秘密ができないふたりです


「椎名!やべぇよ!やべぇ!」


机の上に一限の古典の教科書とノートを準備していればものすごい勢いでユキが教室へと駆け込んできて一目散に私の席へとやってきた。朝練終わりにシャワーを浴びたのだろうユキの髪の毛は慌てて乾かしたのか珍しく襟足がぴょこんと跳ねてしまっている。どんだけ慌ててきたんだよ。ていうか勢いがすごすぎてちょっと引く。語彙力が自慢のはずなのに「やべぇ」しか言ってないしどうしたんだユキ。らしくないぞ。
私の後ろの席に背負っていたエナメルをどかりと雑に置いたユキは私の机に手をついてずいっと顔を寄せてくる。やっぱり、こんな取り乱したユキは珍しい。


「やべぇ!」
「ユキの語彙力がやばいよ」
「マジでやべぇんだって!」
「ハイハイ。なんなのさ」


頬杖ついてユキを見つめれば、ユキはふぅっと息をついてから「落ち着いて聞けよ」なんて、ドラマの見過ぎじゃないの?でもまぁ聞いておかないと後が怖いし素直に聞いておこう。


「真波に彼女ができた」


わぉ。それは確かにやばい。やばいけどユキにとってやばいわけではなくて私にとってやばい。
いや、分かるよ。繰り返しになるけど真波はかっこいいし可愛いしそりゃモテる。同学年から年上まで、あの東堂さんと同等なくらいのファンがいるんだから彼女なんてその気になればいくらでも作れるだろうなとは思う。だけど、真波がたった1人の女の子のものになるなんて何だか想像できない。そんなのは私の都合のいい妄想なんだろうか。
そうだよなぁ。私は真波が好きだから、真波の隣に誰か他の女の子がいることなんて想像できないししたくないし、そんなことになるなんて正直思ってなかった。ちょっと、いやかなりショックかもしれない。
そんな思いが顔に出ていたのか、ユキは私の顔を覗き込んだ後にギョッとしたような顔をして一歩その場から後ずさった。相変わらず失礼なやつだなこいつ。というか私の気持ち知ってるくせにそんな報告してくるなんてデリカシーなさすぎ。だからモテないんだよもったいない。


「あ、いや…あー…悪かったな、なんか」
「なにが」
「…キレんなよ」
「キレてないですけど」
「そう言うやつは大抵キレてんだよ」
「うっさいバカ!てか何!彼女って!誰!」
「バカじゃねぇよ!あー、誰かは知らねーけど…」


そう言ってユキは今朝の朝練のことを話し出した。
まず驚くことに今日は朝練に真波が遅刻せずにやって来たらしい。いつも朝練にはおろか一限すら間に合わずに登校してくる真波が朝練に来たことからまずおかしかったとのこと。そんな真波の様子が気になったユキは部室で着替えをする真波をジーッと見つめていたらしい。何だそれずるい。いやずるいっていうかユキが見つめてるってとこはちょっと気持ち悪くもあるけど。


「そしたら真波がロッカーの鍵出したんだけどよ、鍵についてんのがピンクの可愛らしい鈴だったんだよ!」


…あ、なんかこの話の流れ分かった気がする。


「…ほぉ」
「気になったから真波に何だよそれ!乙女か!って思わず突っ込んじまって」
「はぁ」
「アイツなんて言ったと思う!?」
「へぇ」
「…お前真面目に聞いてねぇだろ」


バチンとユキが平手で私の頭を叩く。相変わらず容赦ない力で叩いてくるのでとても痛い。ユキには優しさが足りない。顔はいいのに。言わないけど。だって真波の方が良い顔してるし。ユキには悪いけど私の目にはそう見えるんだからごめんなさい。


「お揃いなんですよぉ。だってよ!惚気か!絶対彼女だろ!」
「それだけじゃ彼女とは言えなくない?」
「はぁ?お前な…認めたくないのはわかる。だけどオレはそん時の真波の顔を見たんだよ」
「ほぉ…どんな顔してた?」
「なんつーか、こう、恋してますって感じの…とにかくこっちがむず痒くなるようなオーラ出されたんだよ朝から!なんだよあいつ!」


うげぇっと言いながら机をバシバシと叩くユキはご乱心だ。
分かるよ。朝から人の惚気を聞くほどうんざりすることないよね。しかも相手はあの真波だ。恋愛なんて興味ありませーんって赤ちゃんみたいな顔した真波。恋に落とした女の子は数知れずだけど自分が恋をしたことはなさそうな感じしてるもんね。なんていうか純粋だ。そんなところも可愛いわけですけど。
そんな真波が、一体どんな顔してたんだろう。私も見たかったなぁ。私が見てる真波の顔はいつもニコニコ笑っているけど、それとはまた違う顔してるんだろうな。きっとそんな顔も可愛いに違いない。

ギャイギャイ騒いでいるユキを横目で見つつ、私は机の横にかけたカバンに手を突っ込んでお目当てのものを手探りで探し出す。
手の中で転がせばチリンと音がするそれ。
音に反応したユキが、パッとものすごい勢いで顔を上げた。そうしてそのまま、ユキの目の前にチラつかせる、私のロッカーの鍵についた青いイルカの鈴。
ユキは目をまん丸にして動きを止めた。おぉ、目が溢れそうなくらい見開かれてる。珍しい。


「…は?」
「お分かりですか?」
「…お前ら付き合ってんの?」
「だからさ、真波は彼女なんて一言も言ってないでしょ」


はぁー?っとユキがアホみたいに口をあんぐりと開けてまたまた私の頭を叩く。やめろよ。この人私が女子だってこと忘れてるのかな?
朝から真波に振り回されたことにガッカリしたのか、ユキはへなへなと力が抜けたまま椅子に腰をかけて自分の頭をガシガシと掻きむしっている。そのまま襟足のくせも取れるといいね。教えてはあげないけどな。私の頭を叩いた罰だ。

とにかく、真波に彼女ができたというのはユキの早とちりだった。あーよかったよかった。本当に彼女ができてたらどうしようかと思った。いや、私がどうにもできるわけじゃないんだけど。


「椎名」
「はいはい」
「真波、そのイルカ先輩たちにも自慢してたぜ」
「さぞ可愛い顔して自慢してたんでしょうね」
「…あぁ、見せてやりたかったよ。あのクソ甘ったるい顔をな!」


あらま。羨ましい。
私だって、私を語る真波の顔を見てみたかったよ。








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