僕の世界の一番星


特に執着があるわけじゃないし、ただ歳をとるってだけで何にも変わりない一日だと思う。
そりゃみんなから「おめでとう」って言われるのは嬉しいし色んなものをもらえるのも嬉しいけど、あんまり実感がないんだよなぁ。
だけど今年は違う。朝ちゃんと時間通りに起きたらお母さんが驚いた顔していた。しっかり朝ごはんを食べて、飛び出すように家を出る。部活には十分間に合う時間だけどいてもたってもいられなくて、ぐんぐんいつもよりもずっと速いペースでペダルを踏んだ。ギアも重くして、いつもの道をいつもよりずっと速く進んでいく。

楽しみな気持ちが抑えられないなんて、そんなこと初めて知った。
誰よりも1番に会いたい。早く会いたい。
きっと夢乃さんはオレを待っててくれるんだ。これは自意識過剰なんかじゃない。絶対彼女は待っててくれる。

校門が見えてくれば、ほら、やっぱり。


「夢乃さーん!」


声をかければ、伏せていた顔を上げてぶんぶんと大きく手を振る夢乃さん。遠くからでも分かるくらいに嬉しさが滲み出てる。きっと夢乃さんが犬だったら尻尾がブンブン揺れてるんだろうなぁなんて。
目の前でキィっと音を立てて自転車を停めると、オレの近くへと駆け寄ってきてくれた。


「真波おはよう!」
「おはよう夢乃さん」
「今日は早いね!」
「うん。今日は呼ばれてる気がしたんだ」
「…?山が呼んでるってやつ?」


キョトンとしてる夢乃さんは本当に分かってないんだろうな。あなたがだよ、なんて直接言うのは流石のオレも恥ずかしいからやめておく。へらりと笑って誤魔化せばおんなじように夢乃さんも笑った。
そういうところ、ずるいんだよなぁ。多分この人は自分の価値に気づいてないんだ。
優しくて可愛らしくて、甘えたくなってしまう不思議な人。
オレがこんなに夢乃さんのことで頭がいっぱいなことも絶対に気づいてない。

なんだか悔しいから少し意地悪。



「夢乃さんも早いね。どうしたの?」


分かってるくせに、オレは夢乃さんが好きなオレの顔をしてきょとんと首を傾げて質問してみた。答えなんて、分かりきってるけどやっぱりアナタの口から聞きたいんだ。

夢乃さんは真っ直ぐにオレの目を見て、またまた可愛い顔して笑う。クシャッとなるその笑顔、本当に可愛いよね。


「真波、お誕生日おめでとう!」
「…えへへ、ありがとう」
「1番に言いたくてここで待ってたんだ。会えてよかったよ」


分かってたとはいえ直接言われると、胸がぶわっと熱くなる。まるでレースで最後の一滴まで絞り出した走りをした後みたいに苦しいような、熱いような、不思議な感覚。
今ならオレ自転車に乗ってどこまでも行けちゃいそうだ。


「ねぇ夢乃さん、今日も見ててねオレのこと」
「もちろん。ちゃんと見てるよいっつも」
「オレのドリンクは夢乃さんがつくってね」
「うーん、それはどうだろ?」
「オレ誕生日だよ?お願い聞いてくれるでしょ?」
「そう言われたらずるいなぁ。わかった、がんばる」


2人並んで部室まで歩く、この時間が好きだ。
困ったような顔して笑う夢乃さんと2人だけ。今はオレだけの夢乃さん。
誰にでも優しくて面倒見がいいマネージャーだけど、それだけじゃ物足りなくなってしまって、もっともっと欲しくなってしまった。オレの中で夢乃さんだけが特別。
一緒にいるとあったかくて安心する人。


「真波にとって、素敵な1日になるといいね」


夢乃さんがそう言って笑ってくれるだけで、オレにとってはもう素敵な1日になんだよって伝わったらいいのに。
夢乃さんの言葉だけでオレは空だって飛べそうだ。今なら出せちゃうかも、羽根ってやつ。




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