きみを癒せる私になりたい


バスで学校から下山して御目当てのサイクルショップに着くと真波は一目散にグローブの売り場へと進んで行き、2つのグローブを手に取って私へずいっと差し出してきた。差し出された2つを交互に手に取ってみたものの、やっぱり私には違いなんてよくわからない。強いて言えば色が違うのと、あとは手のひらについているぷにぷにした肉球みたいなのが柔らかいかちょっと硬いか、のどっちか。としか言いようがない。
チラリと真波を見てもニコニコ笑っているだけで、さっき言ってたように本当にどれでも良いというか、ただ私がなんとなく気になる方を選べば良いってことなんだろう。なんとなくが1番困るんだけどなぁ。判断基準がないんだから。
とりあえず、2つをじっと見比べてみる。ひとつは黒がベース。文字は白でシンプルなもの。もうひとつは正反対で白がベースに黒文字が入っている。うん、わからん。一応参考にと思って値段のついているタグも確認してみたけどほとんど同じような金額が書かれていてこれも判断基準としては無しになってしまった。うーん、難しい。どうしよう。これ決められないぞ。でも早く決めないと。私がうんうん悩んでいる前で真波はニコニコ笑っているだけだ。他の商品とか見ててもらった方が気が楽なんだけど…なんて言えるはずもない。だってなんだか「待て」をされてる犬みたいで可愛いし。お利口だなぁなんて思ってしまう。早く決めてあげないと可哀想になってきた。


「うーん…」
「あはは、そんな悩む?」
「悩むでしょ。私の選んだやつが真波のパワーになると思ったら…責任重大」
「…夢乃さんが選んでくれたって時点でどっちも同じだけどなぁ」
「いや、ちがうんだよー」
「そう?でも嬉しいなぁ。そんな真剣に悩んでくれて」


だってそりゃあ、あんな嬉しいこと言われたらちゃんと選んであげなくちゃなぁって思うでしょ。真波が一生懸命、全力で頑張ってる時に私が背中を押せるなら押してあげたいし、私なんかで真波のパワーになるならなんでもしてあげたい。
たかがグローブ。されどグローブ。私が選んだものが真波の一部になるなら、ちゃんとしたものを選ばなくちゃ。
真波の手をくいっと引っ張って、私が手に持っていたグローブをはめていく。右手には黒、左手には白をはめてその2つをじぃっと見比べてみる。
白を見た時に思い出したのは、真波の背中に生える羽。


「…決めた!白!」
「こっち?」
「うん。いい?」
「いいよ。オレもこっちが良いと思ってた」


そんなことサラッと言って私の手から白いグローブをパッと取り上げてレジへと向かっていく真波はもう100点満点でしょ。きっとどっちを選んだってそう言っただろうことは分かってるけど、やっぱり自分が選んだものを肯定してもらえると嬉しい。真波と同じものを選べたことも嬉しいし。流石、なんていうか天然たらしってやつ?なるわけないって分かってるけど真波がホストになったら超売れっ子になりそうだななんてくだらない妄想をして、邪魔にならないようお店の外で真波を待つことにした。
お店のガラスに映る自分はいつもとは違う髪型をしていてなんだか慣れなくて小っ恥ずかしい。適度な後れ毛がひらひら風に揺れてうなじに当たるとくすぐったい。男の子はポニーテールが好きだなんて言うけど、真波にもそんな趣味があったなんてなんか意外。髪型なんて気にしてなさそうなのに。髪の毛とか切っても気づかなそうだなぁなんて勝手に思ってたよ。ごめんね真波。


「夢乃さんお待たせ」
「わ!びっくりしたぁ…」


気づけば真後ろに真波が立っていたみたいで、つんっとうなじを突かれビクッと身体が跳ねる。いつの間に出てきたの、え?スリーピング真波なんだけど。ていうかくすぐったいし変な感じがするからうなじを突くのはやめてほしい。それにあんまりそういうことされると勘違いしそうになるし、浮かれちゃうし、優しくされると特別扱いかも、なんて自惚れちゃうからやめてほしいなぁ…なんて、言ったらもうかまってくれないかもしれないから言わないけど。
こうして2人で出かけるのだって、私にとっては特別なんだけど真波にとってはなんてことないことなんだろうな。髪型だって、私がしても他の子がしても変わりはない。もしかしたら他の子ともこうして出かけることってあるのかな。クラスメイトの子とか。ありそう。モテるもんなぁ真波。分かるよ、カッコいいもんね。ファンの子の気持ちも分かる。真波のことが好きな女の子たちはたくさんいるもんね。私もそのたくさんのうちの1人でしかない。
でもそれでも、大切なグローブを選ばせてくれるって言われたらちょっとはね、自惚れても良いんじゃないのって思っちゃう。私の頑張れが、真波の力になるならいくらでも手をかざしてパワー分けてあげたい。


「ね、夢乃さんまだ時間ある?」
「え?うん」
「じゃあもうちょっと付き合ってくれる?」
「なにか見たいのがあるの?」
「そういうわけじゃないけど」


腰を曲げた真波が私の顔を覗き込むようにしてくる。じーっと、そんなまっすぐ見つめられると思わず怯んじゃう。しかも可愛すぎて心臓止まるんですけど。いや、止まらないか。逆だ。めちゃくちゃ心臓が動いちゃうんですけど。
私を見つめる真波の瞳はいつもキラキラしてる。宇宙が詰め込まれたみたいに綺麗な色。吸い込まれそう。


「せっかく街までおりてきたし、色々見ようよ」
「…あざとかわいい」
「え?」
「いや、何でもない。いいよ。見よっか」
「わぁいやった!」


嬉しそうに笑った真波がその勢いのまま私の右手をとる。ぎゅっと優しく握られた手のひらはその一瞬だけじゃなくて、そのまま手を繋がれて真波に引っぱられるようにして歩き出した。
だーかーら、こういうところなんだけど。あざとかわいい。真波のための言葉なんじゃないのって思うくらいに似あう言葉。真波と一緒にいたらドキドキしすぎて寿命より早く死んじゃいそうだなぁなんてバカみたいなこと考えちゃう。
2人でお店をぶらぶら回っていたら真波の足が何かを見つけてぴたりと止まった。


「あ!見て夢乃さん」
「ん?なに?」
「これ、かわいいよ」


そう言って真波が私の目の前に差し出したのは、イルカのキーホルダー。
水族館でもないのになんでイルカが…?なんて思って辺りを見渡せばここは土産店らしく箱根らしいお土産がズラッと並んでいた。富士山や箱根の温泉とコラボしたキャラクターものも並んでいるけど、その横にはイルカやらオコジョやら箱根が関係ない定番のどこにでもあるお土産ものもたくさん並べられている。真波が手に取ったのはまさかの、そっちのパターンのやつだ。
確かにイルカは可愛いけど…なんでイルカ?
それはどうやら鈴になっているらしく、真波が揺らすとチリンと小さく音がする。


「この前さ、部室のロッカーの鍵なくしちゃって」
「え!?なくしたの?」
「そうなくしたの。そしたら黒田さんにすっげー怒られてさ、鈴でもつけとけ!って言われたから、これどうかなーって思って」


そういうことなら、このイルカは今の真波にピッタリだ。と、思ったけど今真波の手にあるのはピンクのイルカ。チラリと棚を見れば青いイルカもいる。私的には、青が真波のイメージカラーだし青の方がいい気がする。


「色、こっちにしたら?」


青いイルカを手に取って真波に差し出せば真波はそれをすんなりと受け取ってくれた。反対にピンクを受け取って棚に返そうと私は手を差し出して待っていたけど、ピンクのイルカも同じく真波の手に握られたまま。


「んーん。ピンクはオレで、青は夢乃さんのね」
「…はい?」
「夢乃さんもロッカーの鍵につけたほうがいいよ鈴。黒田さん本当に怖かったんだから」
「いや、私はなくさないってば」
「まぁいいから。ね?じゃ、オレ買ってくる」
「え、ちょ、真波!」


私の静止の声も意味なくレジへと向かってしまう真波。慌てて後を追いかけたけどスムーズに会計は終わってしまって、ラベルにシールを貼られただけの青いイルカをん、っと差し出されたらもう受け取るしかない。
いや、もう、わけわかんないけど。でもなんかひとつ言えるのはさ


「…私が青なの?」
「うん」
「逆じゃない?」
「夢乃さんにとって青って誰?」


…あーもう、可愛い笑顔でそんな可愛いこと言わないでってば。可愛いが渋滞してるんですけど。
そうですよ。私の中で青は真波山岳の色だよ。その通りですよ。このイルカを見るたびに私は真波を思い出さなくちゃいけなくなる。分かってて言ってるに違いないこの人怖いよ。天然たらしだよ。もっと好きになっちゃうけど大丈夫か私。


「オレ、夢乃さんイルカがついてたらもう絶対なくさないよ」
「…なくしたらユキより怒るからね」


早速買ったばっかりのピンクのイルカをロッカーの鍵につけて太陽にキラキラかざしている真波にそう言えば、「怖いなぁ」なんて言いながら必殺スマイルを送られた。思ってないくせに、可愛いだけだぞちくしょう。

ちくしょう、今日は真波にやられっぱなしだ。
真波の全部全部可愛くて、毎日もっと好きにさせられちゃうなんて、困った話。







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