ぼくの色で染まればいいのに


私の机の上にコトリと置かれた、まるで海のように深くて綺麗な青色のマニキュア。頬杖ついたままそれをじーっと見つめて、自分の左手を確認する。
部活で洗濯物やボトルなどの洗い物をしていると、どうしても手が荒れてしまう。カサカサするのが気になってそのままささくれを剥いてしまうのを繰り返していれば自然と手はボロボロになってしまうのは仕方ないことだと諦めていたのだけど葦木場くんは諦めていなかった。優しい優しい葦木場くんは昨日一緒に洗濯をしていたとき私のこの荒れた手に気づいてひどく心配してくれた。女の子なんだからこんなの大変だ!夢乃ちゃんは洗濯物しなくていい!なんて騒ぎ出したのだけどマネージャーだし洗濯物をしないわけにもいかないと一生懸命説明した。説明はしたけどもどうやら納得はしてくれなかったようで、今日わざわざ私にハンドクリームをプレゼントしてくれたのだ。
こんななんでもない日に申し訳ないと言ったのだけど葦木場くんはいつものようにニコニコ笑って


「夢乃ちゃんいつも頑張ってるし、ありがとうって気持ちだよ。それにね、これ塔ちゃんとユキちゃんも一緒に買ったんだ。だから金額は大したものじゃないし気にしないで」


なーんて言われたら受け取るしかないし素直に嬉しい。葦木場くんの後ろから顔を出した泉田くんも笑って「いつもありがとう」と言ってくれた。ユキは「少しは女らしくしろ」と余計な一言を言ってくれたので柔らかい太ももに蹴りを入れてやったけども。
マネージャーの仕事って成果が目に見えるものじゃない。私のやってることって意味あるのかな、なんて思う時も正直ある。だけど葦木場くんも泉田くんもユキも、そんな風に思ってくれてるなんてこんなに嬉しいことはない。


「あ、あとね、これは俺からプレゼント」
「え?わ、マニキュアだ」
「綺麗な色だったから。夢乃ちゃんも好きそうな色だったし買っちゃったんだ。もらってくれる?」
「うん、本当にありがとう葦木場くん」
「どういたしまして」


葦木場くんとそんな会話をしたのが昼休み。そして今は放課後、本当なら部活をしている時間なのだけど外はあいにくの雨でここのところ練習を詰め込みすぎたのでちょうど良いだろうと部活が休みになってしまった。早く帰ってもやることもないしとだらだら帰り支度をしていれば教室には1人きり。雨の音しか聞こえない静かな教室で、ただなんとなくもらったマニキュアを見つめていた。

深い深い青は、真波の瞳の色に似ている。
もしかして葦木場くんもそう思ってこの色を私に選んだのだろうか。


「夢乃さん」


もう誰もいないはずの教室で、後ろから聞こえた声。
真波って魔法使いなんじゃないかなんて馬鹿みたいなことを考える。だってこの人、いつも私が頭の中で真波のことを思い浮かべると絶対目の前に現れるんだもん。
どうして?なんて聞くのはなんとなくやめた。そう、なんとなく。

教室のドアからひょっこり顔を覗かせた真波は私と目が合うとヒラヒラと手を振って、そのままこちらに近づいてくる。私の目の前の席に座って、とぼけたように「こんにちは」なんて言ってくるので私も「こんにちは」と返せばそれはそれは嬉しそうに笑ってくれるのだ。
キュンッと胸が締め付けられる。可愛い。顔がとっても可愛い。さっきまで頭の中で思い浮かべてた真波の瞳をジィッと見つめてから、机の上にあるマニキュアを見るとやっぱりその色はとっても似ている。私の視線を辿ったのか、真波もマニキュアに気付いたらしく不思議そうに首を傾げてからそれを手に取った。


「なにこれ。爪に塗るやつ?」
「そう。マニキュアって言うんだよ」
「夢乃さん塗ってたっけ?」
「んーん。もらったの」
「ふーん…誰に?」
「葦木場くんだよ」


少しだけ目を細めて手の中のマニキュアを見つめていた真波は葦木場くんの名前を聞くとピタリと動きが止まる。だけど変わらずくりくりの目はそのままだからやっぱり可愛い。そしてその色は真波の手の中のマニキュアそのままだ。


「その色、真波の目の中に似てる」


思わずそう口に出せば、真波はキョトン間抜けな顔をした後嬉しそうに目を細めて笑った。
さっき一瞬ピリッとした空気がふにゃりと元に戻って、なんとなくほっとする。


「オレに似てる?」
「目だよ。目の色」
「ふーん…いいね、それ」
「うん。綺麗な色だよね」
「…ね、夢乃さん。これオレが塗ってあげようか」
「真波塗れるの?」
「できるできる。ね?手ぇ貸して」


貸してなんて言いつつも返事を聞く前に私の手を引っ張って自分の方へと引き寄せる真波は最近ちょっとわがままだ。わがままというか、自由?物はいいようだけども。荒北さんや東堂さんは真波のことを不思議チャンとか自由人とか表現するし私もそう思ってたけど、最近の私への態度はわがままっぽいよな真波。まぁそんなわがままも可愛いので許しちゃうけど。あぁ、こうやって甘やかすからわがままが加速するのか。私のせいか、そうか。なら仕方ない。
私の左手を引っ張った真波は、長い指でするすると私の指をなぞる。それは、ちょっとくすぐったいからやめてほしいかも。
満足したのか、私の掌を机の上に置くとマニキュアの瓶の蓋をキュポンと音を立てて開けた。それ、一応新品なんだけど私の許可とか開けちゃうのね。真波だからいいけども。
そして意外にも、真波はマニキュアの刷毛から綺麗に液を落として私の左手の爪の形に沿ってピタリと丁寧に、優しくゆっくりとマニキュアを塗っていく。

きっとまたへらへら笑って喋りながら雑な感じで塗られるんだろうなぁなんて思っていたのに、目の前の真波は真剣な目をして私の爪を見つめている。伏せ目がちの目はまつ毛が影を作っていてまるで女の子のように可愛らしい。だけど制服のワイシャツから見える鎖骨とか、私よりもずっと太い関節の指とか大きな掌とかは男の子らしさを感じる。
真波が何も喋らずに、黙々とマニュキアを塗るので教室内はシーンと静まりかえっていて窓を叩きつける雨の音だけが聞こえてくる。だけど目の前には真波がいて、なんだか落ち着かない。なんだろう、胸の奥ぞわぞわする、変な感じ。
そんな真面目な目でジィッと見られると、どうしてか恥ずかしい気持ちになる。目と目があってるわけじゃないのに、優しく触れる手つきとか、目つきとか、真波の意識全部が今私の爪先に向けられてると思うと身体中がブワッと熱くなって…なんかそれってとっても恥ずかしい。


「……ん?夢乃さん?」
「…なぁに」
「なんで目閉じてるの?眠いの?」
「…そんな感じ」


真波の目つきも手つきも、全部がいやらしく見えてるんだよ!

なーんて、言えるわけないので私は眠いと思い込むことにして煩悩を消すのに集中しましょう。
あと9本、がんばれ私。


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