よく知っているどこかの誰かの話



日曜日の夕方。実家を出た俺は自分が持って来たの荷物とプラスして何やら色々持たされた土産を手にして横浜から新宿へと向かった。また週末で人が多い改札にイライラしながらもすり抜けるように改札を出て、スマホの画面を見ながら目指す店。しばらく歩いて、住所を確認してビルの階段を上がり居酒屋のドアを開ける。店員に名前を告げようと口を開いた瞬間、奥の廊下からひょっこりと現れた友人。


「お、靖友。お疲れ」


駅に着いたと連絡をしておいたおかげか、店の入口まで迎えにきたのであろう。ひらひら手を振る新開にこっちも右手を挙げれば店員は頭を下げて受付の向こうへと引っ込んでいった。ずかずか大股で新開の後に続き、店の奥へと進んでいけば新開によって開けられた襖の向こうには懐かしい顔が並んでいる。


「久しぶりだなぁ荒北」
「元気にしていたか?」


新開もだけど、東堂と福ちゃんも昔と全然変わらねぇなと思う。ただそれぞれの手元にある飲み物がジュースではなく酒に代わっていて、ファミレスで4人でドリンクバーで過ごした頃がずいぶん昔に感じてしまい少しだけ懐かしい気持ちになった。大学時代はレースだなんだとなんやかんや学校は離れても顔を見る機会は多くあったし、その度に会話もしていた。金城達も交えて飯を食いに行くこともあったので不便さとか久しぶりだとか、改めて感じることもなかったが社会人になるとそうもいかねぇ。当たり前にそれぞれが違う道に進み、違うことをして社会の一部になればこうして日時を合わせて改まって集まることは年に何度かになってしまっている。それでもきっと俺たちは同世代の中でも頻繁に顔を合わせている方だろう。
福ちゃんの向かい側に腰を下ろし、おしぼりを渡しに来た店員に生を1つ注文すれば福ちゃんも遠慮がちに店員にリンゴジュースを追加注文した。福ちゃんの手元を見ればストローがささったグラスがいくつか並んでいる。


「え、何ィ?福ちゃん飲まないの?」
「あぁ。この後彼女の家に行くんだ。明日は有給だからな」
「へぇ…え?家って、実家?」
「あぁ」
「…え!?何それご挨拶ってヤツじゃナァイ!?」


思わず机に手をついて椅子から立ち上がれば大きな音が店の中に響いてしまった。福ちゃんの隣に座っている東堂が迷惑そうに目を細めているのが腹立つ。なんでそんな涼しい顔してんだよオメェは!大事件だろ!福ちゃんが彼女の実家に行くって!あの福ちゃんが!彼女の実家にご挨拶って!


「そもそも今日はそのために集まったんだろ」
「そうだぞ荒北。当たり前だろそれくらい」


やれやれ、なんて両手をあげて呆れた顔をしている新開をぎろりと睨んだところで何の意味もない。こいつも東堂と同じく涼しい顔して延々と枝豆を口に運び続けている。
そりゃ、そうだけどよ。それでもやっぱりそういった出来事を目の前で目の当たりにして本人の口から聞いたらビックリするもんだろ。何てったってあの鉄仮面だった福ちゃんがだぜ?いや、まぁじゃあ福ちゃんが結婚できないと思ってたのかと言われたらそういうわけじゃねぇけど。福ちゃんならちゃんとした女を選んでちゃんと結婚すると思ってたよ俺は。いつまで経っても真面目ちゃんな奴だ。
はぁーっと長く息を吐いてから仕方なく、もう一度自分の椅子へと腰を下ろしたところでちょうどよく運ばれてきたジョッキとグラス。ジョッキの方を店員から受け取れば残る2人もジョッキを手にして自然と右手を上げる。福ちゃんだけはワンテンポ遅れて、可愛らしいグラスを掲げたのを確認してから東堂がさて、と口を開いた。


「では、全員揃ったところで。フクの結婚を祝して乾杯!」


ガチャリとジョッキ同士がぶつかってから、中身を一気に喉へと流し込んだ。
そう。今日こうしてこのメンツで集まったのは我らが主将、福ちゃんの結婚を祝うためだ。

どうやって出会ったのか、どのくらい付き合ったのか、相手はどんな人なのかを福ちゃんに事細かく聞きながら唐揚げに手を伸ばす。相変わらず鉄仮面のまま、俺たちの質問に淡々と答えていく福ちゃんはあの頃と何も変わっちゃいない。クソ真面目でだけどどこか憎めない。何事にも真剣で、純粋な福ちゃんが結婚をすることを選んだ。正直高校時代から知ってる俺からしたら、あの福ちゃんが結婚なんてなぁなんてやっぱり思ってしまう。俺が思うくらいだから隣に座った新開はもっと思ってるんじゃねぇかとも思うが、案外新開は動揺もせずに普通の顔して時々福ちゃんの代わりに質問に答えている。

高校を卒業して、大学も卒業して社会人として何年目か。年齢のことも考えると結婚する同級生がいても何もおかしくない。現にこの前江戸川の友人であるあいつも結婚したのだと言っていたし結婚式が楽しかったと連絡をしてきていた。
小さな白い花束を手にしてガッツポーズをしている江戸川の写真。ずいぶん勝ち残った顔をしていてちょっとウザいなと思ってしまったけれど、江戸川の隣に映った白いウエディングドレスを着た同級生は俺からしても綺麗だと思ったと同時に、頭の中ではそのドレスを着た江戸川が浮かぶ。


「だけどまぁ、フクが1番乗りとはな」
「確かに。寿一とは思わなかったな俺も」


そう言ってニヤニヤ笑ってこっちを見ている東堂と新開。ほんのり顔が赤く染まっていて、2人揃ってそこそこ酔いが回っているのが分かる。普段からうるせぇ2人だが、酒が絡むとさらにウザくなることをよぉく知っているのでめんどくさいと顔に出したまま睨みつけてやった。そんなことで怯むような奴らじゃないことは分かりきってるが、やらないよりはマシだ。


「テメェら…何が言いてェンだヨ」
「別にぃ?誰かさんはまだなのかと思ってるだけだぞ」
「俺らの中じゃ靖友が1番長いからなぁ」
「江戸川は元気か荒北」
「元気元気。元気が取り柄だからアイツ」


なら良かった、と言って小さく笑う福ちゃんは良い奴だ。ニヤニヤ笑う残り2人よりずっとずっと良いやつで、そんな福ちゃんと結婚できる女は幸せもんだなぁ。

コイツらが何を聞きたいのかなんて分かってる。江戸川との結婚はまだなのかって、そういうことだろう。
江戸川とは福ちゃんと彼女よりも長い期間、大きな揉め事もなくいわゆる順調なお付き合いを続けている。この土日だって会っていたし何の問題もない。社会人になってからも静岡と東京という遠距離は続くことになってしまったけれど、それについて江戸川が文句を言うことはなかった。寂しいだとか会いたいだとかわがままは言うけれど、嫌だとかそんなんは言われたことがない。俺がこっちに来ることもあるし、江戸川が静岡に来ることもある。それで成り立っているし、もう慣れきってしまって不便さを感じることもない。

高校時代から江戸川の熱量は変わることなく、いつまで経っても変わらないまま。目と目が合えば嬉しそうに笑うし、全力で俺のことが好きだと尻尾を振ってくる。俺がどんなこと言おうと、どこにいようと追いかけてくるし俺のことが好きだと笑う。真っ直ぐで、純粋。何事にも一生懸命な江戸川といる時間は俺にとっても良い時間であって、この先もずっと隣にいるのは江戸川だろうなと思っている。

結婚ということを、考えたことがないわけじゃない。
だけど俺は、江戸川がどんな奴なのか誰よりも知っている。


「元気が取り柄なんだヨアイツ」
「…確かに、いっつも元気だな江戸川さん。靖友の周りをぴょんぴょんしてるイメージが強いよ」
「そんでメチャクチャ不器用なワケ」


江戸川は何でも出来るわけじゃない。学生時代だって学年でも上の方の順位だったけれど、あいつ自身が言っていた通り効率が良い訳じゃない。あれは他よりも何倍も努力して、必死になって何とか保てているような奴だ。それを苦と思ってる訳でもなく、ただひたすら前に向かって進もうと努力する奴だから、俺からすれば可哀想なほどに不器用。
昨日だってテンション高く楽しそうにはしゃいでいたけれど、時折どこか疲れたような顔をしていたし顔には薄らと隈もあった。何でもないように見せてはいたし弱音だってひとつも吐かず愚痴もこぼさなかったけれど、こっちだって長いこと一緒に過ごしているので江戸川が疲弊していることくらい分かる。少し前に電話で仕事が忙しいと言っていたし、何より実家に帰ると言った俺を家に呼ぼうともしなかった。いつもなら「うちに来るでしょ!?」なんて嬉しそうに言うくせに何にも言わねぇっつーことは多分今の江戸川は部屋を片付けるというところまで手が回っていないんだろう。


「仕事楽しいんだってヨ」
「それは良いことだな」
「だからまぁ、まだ早ぇなって思うワケ」


こんなことコイツらに話すなんて、俺も大概大人になっちまったなぁと思う。そしてそんな俺に対してチャチャを入れることなく真剣な顔して受け止めているコイツらも同様。きっと昔だったらヘラヘラ笑ったまま俺のことを馬鹿にしてきたに違いない。


「あー…まぁ、確かに。それに靖友の仕事もあるしな。静岡に行くってなったらそれなりに覚悟がいるよなぁ」


なんてぼやく新開に、あ、と声を漏らせば全員がまたこっちを向いた。
そういや、忘れてた。今日は福ちゃんの話を聞きにきただけじゃなくて、このこともコイツらに話そうと思って来たんだった。


「俺、多分もう少ししたらこっち来ることになった」
「…東京に異動か?」
「ウン。前から言ってたンだけどォ、やっと何とかなりそう」
「へぇ。靖友こっちに来たかったのか。意外だな」
「別に。場所なんてどこでも良いから、こっちを選んだだけだヨ」


数ヶ月前、社内で異動ができるチャンスがあった。仕事内容が大きく変わるわけじゃなく、東京の支社で欠員が出たタイミングがあり、少し考えてから俺は自ら手を挙げたのだ。その時頭の中をよぎったのはまぁ、そういうわけで。

何をどうするにしたって、多分近い距離にいた方が良いことが多いには違いない。離れてる時間が惜しい。今に不満があるわけじゃないけれど、例えば江戸川が忙しい時にそばにいてやれたら。辛い時に直接話を聞いてやれたら。そして俺は俺で会いたい時に会って、触れることができたら。きっとそれがいい。

遅かれ早かれ、もう責任は取るつもりでいるのだから。


「でもまだ、言うなヨアイツに」
「む。何故だ?その場で飛び跳ねて喜びそうだがな」
「踊り出しそうだな」
「言った方が江戸川も安心するだろう」


知ってるヨ。きっと言ったら江戸川は飛び跳ねて喜んでその場で踊り狂うだろうことも想像出来る。
だけど同時に、それを聞いたら無理をしてでもアイツは結婚をしたいと言うだろう。仕事が楽しいくせに、それよりも俺といる時間を取る。そのために無理をする。背伸びをする。


「これは俺の保険だから、いーンだヨ言わなくて」


江戸川とのタイミングが上手く合うように。これまでたくさんもらってきたから今度は俺が返す番だ。
告白したのはアイツなんだから、結婚する時くらいはこっちにカッコつけさせろっつーの。


そう言ってビールを飲み干して目の前を見ればニヤニヤ笑った新開がいる。その隣には同じような顔した東堂。


「俺!スピーチやらせてくれよ靖友!やりたい!」
「ぜってェヤダヨ!」
「えー結婚にはみっつの袋が…」
「下ネタ言う気だろテメェ!」
「荒北!隼人より俺の方が適任だろう!?」
「長そう」
「なんだと!?」
「荒北」


ギャイギャイ騒いでいれば、その場に似合わないような凛とした声が俺を呼ぶ。ピシリと姿勢を正して、その場に起立すれば残り2人も同じような体制になってその場に姿勢正しく立ち尽くしている。
これはあの頃からの癖だ。福ちゃんが静かに、だけどどこか圧をかけて俺らの名前を呼ぶ時はいまだにこうなっちまう。


「荒北、お前は強い」


そこで、頑張れじゃねぇのが福ちゃんだ。


「あんがとね。福ちゃん」









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