ。
青く塗られた爪を見たユキの目が一瞬ピクリと反応した。


「…なんだそれ」
「ん?」
「爪。そんな色気付いてたか?」
「あぁ、これね。真波に塗らせたの」
「はぁ?」
「塗りたいって言うから」
「…お前らほんとなんなの?」
「…ほんとにね」


ドサリとユキから手渡された段ボールは思ったより重たくてうんざりする。これらの中身と合わせて、この汚い物置を整理しなければいけないのだ。夏が近づいてきたせいもありじんわり汗が額と背中に滲む。こんな暑い中、プレハブの部室で整理って死ぬんじゃないのか私。まぁ全ては仕事決めのジャンケンのときにパーを出した私が悪い。
そんなこと考えてはぁっとため息をつけば、まだ私の前に落ちている影に気づく。顔を上げれば目を点にしたユキがまだ私の前にいるからこっちまで驚いた。なんだ、さっさと練習に行ったのかと思ったのにまだいたのね。心底驚いたように目を点にして口をあんぐりと開けた間抜けヅラのユキは珍しい。


「ユキ?どしたの?」
「いや…否定しねぇから、驚いただけ」
「は?」
「今まで俺が何言おうと真波のことは否定してたろ」


ユキの言いたいことは何となく分かった。私のさっきの返しがいつもと違うことに気づいたんだろう。目敏い奴め。

私ももう、なんだかよく分からなくなってきたのだ。
私は真波が好きなのは認めている。だけど、真波の気持ちが私に向くことはないと思っていたから。
真波は自由気ままで誰にでも優しく誰にでも笑顔を向ける。真波の中に特別なんて存在しないんだろうなぁって、そう思ってた。私も真波にとって同じ高校の同じ部活の、ちょっと仲の良い先輩というか、なんならチョロいマネージャーという立ち位置であって、それでいいと思ってたから。そのまま、私たちはずっと平行線を辿るつもりだった。
ただここ最近、そう思ってるのは私だけなんじゃないかって思うことがある。私は特別鈍いわけじゃない。真波にそれなりの態度を取られてしまえば何となくわかるわけで…だけど、「真波だから」という謎の思いがそれを邪魔する。真波は誰にだってそうする。私だけが特別なわけない。でも、真波は本当に何にも想ってないだろうか?なんて思ってしまうのだ。
このままでいい。私は真波と話すのが好きだ。私の名前を呼んで「夢乃さん」と笑ってくれる真波が好き。好きだから、このままでいい。

もっと、もっとと欲を出すのは、とても怖いから。


「…なんなんだろうね、ほんと」
「椎名」
「でも、このままがいい。ずっと」


このままがいいのか、このままでいいのか。
それはちょっとだけニュアンスが異なるけど、私はこのままがいい。私はいつものように真波から元気をもらって、それだけで満足してるんだよ。


「…勝手にお前が人の気持ちを計るなよ」


ハッと顔をあげると、ユキは眉間に皺を寄せてぎろりとこっちを睨んでいる。


「俺、お前のそーゆーとこ嫌いだわ」
「は、?」
「真波のこと可愛い可愛い言うけど、椎名が可愛いのは結局自分だろ」
「…なによ」
「まだ何もしてねーのにウジウジして…お前は悲劇のヒロインか。ヒロインってツラも性格もしてねーんだよ」


ブスブスと、ユキの言葉が私の胸に刺さる。言い返したいのに何も言い返せないのは自分が痛いほどその意味を理解しているせいだ。
ユキになんか言うんじゃなかった。こいつは優しくなんかない。私の気持ちなんか気にせずに自分が正しいと思っていることを言う。だけどユキだから言ってしまった。きっと私と真波のことを、誰よりも見てきたユキだから。


「お前が1番、真波と向き合ってねーだろ」


真波が好きだ。ぱっちりとした大きな瞳も、長いまつ毛も、意外とたくましい腕も、甘え上手なところも、優しいところも、間延びする喋り方も、あざといところも、私の名前を優しく呼んでくれるところも全部。真波の全部が好きだと思うのに。
真波はそういう奴なんだろうって決めつけて、蓋をしてへらへら笑って真波から目を逸らしたのは私だ。




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