男子は体育、女子は家庭科なんて今どき男女差別なんじゃないのなんて思いながら、作ったマフィンを可愛らしいラッピングで包んでいく友人たちをぼーっと見つめていればぺしんと頭を叩かれた。最近みんな私の頭を叩きすぎじゃないか?
「ほら、ラッピング分けてあげるから夢乃も包みなさいよ」
「え、別にいいよ。誰にも渡すつもりないし」
「は?あんた自分で食べる気?」
「うん」
そう。別に私は誰かにあげる予定もない。このまま昼休みに自分で食べる気だったのでラッピングをするつもりもない。なのでみんながわくわくきゃぴきゃぴしながらラッピングしてるのを見守ってただけなのだけれど呆れた顔した友人が無理矢理ラッピングを押し付けてきた。いやだから誰にも渡す気ないんだってば。ぐっと手を伸ばして押し返すとさらにそれを押し返される。こいつ、引かないな。
「いいって。本当に予定ないの」
「あんたにはなくても真波くんにはあるでしょ」
「は?真波?」
はて。私は真波にマフィンをあげる約束なんかしたっけか。思い返しても記憶にございません。ついでに真波からねだられた記憶もないんだけど私はもしかして記憶喪失なのか?
だけど友人はいたって真面目な顔して私にラッピングを勧めてくる。しかもさっきまで1人だったのになんだか人数も増えていてクラスの大半の女子がその子の後ろに控えてみんなが私を見つめてくる。え、なにこれ。怖い。
「あのね夢乃、アンタのせいで何人の女の子たちが真波くんを諦めたと思ってるの」
「…は?」
「いいから!早くラッピングして真波くんに渡しなよね!」
そういや昨日言ってたなぁ荒北さんが。集団の力をなめるなって。自転車も集団って怖いのかーなんてその時は思ってたけど女の子の集団もなめたらいけないと今学びましたよ荒北さん。友人1人だったら大丈夫ですと押し通すことができるけど、こうも女の子に束になって責められると頷いて従うしかない。可愛らしいラッピングを頂戴してチョコレートマフィンを包んでいく。いかにも女子って感じのハートの袋に包まれたマフィン。
これを真波に渡せってか。いいけど別に渡しても。みんなで作ったから不味いってこともないだろうしきっと真波なら喜んで受け取ってくれそうだ。
部活前は小腹も空いてるだろうし、走る前に渡せたらいいなぁ、なんて思っていたのに。
「夢乃さぁん」
「…どうしたの真波」
家庭科室から教室へと戻ってきたらなぜか私の席に真波が座っていた。
ニコニコ笑っている真波はきゅるんと大きな瞳で上目遣いをして私を見つめると、ちょこんと両手を差し出してくる。ブレザーの裾からちょんと出た両手が何を要求してるかなんとなく分かってしまった。
何で知ってるんでしょうこの人。てかなんでここにいるのよ。2年生の教室ですけど。
まぁそれらも全部真波なら仕方ないかで私の頭の中は納得してしまうんだからしょーもない。真波は可愛いから仕方ない。何しても可愛いし、可愛いし可愛い。私の心臓いつか多分真波に止められるんじゃないの。ときめきすぎて。
それもなんか悔しいし最近は真波に振り回されすぎな気がするからちょっと意地悪。
「食べちゃった」
「えっ」
呆然とする真波。眉を下げて、しょんぼりと項垂れてしまった。
あーーそれも可愛いね!もう可愛い可愛い!はい可愛い!私の負けです。意地悪失敗。むしろなんか意地悪してごめんね。
「うそ」
「…もー、ビックリさせないでよ」
「はい、どーぞ」
「わぁいありがとう夢乃さん」
真波の手の中にころりとマフィンを渡せば嬉しそうに笑ってマフィンに頬擦りをする真波。ハートのラッピングと相まってさらに可愛い。周りに花でも飛んでるんじゃないのってくらいにご機嫌になった真波は手の中にあるマフィンを下から覗いたり上から見たり色んな角度で楽しみながらえへへと笑っている。
そんなもの、ねだれば誰からでももらえるでしょうに。変なの。お腹でも空いてたのか。
「お腹空いてるなら食べれば?」
「後でちょびちょび食べます」
「そう?」
「美味しそうだし、すぐ食べたらもったいないかなって」
「普通の味だよ」
「夢乃さん塩と砂糖間違えたりしてない?」
「そんなべたなことしません」
「あはは、夢乃さんならしそう」
「しないってば」
「これ東堂さんに自慢しよーっと」
「いや、東堂さんはもっとたくさんもらってると思うよ」
そういえばさっきラッピングしてる時も女の子たちが「東堂様に渡さないと!」って騒いでいたし、大抵こうしてどこかのクラスで家庭科の授業があって女子がお菓子を作るとその日見る東堂さんはおっきな紙袋いっぱいにお菓子をもらっている。しかも嬉しそうにいつもの高笑い付きで。東堂さんらしいというか、もはや箱根学園の名物って感じ。そんな東堂さんにこれっぽっちを自慢してもしょうがないと思うけど。
「東堂さんみたいに義理ばっかり貰ってもしょーがないでしょ」
「うん?」
「やっぱり本命からもらわないと」
「…うん?」
「あ、そろそろチャイム鳴っちゃう。じゃあね夢乃さん。ありがとう」
「…どーいたしまして?」
そう言い残して廊下を走り去っていく真波の背中を見送る。途中でくるりと振り返って手を振ってくるから、私も小さく手を振り返すと満足げに笑ってぴゅうっと走って消えていってしまった。
「…うん?」
まぁ、なんだかとっても喜ばれたみたいだからいいか。