きみとぼくのおまじない


「夢乃さん、午後空いてる?」


土曜日の練習が終わった後、マネージャー専用の部室で鏡を見ながらボサボサの髪の毛を整えていれば部室の入口から音もなく現れた真波がひょっこりと顔をのぞかせている。
マネージャーの先輩たちは部員の人たちがノックもなくこの部室に入ると鬼のように怒るのだけど真波だと分かると「なんだ真波くんか」とだけ言って気にすることなくメイクを直したりおしゃべりを楽しんだりしている。それでいいのか。真波だと許されるのか。顔がいいから?当たり前だしもう何回と言ったけど可愛いもんな真波。
怒られないと分かった真波はそのまま部室に入り込んできて、ぴたりと私の横で止まった。


「で、空いてますか?」
「特に用はないけど…どうしたの?」
「グローブ破けちゃったんで買いに行こうかなぁと思って」
「思って?」
「夢乃さん、一緒に行こうよ」


きゅるるんとチワワ顔負けの可愛い顔でおねだりされれば断れるはずもない。


「いいよ。着替えるから待ってて」
「やったね!校門でいい?」
「うん、わかった」


ぴょんぴょん跳ねるようにドアに向かっていく真波は私から見ても本当に嬉しそうに見える。むしろ嬉しいのは私なのに。
一応マネージャーだけど、グローブを一緒に見に行くのは部員の方が良いんじゃないだろうか。私じゃろくなアドバイスは出来そうにないけど…できるのはまぁ、そのデザイン可愛いねとか、サイズ合ってなくない?とかその程度のことだけだ。性能なんかよく分かんないし。銅橋くんとか、ユキに付き合ってもらった方がいいんじゃないの?もしくは同じクライマーの東堂さんとか。
そう思い直して口を開こうとすれば、くるりと真波が振り返る。


「夢乃さん、オレ、ポニーテールがいいなぁ」


そう言ってひらひら手を振って部室から出て行ってしまった真波。
あざとい。ちくしょうずるい。なんだあれ。私ってもしかして真波に遊ばれてるんじゃないの。
部室にいたマネージャーの先輩たちがキャアキャア騒ぎ出して色々質問攻めをしてくるけど、もう私はそれどころではない。心臓がぎゅうぎゅううるさいし、口から変な声出そう。そんな声出したらみんなから怖がられそうだから我慢するけど。
あぁもう本当に、真波ってずるい。

どこからともなく先輩たちがコテやら可愛らしいリボンやらを取り出して私の髪の毛をいじりだす。恥ずかしいけど、このまま任せた方が綺麗で可愛いポニーテールができそうだから黙ってることにしよう。私だって、やられっぱなしは悔しい。

しばらくすればくるくると可愛らしく毛先が巻かれ、自分じゃできないだろう高い位置でポニーテールが出来上がっていた。鏡を見ると髪型だけはまるでモデルさんのように可愛く仕上がっている。先輩たちにお礼を伝えてから、急いで校門へと走った。
真波、ちゃんと待ってるかな。遅刻してるイメージが多いから、人を待ってる真波が想像できなくて、いなくなってたらどうしようなんて思ってしまう。
走っていれば見えた外壁に寄りかかっている真波。よかった、ちゃんといた。
真波は制服姿で、片足だけズボンを折って捲っているのがカッコいい。というかぼーっとしてるだけなんだろうけど絵になるというか、やっぱりカッコいいよなぁ真波。話してると可愛いのに、カッコいいところもあるなんてずるい。そりゃモテるよなぁ。当たり前、今更だけど。
こっちに気づいた真波が、にっこり笑ってぶんぶん大きく手を振ってくれる。


「夢乃さーん!」



周りは色々言うけど、そんな真波と私の間に何か生まれることなんてあるわけない、よなぁ。


「真波、お待たせ」
「わぁ、夢乃さんちゃんと結んでくれたの?」
「先輩たちが張り切ってね」
「走ってる時、揺れてたよ」


真波の手が伸びて、私のポニーテールにぽんっと優しく触れる。


「可愛いね」
「…嬉しいな。ありがとう」


えへへと笑う真波は魔性の男だ。何考えてるか分からないけど多分言葉に嘘はない。
顔を見るのも恥ずかしいけど恥ずかしがってることを知られるのも恥ずかしいから、素知らぬ顔して校門を出て歩き出せば真波もやっぱりぴょこぴょこ跳ねるようについてきて横に並んだ。そう言えば、真波ってチャリ通じゃなかったっけ。


「真波、自転車は?」
「部室。せっかくだし、2人で歩いて行きたいなって思って」
「…明日学校来る時どうするの?」
「バスで行くから大丈夫だよ」


だから心配しないで?って顔を覗き込まれればコクリと頷くしかない。
学校から出て緩やかな山道を2人で並んで下っていく。荒北さんやユキにはよく一緒にいるだなんて言われるけど、改めて真波と2人きりになるのは初めてかもしれない。今まで会ったり話したりしてたのは学校の中や部活中だったり、意識しなくても会話ができるような状況だったからこうして長い間2人でいるのはちょっと緊張するし、何話したらいいか分からない。
自転車のこと、先輩たちのこと、この前のレースのこと。私たちの共通の話題を考えてもそれくらいしか見つからない。ほとんど自転車のことだけだ。

そう思うと私って、真波のことあんまり知らないなぁ。


「夢乃さん、難しい顔してるよ」


真波に声をかけられてハッとする。
え、私変な顔してたかな。まずい。


「ねぇ真波、そういえば私グローブのことなんてそんな詳しくないよ」
「うん、いいよ別に」
「いいの?部員の子と行った方が良かったんじゃない?東堂さんとか」
「いいの。グローブは別にオレがいくつか選ぶから、その中から夢乃さんが選んでくれればいいよ」
「えぇ…選べないよ。分かんないもん」
「夢乃さんがオレに似合うやつ選んでくれたらいいんだよ」
「…そういうもんなの?」
「うん。そういうもん」


真波がそう言うならそういうことなんだろうか。性能とか機能とか分かんないけど、色とか雰囲気とかだけでいいってことなのかな?
真波はニコニコ笑ってるだけで、それ以上は教えてくれなさそうだ。不思議ちゃんってこういうとこあるよね。天然とはまたちょっと違う。


「レースの時、夢乃さんとは一緒にいられないでしょ?」


そりゃそうだ。私たちマネージャーはみんなと一緒に走ることはできない。ゴールでみんなが無事に、1番に来ることを祈って応援してることしかできない。わかってるけど、やっぱりちょっともどかしい気持ちになる。


「あとちょっと、頑張りたいなってときにさ、オレは夢乃さんの頑張れって声がほしいんだ」
「…いっつも思ってるよ?」
「知ってるよ。でもさ、夢乃さんが選んでくれたものがあると、そこから力もらえる気がしない?」


なんとなく、真波が何を言いたいか分かった気がする。そしてそれがとてつもなく嬉しいことなのも理解して、ぼんっと顔が熱くなる。ほんと、やめてほしい。不意打ちのストレート。困る。可愛い。好きって、言ってしまいそうになるから。


「真波」
「なにー?」
「…破けたグローブ私にちょうだい」
「え?なんで?」
「私もお守りにしたいから」


真波が、1番でゴールに飛び込んできますようにって。お守り。


「…いいよ。あげる」
「やったね」
「夢乃さんってほんとずるい」


むくれたように頬っぺた膨らませる真波の方がよっぽどずるいけどね。私の心臓何個あっても足りないよ。


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