見ててって言ったでしょ




真波山岳


部誌に書いたその文字はとても綺麗だ。私の字がとかではなくて、文字の並びそのものが綺麗。そういえば真波の名前、山岳だったな。珍しいという思いよりも先に、似合うなと納得してしまう。真波の両親は真波がこうなることを分かってたんだろうか。そんなわけないって知ってるけど、山が好きな真波にぴったりの名前だ。
練習メニューや引き継ぎ事項なんかを書いてからパタリと部誌を閉じる。今、みんなはローラーを回しているけど今日の練習はそれで終わりのはずだからあらかじめ書いてしまえばあとが楽ちん。私も少しずつマネージャーっぽくなれてるかなぁ。まだまだ先輩に比べればダメダメだけど。残念ながら今日も両手に抱えたボトルをぶちまけてしまったのは誰にも見られてないはずだけど、ちょっとへこむ。一応確認したけどひとつも割れてなかったからセーフということにして部誌への記載は省かせていただいた。


「おや、椎名さん。こんなところでどうしたんだ?」


ガチャリと部室のドアが開く音がして机から顔を上げれば、汗をタオルで拭いている東堂さん。


「東堂さん!お疲れ様です。部誌書いてました」
「おお!ありがとう。ちょうどいい。オレが受け取ろう」
「ハイ!お願いしまーす」


部誌を渡して、机の上に広げていた筆記用具を片し出す。そろそろみんなが帰ってくる時間になってたみたいだ。ゆっくり書きすぎた。
部室は部員たちの更衣室でもあるから、早く出て行かないと邪魔になってしまう。
慌てて荷物をまとめて、ペコリとお辞儀をして部室を出ようとドアに手をかければ私が押すよりも先にまたドアが開く。驚いて勢いそのまま、ドアの向こうにいた人に突撃をしてしまった。ぶつかったおでこが痛い。


「わ、夢乃さんだ」
「…真波?」


近すぎて誰だか分からなかったけど声を聞いてハッとする。どうやらぶつかった相手は真波だったみたいだ。顔を上げればビックリしたのか大きな目をまん丸にした真波がいた。
本当に目がおっきいね真波。しかもキラキラしてる。いや、それは私の補正かもしれないけど。


「コラ真波、ノックをせんか」
「東堂さんもいたんですね。いやー誰もいないと思ったんで。すみませーん」


へらへら笑いながら謝る真波。それでも許されちゃうんだから本当に甘え上手というか、顔が良いからできることだしずるい。
東堂さんだってため息はついたもののそれ以上真波に何も言うことはなかった。この人絶対私より真波に甘いと思うんだけどな。真波って本当に人たらしだ。
そんなこと考えていてもさっきと変わらないまま、真波との近い距離に思わず一歩足を引けば、なぜか真波はニコニコ笑いながら距離を詰めるように一歩前へと足を進めてくる。


「…真波?」
「なぁに?」
「いや、近いなぁって…」


真波をローラーをしていたはずだ。汗をかいているからか、いつもとは少し違う匂いがしてこの距離だとクラクラしてしまう。しかも暑かったのかジャージのジッパーが下りているのですぐそこに見えるのは地肌。
暑くなるとみんなすぐ脱ぐし、見慣れてはいるもののこれはなんだか恥ずかしい。そして思ったより真波の胸板が厚いのにもドキドキしてしまう。いや、新開さんとか泉田くんほどじゃないけど。可愛い顔しててもやっぱり男の子だなぁなんて、今更。


「えーいいじゃないですかぁ」
「いやよくないよくない。私もう行かなくちゃ」
「どこ行くんですか?あ、割れたボトル謝りに行くんですかぁ?」
「わ、割れてはなかった!…え、なんで、」
「見てましたよ。夢乃さんが盛大に転んだとこ」


あんなところ見られてたなんてさらに恥ずかしいやら情けないやらで顔に熱が集まる。
誤魔化すようにして真波のお腹あたりをぐいぐい押して、なんとか近い距離から抜け出すことができた。
危ない危ない。色々と大変なことになるところだった。


「あぁ、そうだ。椎名さん、おいで」


今度は反対側から東堂さんに呼ばれる。部誌に不備でもあったのかもしれない。
私を呼んで手招きしている東堂さんに慌てて駆け寄れば、ベンチに座るよう言われて素直に腰をかける。すると東堂さんは地面に片膝をついて、私の足にそっと触れて…ってなんだこれ。東堂さんも近いし、足!触るのやめて欲しい!恥ずかしい!
片膝ついてる東堂さんを上から見るとまつ毛が長くて、真波とはまた違うけどこの人も相当顔がいいのだから照れる。カッコいいというか、やっぱり美形だなぁ。そんな美形が私の足に触れてるなんて何事。


「と、東堂さん!?」
「怪我しているぞ、膝。血が出ている」
「え、あ、本当だ!」
「女子なのだからきちんと手当てしないと。痕が残ったら困るだろう」
「いや、これくらいほっとけば治りますよ!」
「ならんよ。真波、不貞腐れてないで救急箱から消毒液と絆創膏取ってくれ」


真波が不貞腐れてる?どういうことだろうか?
真波に視線をやれば確かにさっきまでの笑顔とは打って変わってむすっとした顔をしている。そんな顔珍しい。つやつやのほっぺたも少し膨れていて、眉間には皺が寄っている。普段はニコニコ笑っている真波もそんな顔することがあるなんて。どうしたんだろう。練習ローラーだったしつまらなかったのかな。


「…東堂さんずるい」
「ずるくはないな」


東堂さんに言われた通り、真波は救急箱から消毒液と絆創膏を取り出して持ってきてくれた。それを受け取った東堂さんがテキパキと私の膝の傷を処置していく。時間が経っているからなのか消毒液も染みることはなかった。まぁそんなに大きな傷でもないし、東堂さんが大袈裟なくらい。
じーっと手当てされていく傷を見ていれば、急に視界が真っ暗になった。


「夢乃さん、東堂さんのこと見過ぎ」


真波の手が私の視界を覆っているらしい。
そんなこと言われても、私が見てたのは東堂さんじゃなくて自分の膝なんだけど。


「仕方あるまい。なんと言ってもオレは箱学1の美形だからな!ワッハッハ!」
「…夢乃さんも東堂さんの顔好きなの?」
「え、うーん。確かに東堂さんは美形だと思うけど」
「だろう!分かってるな椎名さんは!」


東堂さんの声高らかな笑い声を聞いていれば、今度はパッと明るくなる視界。私の視界を覆う真波の手がなくなったと思ったら、後ろから頬っぺたを包まれてそのままぐいっと無理矢理上を向かされた。
そうすると今度は視界いっぱいに広がる真波の顔。やっぱり近い。
さっきは大きいなぁと思った目が今はスッと細められていて、じっと見つめられるとなんだか怖くなってしまう。いつもの可愛い真波じゃない。


「でもさ、夢乃さんが好きなのはオレの顔でしょ?」


そんな可愛いこと言って、にっこり笑う真波。
ちくしょう、バレてる。私が真波の顔に弱いってこと。分かっててやってるんだこの子。
さっきまで真面目な顔してたのに、可愛い顔して笑ってそんなこと言うのずるい。
あぁそうですよ。私が好きなのは東堂さんの顔じゃなくて真波山岳の顔です。ついでに、顔だけじゃなくて急にそんなこと言い出す不思議ちゃんなところも全部好きだよ。甘やかしたくなっちゃうし、真波のお願いとか希望ならなんでも叶えてあげたいなって思っちゃうくらいには好き。もちろん顔も好きだけど。可愛いし。
まぁそんなこと言えるわけないから、だんまりするしかないけどね。


「…大変だな、椎名さんも」
「あれ、東堂さんまだいたんですかぁ?」
「いたよずっと!」





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